はじめてのくえすと、はじめてのふぃーるど。(1)
ユーザーは最初に選べるクエストは採取系のもの三つからどれか、となっている。途中モンスターも出るので戦闘機会がゼロではないが、主眼にはされていないのでまずはチュートリアルも兼ねて基本的なゲームの作りを理解していってください、ということだろう。当然のごとく導入設計は大事なチェックポイントなのでいずれかをクリアしてみることにする。
初期クエスト三つは主に北の森をフィールドとしての鉱石と薬草採り。東の草原を超えた遺跡入口にある湧水取得の三つである。前者はそのまま生産素材になるが、遺跡の水は飲み水などではなくスクロール生産に欠かせないアイテムだそうな。スクロール生産に特色のある町との設定は、この遺跡の湧水が近郊にあることから生まれている。ちなみに、初日にして既に森のクエストは「虫採りと草むしり」で。湧水取得クエストは、まんま「水汲み」との呼称がついている。遺跡は、草原を突っ切っていく必要があり、初回分にはややパーティ向けの難度との補足説明が入っている。妹がちょうどそっちに行っていることから(いつの間にか「水汲みに出撃してくる!」とメッセージが入っていた)、我々は森に行くこととする。薬草系アイテムはポーション生産になるべく使いたいので、クエストとしては虫採りを選んでおいて薬草は確保。見たいじゃないですか、魔女プレイ。後ろから眺めてニヤニヤしてみるとかしてみたいじゃないですか。ええ、ええ。
なお、ゲーム的にはクエストを丸無視して好きにフィールドに出て狩りやアイテム探し、レベル上げなどをやっても良い。旅行に行くのにパッケージツアーしか選べないのではなく宿や行き先、目的を勝手に自分でデザインしていいのと基本的には同じである。いわば、この自分で目的を決めて動くことの延長線上にプライベートクエストはある、との理解でも良いかもしれない。クエストを受けずともかなりのところまで遊べるようにしてあるとの運営談。クエスト受けない縛りプレイテストまではさすがに手が回らないだろうが、いつか変態プレイヤーがきっとトライしてくれることだろう。期待して待つ。
北の森に向かうため、北の門から町を出る。ちなみに、門は北、東、南(やや南東寄り)の三つとなっている。主要街道として使われているのは隣町に続く南のものであり、南の農地へ出るためにも使われるために一番利用者は多いらしい。東門は半ば通用門と化しており、こちらは東の遺跡にこの町の産業の柱であるスクロール生産のための水汲みをやりやすくするために作られたものであり、利用するのは商人などの一般市民ではなく、狩人や冒険者などの特殊職の人がほとんどである。あとはまれに薬師などの専門採取系の人が護衛を連れて、といったところか。北門に至ってはほぼ勝手口扱いであり、衛兵も交代で一人が簡単なチェックを行っている程度になる。基本、外部からの出入りを想定しておらず、外から来た人は南門に回されるそうなので、北の森での素材収集を行う人専用の出入り口と化している。もはやこうなると東の通用門以下で、もしかすると、いやもしかしなくても町の行政施設の扉の方が大きいくらいではないか、とのサイズである。もちろん、防衛機構を兼ねているため強度については相応に気を配っているのだろうが。攻城兵器と防衛線、あるいは巨人が攻めてきたので門を守るぞ、みたいな展開があったとするといい絵が撮れるのは南門だけであろう。少なくとも今目の前にある門、いや扉にはそんなドラマを背負えるだけの器量はありそうにない。
「なんかこう、門という言葉の定義を考えたくなるな。」
「勝手門、とかいう言葉を新しく考えたくなります。」
などと好き勝手なことを口にする投資家仲間二人を、衛兵が苦々しい表情で眺めている。ような気がする。衛兵に高度なAI設定などはされていないようであるが。二人の言ってることにはまったく同意ではあるものの、後ろから人も来ているので、さぁさ、遠慮しないで入った入った、などと小ネタを挟みつつ押し出すように町を出ていった。
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ヒュン、と耳元で風を切る音がする。
放たれた矢は狙い違わず、遠くでこちらを見て警戒態勢を取っていた草食獣「グラスガゼル」を貫く。おそらくは草原に住むガゼル、でグラスガゼルだろう。短いが角付きなので良くあるタイプの草食獣である。断末魔の声を挙げて倒れた仲間に危機を感じ取ったためか、残りの数頭は散り散りに逃げて行った。この距離ではさすがに弓でも射程外だろう。諦めて射止めた一頭の採取に向かうことする。
「なんだか、毎度毎度あっと言う間に倒されてしまって私たちの出番がありませんね。モンスターというよりは動く採取ポイントみたいなものとはいえ。」
フィールドグラフィックを見るのにも飽きたか涼音さんが少し愚痴る。射程は魔法よりも今持っている長弓の方が若干長いらしい。索敵能力の相対的な高さもあって、発見即狩の展開が続いており他の二人の出番はまだ出ていない。
「悪い悪い。でも、本番は森なのでここで力を無駄遣いせずに節約で。」
採取に向かいつつ背中越しに返事する。なお、モンスターを倒した経験値は倒したかどうかでパーティに共通して配分される。活躍の度合いで若干の傾斜配分がされるようであるが、細かいアルゴリズムは分からない。遠くから一射で倒した場合も3人に平等に近い形で配分されていたので、単純な活躍度やダメージ比率といった一方的な傾斜設計ではなさそうである。倒したあとのアイテム類は、自動ドロップの仕組みもあるが、直接採取した方が得られるものは多い作りなため、多少の面倒を厭わなければ個別に採取していく方が獲得物は多い。レベル差が開いて、いちいち採取するのも面倒になっても多少は入るように、との設計思想だろう。モンスターがコインやゴールドを持っているということは無いため、獲得物の多寡はそのまま収入の多寡に繋がることから、同レベル帯でなくとも多少面倒でも個別に採取を行った方が実入りは断然良い。
森へ向かう草地では、肉食タイプのモンスターは配置されておらず、草食タイプが主なフィールドモンスターとして配置されている。代表格は先ほどの通りのグラスガゼルである、というよりはいまのところ他のモンスターには出会っていない。モンスターとはいえ、こちらを積極的に襲ってくることはないため、モンスター採取の入門のために置かれているようなものだろう。戦って負ける危険はほぼ無いものの、むしろ討ち漏らす方が多いことから、始めの何回かは戦闘テストとして普通に戦おうとしたが、途中からは諦めて遠距離から射ることにした。これ、逃げ足の速さを考えると、倒すには違う意味での難度が高いんじゃないだろうか。結果、素材を採るのに遠くまで走り回ることになったがこれはもう仕方ない。
北の森は、移動速度にもよるが北の門からゲーム内時間で、1時間強で辿り着く距離にある。ちなみに、時間についてはゲーム内ではリアル時間の10倍の速さで設定されており、約2時間半で1日が過ぎる設定になっている。ゲーム内往復2時間ということは、日没のリスクを踏まえると4~5時間くらいが現実味のある滞在時間であろう。森の入口まで1時間となると、おおよそ現実時間で6分。往復で12分。お使いクエスト程度で毎度この時間をクエストに割くのはちょっと負荷が高いが、ある程度攻略が進むと森の入口まで適時ショートカットが使えるようになるとこのこと。
採取されたアイテムは、現物として残ることはなく、アイテムリストの中に格納される。このあたりは別にリアリティを追及して欲しいところではないので、ゲーム的な作りで問題無い。剥いだ皮を何枚も抱えて移動するとか、ゲームの出来ごとなので実際に自分で持つのではないとはいえさすがに見ていて視覚的に面倒である。そう考えたくなるほど、リストには先ほどから順調に草食獣グラスガゼルの毛皮が積み上がっていた。売りさばいた値が悪くない、あるいは何かの素材に使えるのであれば、慣れたとしてもショートカットせずに、今やっているようにちょっとした戦闘を繰り広げながら森に行くのもたまには乙なものではないだろうか。皮なのでレザー素材の装備など出来そうである。大塚は金属鍛冶を選んでいるので皮職人に一度卸してみようとなった。金属系装備と相性の悪い、魔法使い職やレンジャー職向けのいい装備に化けるかもしれない。
毛皮枚数が2ケタに届かんとする頃、森の入口に着いた。実時間で10分近くかかっていることから、何度か上手く追い込んでの直接戦闘をしたり、周囲を眺めたりとしていたらどうも寄り道が過ぎたらしい。使っているうちに弓慣れしてきたためか、最後の方は、戦闘の開始と終了を事実上認識しているのは射手である自分だけという事態も発生しており、大塚は半ば自動剥ぎ取り装置と化し、もうひとりからはすっかり呆れられていた。
「なんというか、もうこうなると出番があるとか無いとかのレベルではない気がしてきたわ。ゲーム的に何かいじったのではないのは見てて分かってるから、何か中の人が改造でもしてるんじゃなくて?」
軽く芝居がかった口調でいじられる。そういえば、FPSでも全体的にはプレイヤーとして大したことないが遠距離での射撃戦はなかなかの成績だったような気がする。とはいえ、別に秘密がある訳でも特訓の末に不思議能力に目覚めたということもない。都市伝説でしばしば語られる主人公補正などももっての他だ。あるとすれば、多少の面倒を厭わずオートプレイではなくマニュアルプレイをしてるためであろう。
戦闘は、コマンドを基本としつつ、タイミングや狙い方についての補正が可能でありマニュアルでこまごまとしすぎるのが大丈夫なら戦い方にきめ細かさが出せる。弓であれば、モンスターを狙って適当に射るのと、相応に狙いを付けて射るのでは、腕の差が出てくるのは当然といえば当然であるが、幸いにしてこのマニュアル操作の部分が上手くフィットしているのだろう。本人はいたって普段通りのつもりなので、肩をすくめてジェスチャーで返事しつつ森に入る。
キャラメイクの際に選択した装備は、威力よりも射程を重視した長弓となる。索敵能力を高くして遠隔からちくちくするのが目的である。出かける前に、精度と射程だけ伸ばす調整をかけてきた。買い物を任せて無駄にプライベートクエスト論を展開していたのではないのである。単独行を前提とした場合、モンスターの群れと多対一で向き合うのはどう考えても不利になる。最終的に近接戦になるにせよ、樹上から狙うなどの位置取りを工夫しながら数を削る形でまずは戦った方が危険は少ない。時間単位での火力や殲滅力は落ちるだろうし、パーティプレイに参加するには少々役割として微妙なところになりそうだが、現状はゲーム調査があくまで目標なので特定のパーティに常駐して攻略する予定は無い。予定が出来たら……キャラはもう一人作り直しがいいかもしれない。アカウントで複数キャラの使い分けも出来るようなので、さすがにβ期間では出来ないかもしれないが正式サービス開始後もじっくり遊ぶのなら考えてみよう。近接で何か面白いタイプを作れないものか。ひたすらクリティカル狙いのダメージボラティリティの高いキャラとかゲーム的には面白いかも。
そうそう、そういえば樹にも登れるのである。普通に考えると実に無駄仕様であるが何かのクエストや攻略にも使われるのであろうか。樹だけでなく建物など変なところもどんどん登れる様子である。誰かゲーム内スポーツ大会とかエクストリーム登りとかやらないだろうか。こういった、ユーザー自発的な、CGM的な遊び方はゲームの遊び方を広げるので、ファン層の獲得にプラスになりやすい。
森の中はさすがに索敵能力が落ちるので、一方的な先制攻撃を維持は出来ないであろう。遮蔽物があり射線の確保も難しい。フィールドとしては弓殺しなため晴れて役立たずである。適時偵察に出るなどはするとして、戦闘は戦士職の大塚に譲ることとする。背後からの強襲を想定すると殿はまだ防御力のある自分、魔法使いは真ん中とする。これはあくまで合理的な判断に基づいてであり、レディだからなどということではない。妹とこの人はレディ扱いするだけ無駄である。そういう気遣いはもっと必要な場面のために取っておくべきで無駄遣いしてはいけない。
採取地は森の中の幾つかのポイントに分かれており、植生ごとに生えているものが違うようになっている。また、植物の採取ポイントと鉱物金属系の採取ポイントは当然ながら異なる。鉱物系は、森の少し外れの方になるようなので、マッピングをしつつ(ちなみに、概要までであればオートマッピングされる)、どっちを先にするかはじゃんけんで決めて貰うことにする。お前ら、3番勝負でもなんでもいいからさっさと決めるが良い。
案の定、勝った方がから3番勝負、5番勝負と延々続きそうになっていたので、いい加減にしないと休憩でおやつ抜きにすると宣告して5番勝負で終わらせる。案の定勝ったのは大塚で、さすがキャラと役割のぶれない涼音さん。笑いの神の覚えも十分である。良く分かってるじゃないか。そして君たち。メインのクエストは虫捕りである。よもや忘れているとは言わせない。
よって、想定ルートとしては虫捕り、石拾い(鉱石採取)、草むしりの順番が基本となった。もっとも、ポイントの所在や特性が分かってないのでこの通りに進む保証は無い。移動途中で薬草の採取ポイントを見つけてしまい、草むしりを先に済ませることにどうもなりそうな気がする。