導入とログイン(3)
次話投稿。書き溜めと投稿の静かなるデッドヒート。
高校初めての一学期も無事に終わり、夏休みも序盤の7月末某日。βテストの開始日となった。初回は回線状況の良い我が家に集まって初期調査の相互報告も兼ねて触ってみようとのことで、同じく無事に夏休みに入れた大塚と自称毎日が夏休みの涼音さんがやってきた。出迎えに行った妹がさっそく涼音さんにわやくちゃにされている。妹はすきなだけわやくちゃにしていいが、左手に持っているケーキっぽいのを巻き添えで犠牲者にするのだけは避けて貰いたい。ゴール手前でリタイアせざるを得なかったケーキ先生の気持ちなど聞きたくないので、さっさと受け取ることにする。妹よりもケーキ優先である。放置放置。
13時を予定しているテスト開始前に早めの昼食と頂いたケーキをデザートに平らげ、さっさと遊ぶ準備を進める。一人は据え置き機で、残り3人は持ってきたPCでアクセスすることになる。妹が途中から自室で、自分のパーティメンバーと遠隔でやりとりしながら遊びたいとのことで、PC決定。よって、家主権限を発動するまでもなく、投資家仲間二人が自前のPCを持ってきていたことから必然据え置き筺体でのテストプレイのお鉢が回ってきた。チャットがしづらい、参考情報サイトが見づらいといったことが専用機だと良く起きがちであるが、今日は一緒の部屋にふたりいるので困ったら調べてもらうなりすればよい。念のため予備のタブレット機は準備してある。
回線状態も日中平日でピークタイムではなく4,5人でプレイするくらいであればまったく問題なさそうである。多少長丁場になることを踏まえ、3時のおやつの準備を先に進めていたところで、ぴこん、との音とともに予定よりも15分ほど早い12時45分にテスト参加可能になった旨のメッセージが届き、画面が事前告知サイトからスタート画面に切り替わった。
「来た来た。」
妹が口にする。どうもアクセスの集中を避けるためか、アカウントごとに順番にリリースされているみたいで、他の人に先んじて自分のと妹のアカウントがたった15分程度ではあるが先行リリース的に使えるようになっていた。 普段からこまめなテストユーザー参加やフィードバックレポートの提出から保有株数の割には高い優待クラスを得られているためであろう。ずるーい、との声が若干の関西風味とともに聞こえる気がするが気にしない。日ごろの行いが正当に反映されているだけである。開発の人ともIRの人ともやりとりしたことがあるのだ。
IR担当者曰く、高校生で株主であり、フィードバック貢献度が高く、且つ実際に何作かプレイもしているユーザーである、と条件を絞っていくと数えるほどしかいなくなるそうな。確かにそりゃそうかもしれん。よって、サンプル数が少なくなるためのバイアスは慎重に判断しつつも、ユーザーの声としては大変に貴重なものとなるのでいつも大事に参考にさせて貰っていると、随分前にやりとりした際のメッセージの返信に記してあった。個人的には、自分がレアキャラかどうかはどうでも良いが、“数えるほどしか”ということは自分以外にも似た人種がいるということである、機会があれば会って話くらいしてみたいものである。
その数えるほどしかいない珍獣的なことをしている自覚のある自分自身がなぜ株式投資などに手を出しているかと問われると、経緯はそれなりに長くなるので割愛するとして、直接的には父から運用を任されているためである。とはいえ、ものすごい運用が上手くリターンが出せるからお願いされているといった理由ではない。一種の社会体験と社会勉強の機会として、実利的には小遣いは自分で稼げ、とのお達しから無事に増やせた分の半分は小遣いとして本当に貰っていいとの約束で預かっている。手間はかかるものの、上手くすると下手なバイトよりいい稼ぎにもなり得ることからやる身としても真剣である。なお、運用を失敗すると反省文と何がダメだったかを父に説明しなければならない。損したことを理由に怒られたりペナルティが発生することはないが、中途半端な説明では許してもらえないので、むしろ何かペナルティでも貰った方が楽なくらいである。一応、全体として多少のプラスが出ているからいいものの、割のいいバイトと呼べるかどうかについては大変に疑問の残る状況にはある。世の中そう上手く行くものではない。
あまり踏み込むとしょっぱくなる話は脇に置いてゲームテストである。この先しょっぱくならないかはこの調査にかかっているといっても過言ではない。真剣にゲームと向き合うのだ。
優待で得たβテスターアカウントを入力し、ユーザーキャラクターの設定画面に移る。容姿などの細かいカスタマイズを除くと、初期にしなければならないのはメインクラスとサブクラスの選択、初期ボーナスのステータス割り振りと初期装備セットの選択なのでそう複雑ではない。凝ったキャラ外観も今回は作らないので、単独行動に相性の良いレンジャーのクラスをメインに選び、初期装備としてはそれっぽいものをやろうというので遠距離武器の弓を選ぶ。ナイフくらいはあとで自分で買えば良いだろう。大塚が近接メインで、涼音さんが魔法使い系統のクラスをやりたいということで、役割分担もちょうどいい。回復役がいないのがクエストをがんがん進めるのなら問題になりそうだが、そもそも我々の目的は市場調査とゲームの評価である。そこまでネックになることはないだろう。
サブクラスを選ぼうとすると、リストの隅に見慣れないクラス名があった。スクロール商人。なんだそりゃ。事前情報をまとめた情報サイトには載っていない。となると、これがランダムで出るレアクラスということか。せっかく出たので物は試しと選択してみることにする。ありきたりな情報はwikiなり見れば分かるのだから、モノ珍しいものを触るに越したしたことはない。
しかし、生産職についての情報はあったが商人職については耳にしたことが無い。バグや間違いデータの可能性も捨てきれないが、意図した設計通りだとすると位置づけが良く分からない。このあたりが、妹がフォントいじりつつ話していたぁゃιぃところになるのだろうか。スキルの割り振りは単独行強化のために行動と器用さに割り振る。弓は強弓を除くと器用さに命中、威力ともに左右される武器なのである。
キャラメイクを終え、一足先にゲームの世界、はじまりの町にあたるコルトーに降り立つ。
「hello world!」
「お兄ちゃん、それ大多数の人は分かんないと思うよ?」
振り返ると案の定涼音さんは小首を傾げていた。大塚は苦々しく笑っている。ええぃ、別にお前ら向けのネタじゃないのでさっさとアカウントリリースを待ってユーザーを作るのだ。
ギラギラと太陽が照りつけ真夏日に向かおうとする夏空の下、クーラーの適度に効いた快適な部屋で、倍率10倍以上の一般公募の幸運を勝ち抜いた3000人のユーザーに混じって、株主優待組のテストプレイは静かに始まろうとしていた。
誤字などについて、ものすごい勢いで見逃していそうなので、報告頂けるとありがたいです。
14年1月14日:若干追記修正