街と生産職の人々(2)
基本土曜朝投稿のペースを予定していますが、書き溜めが溜まったら追加の不定期更新も行います。間を取るときっと水曜。
合流場所として提示されたのは、商業区画のすみっこだった。ハチ公あるいは銀の鈴ではないが、商業街区の少し外れにちょっとした広場があり、如何にも落ち合う場所として使ってくれというばかりの場所があるとのこと。攻略しに出撃するのであれば外門の近くが良いだろうから、展開によってはここはちょっとしたデートスポットになるのかもしれない。文字通り、ハチ公前がそういう役割を果たしているのと同じように。
二人もう揃っているので、手が空いたら空かなくてもさっさと来い、とメッセージが入っていた。リアルですぐ隣にいるので直接話せばいいものの、あざみさんとのやりとりを見てなんとなくメッセージにしてしまったらしい。ちなみに、ユーザー作成の終わった妹は早々に部屋に引きこもってしまっている。パーティメンバーとこれからどうするかを決めていることだろう。
すぐ行く、とメッセージで返信しかけたのだが、それも何かあってるようでそうでないような違和感がある。振り返るとにやりとした顔が待ち受けていた。なんだか良く分からないが負けた気分である。
ゲーム内で合流してまず確認するのは、それぞれのキャラクターメイクである。即席パーティを組んで相互のステータス開示を行う。メインクラスについては重複すると面倒なので事前確認していたものの、サブクラスについては確認していない。何より、その場の勢いでスクロール商人なんて意味不明なものを選んでしまった自分である。人のことをあれこれ言える立場にない。
生産側のテストも兼ねたいのであろう。大塚は鍛冶を、涼音さんはポーション売りをやりたいということで、それぞれ実にそれらしく似合っている。「定番のロマンだ」「魔女プレイをしてみようかと」。うう、なんだか勢いで選んだ肩身が狭い。
ともあれ、これで攻略から生産、レアスキル(と思しきもの)までの初期調査をする体制は出来た。ある程度確固たる評判が出来てから手を出すユーザーもいない訳ではないが、初期形成された評判がやはり初動を決める。製品版と大きく変わらないのなら今回のβテストで一通り調べた感触はスタートダッシュの売れ行きを見定めるにいい材料になるであろう。短期の株価もおそらくそれで決まる。
メイン職についても話す。魔女プレイをやる気満々でMMORPG初体験の涼音さん曰く、初級の魔法は火炎系が強そうとのこと。特に、初期フィールドでのモンスター情報としては火炎系に少なからずの弱点を持ったタイプが多く、バッドステータスに繋がると追加ダメージも蓄積出来るため相性としても悪くない。まずは魔法といえば炎の呪文というあたり、この辺もお約束かしら?との言葉に顕れているように、各種設定は非常にお約束な作りを踏襲して入りやすさ、馴染みやすさを演出している様子がある。ちなみに、何を選んだか聞いてみると、氷系とのこと。天の邪鬼め。
なお、魔法についてはメインとなる属性を選ぶように出来ており、隣接属性から対極に至るまで徐々に苦手とするようになっている。つまり、涼音さんは、所詮初期段階での話だから些細なところであろうが、相対優位性を持つ火炎系を最大の苦手属性としていることになるため、小さいレベルとはいえ茨の道を選んだことになる。これ、きっと先々を想像するとモンスターとかエリアによっては主属性の相性が悪くて「役立たず!」みたいにパーティ内で言われる場面とかあったりするに違いない。初期で火炎系が有利に見えても水や氷のフィールドっていかにもありそうだし。
鍛冶系については、特段良くある感じで代わり無さそうだったので簡単に済ます。製作カスタマイズは多分にありそうなものの、細かいところは素材持って作ってみないと分からん、とのこと。
とりあえず、いつまでもたむろってる訳にもいかないので、情報収集も兼ねて入門クエストの準備を始めることにする。お出かけクエストにとはいえ、ある程度モンスターとの戦いが出てくるとなると、この面子での弱点ははっきりしている。回復能力に欠けていることである。また状態異常にも弱い。初期フィールドなのでやっかいな状態異常攻撃を仕掛けてくるのはまだ出てこないだろうが、とりあえず回復手段は確保する必要がある。地盤が整えば涼音さんのポーションでおそらくは賄えるようにもなるとはいえ、今は先立つ素材も何もない。よって、初期資金は装備よりも回復アイテムにウェイトを置いて揃えることとする。
何度繰り返しても良いが、我々の目的は攻略の先陣を切ることではない。このゲームの出来と評判をすみやかに、且つ出来る限り高い精度で掴むことである。全ては株価のために。
素材は無いが生産活動はしたい、とのユーザーニーズはプライベートクエストの掲示板に早くも顕れていた。このゲームは開発元が作ったいわばオフィシャルのクエスト以外にユーザーが他のユーザーに向けて簡単なクエスト依頼を発行することが出来る。ユーザーが個人的に依頼出来ることからプライベートクエスト。そのまんま。複雑なシナリオ設定は出来ないものの、何か採ってきて欲しい、探してきて欲しい、作ってほしいといった売ります買いますレベルものはゲームの外部のWikiなどにも広がる情報交換とは別に、ゲーム内の取引ルールの一つとして標準装備されている。
そのプライベートクエスト掲示板に、各種の調合生産に必要となる素材の買い取り依頼が着々と揃い始めていた。値付けを見ると、NPC商人向けへの販売価格よりも若干高めに設定されている。なるほど、これは面白い。素材を採ってきた側としてはNPC売りよりも少し高く買ってもらえる。また素材買い取りをするプレイヤーとしてもNPCが販売している通常価格よりは安く仕入れられる。仕入れ値を下げた分は利幅として維持してもいいし、ポーションなどを市場価格より押さえて販売して価格競争力を付けても良い。単に作るだけではなく販売面も含めて商売の仕組み全体を工夫して遊べるようになっているのが分かる。
攻略やクエスト達成を軸としてゲームを遊ぶ場合、モンスターから獲得するなど、さまざまな形で手に入る素材は自分ではさほど用途が無い場合が珍しくない。あるいは、わざわざそれ目的で出かけるのは手間でも、何かのついでに少し寄り道して採ってきたものがいい小遣いになるのであれば、装備や消耗品を揃える助けにはなる。攻略プレイヤーにとってもこのような資金面でのバックアップは決してマイナスではない。同時に、無機的にゲームシステムとして売り払うよりもプレイヤー間でのコミュニケーションが発生するのはいいことだろう。一定程度、トラブルは起きてしまうだろうけれども。
もしかすると、レアもの生産に特化する工房や、標準品の薄利多売に特化する商人ギルドが出てくるなど、生産プレイの方でも程良い棲み分けが早い段階から出てくるかもしれない。プレイの多様性は、ユーザー間での立場の違うコミュニケーションを可能としてゲームの中に深みを与えることになる。グラフィックやゲームシステムなど、狭義のゲーム性を強みとして磨いていくのはまず必要だが、こういったユーザーを上手く巻き込んで楽しめるように出来るかは、MMORPGのような多人数プレイのゲームではユーザーが居着くための仕掛けとしては大事になる。動きが出てきたらまた見に来るとしよう。
そして、ここで思い出されるのが自分の選んだサブクラスである。スクロール商人。狭義の生産プレイではない、商人プレイあるいは商業プレイもしやすいとなると、やはり何か仕掛けられていそうである。
外部のサイトのWikiを見ていると、現在確認されつつあるレアクラスが更新されていた。あざみさんが選んだという占い師も加わっている。内容を見てみてると、天気予報が分かる??なんだそりゃ。未来予測的な能力のプチ版なのだろうか。でも、そうだとしてもゲーム内における未来予測とは何になるのだろうか。というか、役に立つのか天気なんか分かって。何かイベントが予測出来たりするのだろうか。ありそうなところとして、定期的なモンスター襲撃イベントが組み込まれている場合、いつ何がどういう風にやってくるというのが分かっていれば迎撃しやすくなる、などは考えられる。ギルド、あるいはパーティとして戦果が挙げやすいというのは分かりやすいメリットであり、戦略レベルでチームの能力を底上げすることに繋がる。
肝心のスクロール商人の項目には、スクロールの仲介が出来る、との説明文のみ書いてある。これはクラスの説明文に書かれてある文言そのものであり、具体的に何が出来るかメリットはなどの情報はまだ出ていない。仲介。普通に考えると売買である。ふむ。さてはて。
触れ忘れていたが、このゲームはスキルという必殺技的なものを用いて戦っていくシステムになっている。スキルというと剣技や戦闘支援スキルなどのイメージがあるが、本作では攻撃魔法や回復魔法も一種のスキルとなっており、クラスごとの特殊技能は全部まとめてスキルという扱いになっている。このスキルを入手するために必要なのが、スキルスクロール、通常スクロールである。剣技や魔法など、クラスごとの特殊技能はスクロールに書きこむことで利用可能になる。系統やスクロールのスロット数睨んで攻略や探索に必要と考えるスキルセットを考える(と同時に育てていく)のがキャラクターメイクとなる。必要とするスキルセットを考え準備するのがクエストに行く前の基本的な事前準備項目である。
プレイヤーはクラスと合わせて自分の得意属性、得意なスタイルをキャラクターメイキングの一環として選択するが、ゲーム内の表現としては、スクロールの系統を二つ、メインとサブで選ぶ形で描かれている。例えば、魔法使いであればコアとなる4属性(炎、水、氷、風)のいずれかから基本属性として選ぶことになる。後の成長割り振りである程度カスタマイズは可能なものの、苦手属性は得意属性に比べて倍以上伸びにくくなっていることから、縛りプレイでもするのでない限りは素直に得意とする分野を伸ばしていくのが推奨されている。
ちなみに、メインとサブは異なる属性や系統にばらけさせてもいいし、同系統に特化させてもいい。特化させた場合は、個別のスキルの成長速度や取得範囲でメリットを得られることが出来る。成長デメリットを覚悟しないとならないのが相矛盾する属性を選択する場合で、炎と水を同時に選択するとキャラクター成長については苦難の道となる。これまた禁止はされていないが推奨はされていない。もちろん、この手の悪食は一部のマニアなユーザーが好むところなため、積極的に選択するキワモノプレイを目すもの好きもきっと顕れてくるだろう。
スクロールはキャラクターの経験値とは別の成長ポイント、「習熟ポイント」を持っており、特定のスクロールの使い手としてプレイヤーのレベルとは別の成長体系を持っている。面白いのは、自分が使いこなしたスクロールにしか習熟ポイントは蓄積出来ず、同系統のものでも新しく入手したものは習熟ポイントがリセットされる。ポイントが溜まるのはプレイヤー側ではなくスクロール側ということになる。自分専用にスクロール自体が成長すると解釈すると早い。育てたスクロールをショップで売る、というプレイヤーが出てくるとはゲームシステム上なかなか思いつかないが、仮にいた場合はこれもポイントはリセットされる。新しいキャラクターを作ってスキルだけ突然凄いものを使いこなす、という強くてニューゲーム的なのは出来ないようになっている。
このあたりの設定は、現実世界でもある、ある技法や手法への習熟やスイッチの困難さを、スクロール習熟という形で見せているのだろう。つまり、プレイヤーのスタイルはクラスとスクロール系統選択の二つで定義づけられており、擬似的な転職がスクロールの再選択により実現可能となる。柔道極めたからってすぐにいきなり剣道は出来ません、ということになる。仮に柔道と剣道を両方極めたかったら(ゲーム内にそのもののスキルは無いが)、両方のスキルを入手して鍛えて行くしかない。また、メインとサブにセットするもの以外に保有できるスクロール数も限られており、レベルによっては本数増えて行ったりするのかもしれないが、やたらとスキルをたくさん溜めこんでいくというのは出来ない。キャラクターメイクには戦略性が求められる。
このように、キャラクター面におけるゲームシステムの根っこの一つである、スクロールシステムであるが、生産対象アイテムからは外されている。スクロールを作り出したり記載内容の書き換え、つまり使えるスキルの選択設定には特殊な条件や制作方法があることになっており、ひとまず初期段階ではショップでの購入のみが可能となっている。スクロールを使えるようにスロットにアクティブな形で設定するのもショップのみで可能となっており、つまりは限られた枠しかないスクロールとスキルをどのような組み合わせにするかでプレイヤーキャラクターの特性は定められることになる。同じクラスでも攻撃、防御、補助、その他支援系などどのようなスキルを重視して設定しておくかによりプレイスタイルはばらけて行くことになる。
はじまりの町はスクロール生産の出来る数少ないエリアとされており、初期クエストにはこのスクロール生産にまつわるものも存在する。そして、大事なのはここからで、スクロール“商人”との名前の通り、おそらくは選択したサブクラスではスクロールの生産は出来ないものと推測が立つ。キャラクター育成の大きな柱であるスキルのコスト設定を歪ませないための、ゲームバランスを壊さないための配慮であろう。もしかすると、後々は出来るようになるのかもしれないが。
「高宮、何やら考え込んでるのはいいが、そろそろクエストも行ってみるぞ。」
思考の海に浸っていると、消耗品のお使いをお願いしていた大塚が買い物から戻ってきていた。いかんいかん、仕事さぼってるとどやされる。
「プライベートクエストは早速たくさん出てるけれども、とりあえず無難なところでポーション素材のにしておこう。7番と15番。難しそうなのはまたいずれやればいいし、涼音さんも使うものだったら採り無駄にもならないだろうから」
同じく消耗品買い出しから戻ってきた涼音さんにも聞こえるように言う。クエスト選択としての確認を取っている旨も伝わったようで、問題無いとばかりに頷きを返された。大塚は素材集め段階からプレイしてみたいと前から聞いている。武器防具や非消耗品の道具の場合、素材の違いが最終的な性能差に繋がるのでは、との事前の噂があり、身をもって確かめてみたいとのこと。
「私のは、一定程度種類を揃えて残して貰えれば構わないわ。自分で採取依頼クエストを出すのもやってみたいし。値切ったり値切られたり、こっそりおまけしたりとか楽しそうじゃない。」
プライベートクエストに限らず、素材採取については事前のクエスト受託が必ずしも必要でなく、現物をその場で買い取りというのが珍しくない。レア品ならともかく、消耗品で毎度排他性の発生するクエストの受発注をしていてはきりが無いためである。よって、場合によっては、採取から帰ってきたらクエストが閉じているリスクも鑑みて複数にメッセージを飛ばしておく。こちらも必ず採ってこれるとの保証は現時点出来ないため、これくらいのオープンさ加減がありがたい。
調査の役割分担として、純度の高い攻略プレイについては妹に外注しつつ、大塚と涼音さんはとは生産面を分野をばらけてテスト、ゲームシステムについてはまずは自分が主導で調べつつ、ある程度は大塚もカバーしつつ探っていくとの棲み分けで決まった。なお、攻略というほどガリガリは進めないが探索とクエストについてはなるべく一緒にやるつもりでいる。
「さて、そろそろ進めてクエストにもいかないと。もう更新5回分、2万字超を前フリで終わってしまってるからな。」
「いつも思うのだけれど、それ誰に言ってるの?」
それは知らないうちが華ですよ、涼音さん。
14年1月10日:若干改稿