HAPPY・TIME~前篇~
僕は希望を抱きながらT高校へ入学した。
T高校には小学時代からの親友、松尾竜治も入学した。竜治は中学の時からサッカーをしていた、高校でもサッカー部に入部した。
僕は特に入りたい部活も見つからず結局部活には入らなかった。
ある日
突然女の子から声をかけられた。
「藍川佐紀です。よろしくお願いします」
恥ずかしそうにしながらそう言った。
「同じクラスでしたっけ?」
「はい」
そう言って彼女は笑顔をみせた。
「佐藤陽真です。よろしくね」
そう言って僕は頭を下げた。
午前中の授業が終わり、お昼休みの時間になった。
僕は学校の屋上へと向かった。
屋上でくつろいていると突然誰かが僕の名前を呼んだ。
振り返ってみると佐紀が立っていた。
「どうしたの?」
「一緒にお昼ご飯食べませんか?」
そう恥ずかしそうに聞いた。
「いいけど」
僕のこの言葉を聞いて佐紀は満面の笑みを浮かべた。
「風が凄く気持ちいいですね」
そう言いながら佐紀は空に向かって大きく深呼吸をした。
「この場所が一番好きな場所なんだ」
そう言って僕はベンチに腰かけた。佐紀も僕の隣に座った。
「メアド交換しませんか?」
お昼ご飯を食べ終わった後、佐紀が聞いてきた。
「えっ!?」
「だめですか?」
「いいよ」
僕はそう言って制服のズボンから携帯を取り出した。佐紀も制服のジャケットから携帯を取り出した。
そして僕と佐紀はメアドを交換した。
「メール待ってますね」
笑顔で佐紀はそう言いながら教室へと帰っていった。
僕は夜遅く、佐紀にメールを送った。
『よかったら今度の日曜日、遊園地に行かない?予定が入っていたら別にいいけど・・・』
♪~♪~♪
携帯のメール着信音が鳴った。メールの相手は佐紀だった。
『誘ってくれてありがとう。日曜日は何も予定入れないようにしておくね』
『二人っきりでいきたいんだけどいいかな?』
『いいよ』
佐紀の返事はあっさりしていた。
僕は土曜日の夜に佐紀にメールをした。
『明日、十時にT公園で待ち合わせしたいんだけど大丈夫かな?』
♪~♪~♪
メール着信音が鳴った。
『大丈夫だよ』
『それじゃT公園で待ってるね』
『うん』
『それじゃお休み』
『お休み』
そして待ちに待った日曜日がやって来た。
僕は待ち合わせ二十分前にT公園に着いた。
暫く待っていると佐紀が手を振りながら僕の元へとやって来た。
制服姿の佐紀も可愛いけど、私服姿の佐紀も凄く可愛かった。
「ごめん・・・。待った?」
「僕も今来たところだよ。それじゃ行こうか?」
「うん」
僕と佐紀は遊園地の方向へと歩き出した。
歩いている途中、佐紀の身体からバラのいい香りが漂ってきた。
いつもと違う香水をつけている。これってまさか・・・。
僕は心の中でそう呟きながら遊園地へと向かった。
休日だったのもあるのか遊園地には沢山の人で賑わっていた。
とりあえず僕たちは一通りアトラクションをまわることにした。
佐紀は楽しそうに笑顔をみせてくれた。
アトラクションをまわり終え時計の針を見てみると12時を指していた。
「お昼どうする?」
「どうしようか?」
僕は遊園地の近くにレストランがあったことを思い出した。
「この近くにレストランがあるんだけどそこに行く?」
「うん」
僕たちは早速、遊園地からレストランへと向かった。
遊園地から歩いて五分もかからずにレストランに着いた。
僕たちは一番奥のテーブルに腰かけた。
「お客様、メニューは決まりましたか?」
店員さんが聞いてきた。
「なににする?」
そう僕が聞くと佐紀はメニュー表を見ながら
「私、オムライスが食べたいな」
と言った。
「それじゃオムライスを2つお願いします」
「分かりました。少々お待ちください」
店員さんはそう言って帰っていった。
「お待たせしました。オムライスです」
暫く待っていると店員さんが食べ物を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
そう言って僕は食べ物を受け取った。
「今日はありがとうね」
「私こそありがとう。凄く楽しかったよ」
そう言って佐紀はニコッと笑った。
「あのさ・・・。佐紀は彼氏とか居るの?」
「いないよ」
佐紀はあっさり答えた。
正直チャンスだと思った。このチャンスを逃すともう二度とチャンスは訪れないと感じた。
僕は覚悟を決めた。
「まだ出逢ってそんなに経ってないんだけど僕、佐紀のことが好きなんだ。よかったら僕と付き合ってくれませんか?」
佐紀はその言葉を聞いた瞬間、黙ったまま下を向いてしまった。
やっぱりダメなのか・・・。
僕は心の中で呟いた。
「私も陽真くんのことが好きだよ」
佐紀は恥ずかしそうに言った。
意外な言葉に僕の心の中は凄く動揺していた。
「付き合ってくれる?」
僕は心の中を整理するように聞いた。
佐紀は何も言わずコクンと頭を下げた。
デートから帰ると僕は佐紀にメールを送った。
『今日はありがとう。凄く楽しかった』
♪~♪~♪
メール着信音が鳴った。もちろんメールの相手は佐紀だった。
『告白してくれてありがとう。凄く嬉しかったよ』
『僕の方こそ凄く嬉しかったよ。今日は疲れたと思うしゆっくり休んでね』
『うん。お休み』
『お休み。また明日な』
次の日。
僕はいつもと同じように学校に行った。すると珍しく竜治が僕を屋上へと誘った。
「どうした?」
「相談事があって・・・。」
「なに?」
「俺、佐紀ちゃんのことが好きなんだ。やっぱり素直に気持ちを伝えた方がいいのかな?」
僕は複雑な気持ちになった。
僕は何も言えなかった。
結局、竜治は佐紀に気持ちを伝えることはなかった。
一学期も終わり、僕は佐紀を花火大会に誘った。
花火会場に着くと早くも沢山の人で賑わっていた。
僕は花火会場で竜治を見かけた。
「竜治!」
竜治は僕の声が聞こえたのか、僕たちの方へと振り返った。
「陽真も花火を見に来たの?」
「うん」
「陽真と佐紀ちゃんって付き合ってるの?」
「うん・・・。」
「俺、陽真と佐紀ちゃんが付き合っていること薄々は気づいてたんだ・・・。でも本当のことを知るとやっぱりショックだな・・・。」
そう言って竜治は真っ暗な空を見つめた。
「ごめん・・・。」
「なんで謝るんだよ。別に悪いことをしたわけではないんだし・・・。」
「でも・・・。」
「花火、三人で見ない?」
竜治は話題を変えるように言った。
「そうだな」
僕たちは三人で一緒に花火を見た。
ずっと変わらずこの関係でいられますように。
僕は花火を見ながら心の中で呟いた。
でも神様は僕たちのことを温かくは見守ってくれなかった・・・。
あれから一年の月日が経った。
僕たちは高校二年生になった。
相変わらず僕たち三人は同じクラスだった。
ある日。
僕は頭痛を感じた。本当に一瞬の出来事だった。
その日から毎日毎日、頭痛を感じるようになった。
僕はT病院に受診することにした。
「陽真くん。診察室にどうぞ」
看護師さんが僕を呼んだ。診察室に入ると若い先生が椅子に座っていた。僕は診察室の椅子にゆっくり腰かけた。
「ここ最近、頭痛が起きるんですね」
先生は問診票を見ながら言った。
「はい・・・。」
「目が見えにくくなったということはないですか?」
「そういえば左目が以前に比べて視力が落ちたと思います・・・。」
その言葉を聞いた先生は簡単な検査を行った。
「それでは念のために詳しい検査をさせてください」
「詳しい検査ですか?」
「はい。そんなに深刻に考えないでいいですよ。あくまで念のために検査を行うだけですから」
「はい・・・。」
「検査結果は三日後に出来る予定なのでまた三日後に受診してくれますか?」
「はい・・・。」
僕は診察と検査を終え、学校へと向かった。
教室に入るとすぐ佐紀が近寄ってきた。
「陽真くんが遅刻するのってめずらしいね」
「病院に行ってたからね」
「どこか悪いの?」
心配そうに佐紀が聞いた。
「最近、頭痛がよく起こっていたから念のために病院に行ってきただけだよ」
「大丈夫なの?」
佐紀はまた心配そうに聞いた。
「大丈夫だよ」
そう言って僕はニコッと笑った。
佐紀はその言葉を聞いて安心したのかニコッと笑った。
次の日の夕方、遠藤先生はある場所へと向かった。
「佐藤教授、息子さんのことで少しお話があります・・・。」
「陽真がどうかした?」
「息子さんの脳に腫瘍が見つかりました・・・。」
「えっ!」
「恐らく悪性腫瘍だと思われます・・・。」
父は僕のMRI画像を見た。MRI画像を見た父は肩を落とした・・・。
「病気のことは伝えるのか?」
「そのつもりです」
「手術は行うのか?」
「そのつもりです」
「息子の病気を必ず治してやってほしい・・・。」
「出来る限りのことはします」
検査結果を聞く日がやって来た。
僕は学校を終え、T病院に行った。
名前を呼ばれるまでの間、凄くドキドキしていた。
「陽真くん。診察室にどうぞ」
看護師さんが僕の名前を呼んだ。僕は診察室の椅子にゆっくり腰かけた。
「検査結果なんだけど・・・。」
「はい・・・。」
「落ち着いて聞いてね・・・。」
「はい・・・。」
「陽真くんの脳に悪性腫瘍が見つかった・・・。」
「悪性腫瘍ってなんですか?」
僕は悪性腫瘍の意味を知っていながら先生に聞いた・・・。
「ガンだよ・・・。」
「そんな・・・。」
僕は胸が詰まってそれ以上の言葉が出てこなかった。
「出来るだけ早く入院して治療を開始するほうがいい」
「一週間待ってくれませんか?」
「自分が言っていること分かってる?」
遠藤先生は険しい表情で言った。
「一週間だけでいいんです。一週間だけ僕に時間をくれませんか?」
「一週間だけだよ・・・。」
遠藤先生は少し戸惑いながらもそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
そう言って僕は深々と頭を下げた。
次の日。
僕はいつもと同じように学校に行った。
教室に入るとすぐ佐紀が駆け寄ってきた。
「検査の結果どうだった?」
心配そうに佐紀が聞いた。
佐紀に本当のことを話すべきなのか凄く悩んだ・・・。
「異常ないみたいだよ・・・。」
結局、本当のことは言えなかった・・・。
「よかった」
佐紀は安心したような顔で言った。
佐紀に嘘をついた罪悪感で胸が痛かった・・・。
放課後、僕は竜治を屋上へと誘った。
「どうした?」
竜治が不思議そうに言った。
「今でも佐紀への気持ちは変わらないの?」
「変わらないよ。今でも好きだよ」
「だったら僕に変わって佐紀を幸せにしてあげてほしい・・・。」
「何を言ってるの?」
竜治は険しい表情で言った。
「昨日、病院に行ったら脳に腫瘍が見つかったって言われたんだ・・・。しかも悪性腫瘍らしいんだ・・・。」
「悪性腫瘍ってなに?」
「ガン・・・。」
「佐紀ちゃんには病気のこと伝えたの?」
「まだ伝えてない・・・。それにこれからもずっと病気のことは伝えないつもりだよ・・・。」
「どうして?」
「佐紀の悲しむ顔を見たくないんだ・・・。」
「それは誰もが思うことだろ・・・。」
僕は竜治の意見に何も言えなかった。
「どこの病院に入院するの?」
竜治は話題を変えるように言った。
「T病院だよ・・・。」
「いつから入院するんだ?」
「来週の月曜から・・・。」
「お見舞い必ず行くからな」
「ありがとう」
その言葉しか言えなかった。
そして、とうとう入院する日がやって来た。
僕はT病院で入院の手続きをして病室に案内された。
夕方、竜治が病室にやって来た。
「早速お見舞いに来てくれたんだ」
「うん」
「ありがとう」
「あれから色々と考えたんだけど俺には佐紀ちゃんを幸せになんてできないよ・・・。佐紀ちゃんを幸せにできるのは陽真しかいないって思った。陽真の温かい愛で佐紀ちゃんをしっかり包んであげてほしい・・・。」
「竜治・・・。」
「何か俺、きついこと言っちゃったな・・・。ごめん・・・。」
「竜治の言っていることは正しいことだよ・・・。」
竜治は僕に気をつかって夜遅くまで病室にいてくれた。
次の日。
学校の授業が終わった後、佐紀は竜治を呼び止めた。
「今日も陽真くん学校に来なかったね・・・。」
「そうだな・・・。」
「竜治くん何か知らない?」
「陽真は今、T病院に入院しているよ・・・。」
「えっ・・・。どうして?」
佐紀は驚いた表情で言った。
「陽真の脳にガンが見つかったんだ・・・。」
「そんな・・・。」
そう言いながら佐紀は泣き崩れた。
「陽真は今一人で病気と闘っているんだ・・・。誰にも頼らず一人で・・・。」
竜治はその言葉を言ってその場から立ち去った。
佐紀はある場所へと向かった。
病室のドアがゆっくり開いた。
誰だろう・・・。また竜治がお見舞いに来てくれたのだろうか・・・。
病室に入ってきたのは竜治ではなく佐紀だった。
「佐紀・・・。」
佐紀は何も言わずベッドサイドに置いてあった椅子にゆっくり座った。
「どうして入院していること分かったの?」
「竜治くんから聞いたんだ・・・。」
「そうなんだ・・・。」
「どうして病気のこと言ってくれなかったの?」
「ごめん・・・。どうしても佐紀の悲しむ顔を見たくなくて言えなかったんだ・・・。」
「私はどんなに辛いことでも言ってほしかった・・・。」
「ごめん・・・。」
そう言いながら僕は佐紀の瞳を見た。佐紀の瞳は赤く充血していた・・・。
「泣いたの?」
優しく聞くと佐紀は一度だけ頭を下げた。
「辛い思いをさせちゃってごめん・・・。」
そう言うと突然佐紀が抱きついてきた。
「どうしたの?」
「死なないよね?死んじゃイヤだよ・・・。」
そう言いながら佐紀は泣いていた。
「佐紀を残して死ねないよ」
そう言って僕は佐紀を強く抱きしめた。
「私を一人にさせないでね・・・。約束だよ・・・。」
「うん。約束するよ」
そう言って僕は佐紀の頭を優しく撫でた。
佐紀はニコッと笑っていた。
次の日。
遠藤先生が病室へとやって来た。
「手術の日が決まったよ」
「いつですか?」
「来週の金曜日だよ」
「よろしくお願いします」
そう言って僕は深々と頭を下げた。
「全力を尽くすよ」
そう言って先生は病室を出て行った。
暫くすると佐紀が病室へとやって来た。
「手術の日が決まったよ!」
「いつなの?」
「来週の金曜日だよ」
「頑張ってね。ずっと見守っているから」
「ありがとう」
そう言って僕はニコッと笑った。
佐紀もニコッと笑っていた。
そしてとうとう手術当日の日がやって来た。
佐紀は朝早くから病室にやって来た。
「とうとうこの日がやって来たね」
「そうだね・・・。」
「やっぱり不安?」
「不安がないっていえば嘘になるかな・・・。」
「大丈夫だよ。きっと神様も見守ってくれているよ」
「そうだといいんだけど・・・。」
僕は佐紀にあるお願いをした。
「もしこの手術が無事に終わったらキスしてもいいかな?」
「うん。必ず元気になってかえってきてよ」
「佐紀・・・。」
そして看護師さんが僕を呼びに来た。
「それじゃ今から手術室に向かいますね」
「はい・・・。」
そして五時間という長い長い手術が終わった。
手術を終えた遠藤先生は僕の両親が待つ病室へと向かった。
「陽真の状態はどうなんだ?」
「見える範囲の腫瘍は全て切除しました。ただ腫瘍ができている部分が非常に悪い部分で意識が戻るかどうかは陽真くんの生命力に賭けるしかありません・・・。」
両親は何も言えなかった・・・。
佐紀も何も言わずただ泣いていた。
「陽真くんは今、集中治療室にいますので・・・。」
そう言って深々と頭を下げて病室から出て行った。
僕はこのとき、あるものと闘っていた。
早くこっちの世界に来いよ。
誰なんだ?
こっちの世界は苦しいことも辛いことも起こらない世界だよ。
いったい誰なんだ?
はるか遠い世界から君を迎えに来たんだよ。
僕はまだそっちの世界には逝けないんだ。
どうしてそこまでして辛い思いや苦しい思いをするんだ?
僕には大切な人がいるんだ。絶対に失いたくない大切な人がいるんだ。だからまだそっちの世界には逝けない。
佐紀は僕の手をずっと握ってくれていた。
母が佐紀に声をかけた。
「少し休まないと身体が壊れちゃうよ・・・。」
「私は大丈夫ですから先に休んでください」
「でも・・・。」
「陽真くんの傍にいたいんです。陽真くんの傍に居させてください」
母は何も言わずブランケットを佐紀の足もとにかけてあげた。そして病室を出ていた。これも母の優しさなんだろう。
僕は少しずつ意識を取り戻しつつあった。
ゆっくり瞳を開けると佐紀の姿が見えた。一番最初に見た光景が佐紀の姿だった。
「佐紀・・・。」
「陽真くん!」
そう言って佐紀は泣きそうになっていた。
「ずっと傍にいてくれたの?」
その言葉を聞いて安心したのか佐紀は泣いていた。
「佐紀は泣き虫屋さんだね」
「このまま意識が戻らなかったらどうしようって凄く心配したんだよ・・・。」
佐紀は泣きながらそう言った。
「心配してくれてありがとう」
そう言って僕は佐紀の頭を優しく撫でた。
佐紀は何も言わずニコッと笑っていた。
そして手術を行って一ヶ月が過ぎた。僕は順調に回復をしていた。
ある日。
いつもと同じように佐紀がお見舞いに来てくれた。
佐紀と他愛もない話をしていると突然、佐紀の唇と僕の唇が重なり合った。
あまりの突然の出来事で僕の心は凄く動揺していた。
「えっ!」
「約束だから」
そう言って佐紀はニコッと笑った。
「あの時の約束、覚えていてくれたんだね」
「うん」
そう言って佐紀はまたニコッと笑った。
そして退院前日になった。
突然、中学時代に同級生だった智夏が病室へとやって来た。
「智夏!」
「久しぶりだね」
「そうだね。でもどうして僕が入院していること知ってるの?」
「陽くんがこの病院に入院しているって叔母さんから聞いたんだ」
「母さんから聞いたの?」
「うん」
「そうなんだ」
そう言った瞬間、突然病室のドアが閉まった。
「誰か来てたのかな?」
「僕、ちょっと見てくるよ」
そう言って病室を出た。
病室を出てすぐ佐紀がいつも鞄につけていたキーホルダーが落ちていた。
佐紀来てたんだ・・・。
僕はキーホルダーを拾って病室へと戻った。
「誰かいた?」
僕は頭を横に一度だけ振った。
その日の夜、僕は佐紀にメールを送信した。
『今日、病院に来てた?』
僕はずっと佐紀からの返事を待った。
でも結局、佐紀から返事が返ってくることはなかった・・・。
どうしたんだろう・・・。
結局あれから佐紀には一度も会うことはなく二学期を迎えた。
教室に行くと佐紀が席に座っていた。
「おはよう。佐紀。」
「おはよう・・・。」
「メール見てくれなかったの?」
「見たよ・・・。」
「だったらどうして返事を返してくれなかったの?」
佐紀が突然、僕の手をひき屋上へと連れて行った。
「どうしたんだよ?」
「好きな人が出来たんだったら好きな人が出来たって言ってくれればよかったのに・・・。」
「なんのこと?」
「あの時、陽真くん病室で女の子と楽しそうに話していたよね・・・。」
「智夏とは中学時代の同級生なだけだよ」
「もういいよ・・・。そんな言い訳なんて聞きたくないよ・・・。」
そう言って佐紀は教室に戻って行った・・・。
結局、この出来事があって以来、僕と佐紀の仲はすっかり溝があいてしまい別れることになってしまった・・・。
ある日。
竜治が佐紀をT公園へと呼び出した。
「最近、元気ないけどなんかあった?」
「ちょっと色々とね・・・。」
「悩みは一人で抱え込むのはよくないよ。俺に出来ることがあればいつでも言ってよな」
「ありがとう・・・。実はね、陽真くんと別れたんだ・・・。」
「どうして別れたの?」
「陽真くん、私の知らない女の子と楽しそうに話していたんだ・・・。まるで恋人のように・・・。」
「そうなんだ・・・。」
竜治は佐紀の悩みを優しく聞いた。
十一月のある日。
竜治は佐紀を屋上へと誘った。
「もうすぐサッカーの試合だね」
「うん」
「試合、頑張ってね」
「ありがとう。試合、見に来てくれるよな?」
「見に行くよ」
「あのさ・・・。この試合に勝ったら俺と付き合ってくれないかな?」
「えっ?」
佐紀は少し戸惑った表情で言った。
「試合に勝ったらでいいんだ。負けたら潔く諦めるから・・・。」
「うん。分かった」
そう言って佐紀はニコッと笑った。
そして試合当日になった。
佐紀はサッカー会場に行って竜治を応援した。
でも結局、T高校は試合に負けてしまった・・・。
試合終了後、竜治は佐紀に会った。
「みっともない姿を見せちゃったな・・・。」
「そんなことないよ。竜治くんは凄く頑張ってたよ」
「でも勝ちたかったな・・・。」
「勝ち負けなんて関係ないよ。大切なのは頑張っているかどうかだと私は思うよ」
「それじゃ俺と付き合ってくれるの?」
「うん・・・。」
「ホントに?」
「うん・・・。」
この瞬間から佐紀と竜治は恋人になった・・・。
帰宅途中、佐紀が小さく呟いた。
「私ね、陽真くんのこと運命の人だなって思ってたんだ・・・。このまま付き合って、いつかは結婚するんだなって勝手に思ってた・・・。私、陽真くんと付き合って少し浮かれていたのかもしれないね・・・。」
竜治は何も言わず、その言葉を聞いていた。
やがて季節はクリスマスの季節になった。
僕は高校になって初めて隣に佐紀のいないクリスマスを迎えた。
僕は図書館に向かっていた。
すると奥の方から佐紀と竜治が楽しそうに話をしながら僕の方へと歩いて来た。
佐紀と竜治って付き合っているんだ・・・。佐紀が幸せそうでよかった・・・。
佐紀と竜治は僕に気づくことはなく僕の横を通り去った・・・。
「佐・・・。佐・・・。佐・・・。紀・・・。」
胸が詰まって佐紀の名前を呼ぶことができなかった・・・。
やがて佐紀と竜治はゆっくり僕の視界から消えていった・・・。
そして僕たちは高校三年生になった。
佐紀と竜治は同じクラスになり、僕は二人とは別々のクラスになった。
ある日。
僕は定期診察を受けにT病院へ行った。
一通り検査を終え、待合室で待っていると看護師さんが僕を呼びに来た。
僕は診察室に入り、ゆっくり椅子に腰かけた。
「凄く言いにくいことなんだけどガンが再発してる・・・。」
「再発ですか・・・。」
「肺にも転移の影が見られる・・・。」
「転移ですか・・・」
「これから先、運動時に息切れがしたり呼吸困難が起きたりする可能性がある・・・。」
「治るんですか?」
「全力を尽くすけど完治は難しい・・・。」
次の日から僕はまた入院することになった。
病室に着いて荷物を整理していると鞄の中に佐紀のキーホルダーが入っていた。
そういえば、このキーホルダーずっと返してなかったんだよね・・・。
僕はいけないことだと知りながら佐紀に電話をかけた。
♪~♪~♪
♪~♪~♪
♪~♪~♪
『ただ今、電話に出ることができません・・・。』
オペレーターの声が僕の耳に響いた・・・。
二度、三度、電話をかけても結果は同じだった・・・。
これで最後にしよう・・・。
♪~♪~♪
♪~♪~♪
♪~♪~♪
『もしもし・・・』
佐紀が電話に出た。きっと佐紀も分かっていたはずだ・・・。電話の相手が僕だってことを・・・。
『佐紀・・・。』
『陽真くん・・・。』
『繋がってよかった・・・。』
『どうしたの?』
『佐紀の声が聴きたくなっちゃって・・・。』
『今、どこにいるの?』
『病院だよ・・・。』
『まさか再発じゃないよね?』
『ガンが再発したんだ・・・。それに転移の影も見られるんだって・・・。』
『そんな・・・。』
佐紀は電話の向こうで泣いていた・・・。
『ずっと言いそびれていたんだけど佐紀が鞄につけていたキーホルダーを持っているんだよね・・・。ずっと渡そうと思っていたんだけど渡しそびれちゃって・・・。キーホルダーは竜治に渡しておくね・・・。』
『病院に行ってもいい?』
『ダメだよ・・・。佐紀にはもう素敵な人がいるんだから・・・。』
『でも・・・。』
『佐紀の声が聴けてよかった・・・。これで辛い治療も頑張れそうだよ。ありがとう』
そう言って僕は一方的に電話を切った・・・。
佐紀ごめん・・・。でもこれでいいんだ・・・。
そう自分の心の中に言い聞かせていた・・・。
次の日。
病室に佐紀がやって来た。
「佐紀・・・。」
「ごめん・・・。来ちゃった・・・。」
「こんなところに来てると竜治が悲しむよ」
「昨日、色々と考えて私はやっぱり陽真くんのことが好きなんだって気づいたんだ。凄く自分勝手でわがままなことを言っているけど、もう一度、陽真くんと付き合いたいよ・・・。」
そう言って佐紀は涙を流していた・・・。
「ありがとう・・・。でも僕のことより竜治のことを一番に思ってあげてほしい・・・。」
そう言って僕は佐紀の涙を拭いだ。
次の日。
佐紀は竜治をT公園へと誘った。
「どうしたの?」
「昨日、陽真くんに会ってきた」
「そうなんだ・・・。」
「陽真くん、また入院してた・・・。」
「そうなんだ・・・。」
「私ね、もう一度陽真くんと付き合いたいって思ってるんだ・・・。」
「それじゃ今まで俺と付き合ったきたのは単なる気晴らしだったのかよ?」
竜治は険しい表情で言った。
「気晴らしだなんて一度も思ったことないよ」
「だったらどうして今頃になって陽真と付き合いたいって言うんだよ?」
「運命の人だからだよ。私にとって陽真くんは運命の人なんだ」
竜治は一度だけ深くため息をついた・・・。
「陽真は幸せ者だよな。そうやって思ったくれる人がいるんだから。もう二度と陽真の手を離すんじゃないよ」
そう言って竜治はニコッと笑った。
そして、ある日。
病室に佐紀のお母さんがやって来た。
「お久しぶりです」
そう言って僕は深々と頭を下げた。
「ホント、久しぶりだね」
「確か高校入学式の日以来ですよね?」
「そうだね。また入院したんだね?」
「はい・・・。」
「佐紀も凄く心配してたよ」
「ホント佐紀には感謝してもしきれないぐらい感謝しているんです。でも佐紀にはそんなこと気恥ずかしくて言えないんですけど・・・。」
佐紀のお母さんは何も言わずニコッと笑っていた。
病気が再発して半年が過ぎた。
少しずつではあったけど運動時に息切れが起こるようになっていた・・・。
ある日。
病室に遠藤先生がやって来た。
「転移に影も少しずつだけど大きくなっていっている・・・。」
「僕に残された時間はあとどのくらいですか?」
「出来れば来年の桜が咲くころまではもってほしいけど・・・。」
遠藤先生は言葉を濁らせた・・・。
僕に残された時間は残りわずかなんだと実感した。
これからは残された時間を佐紀の為だけに使おう。
沢山の思い出が出来るように。
そしてクリスマスシーズンがやって来た。
遠藤先生が病室へとやって来た。
「クリスマスの日は外泊許可を出すからね」
「えっ?」
「偶には外で好きな人と一緒に過ごすのもいいと思うよ」
「ありがとうございます」
そう言って僕は深々と頭を下げた。
暫くすると佐紀が病室へとやって来た。
「クリスマスの日、外泊許可を出してくれるんだって」
「よかったね!」
佐紀は自分のことのように喜んでくれた。
「クリスマスの日、どうする?」
「遊園地に行かない?」
「遊園地?」
「陽真くんが初めてデートに誘ってくれた場所」
「そうだね。遊園地に行こう」
そう言って僕はニコッと笑った。
そして待ちに待ったクリスマスの日がやって来た。
佐紀は約束の時間に少し遅れてやって来た。
「ごめん・・・。少し遅れちゃった・・・。」
佐紀は苦笑いをしながら言った。
佐紀のこういう顔も好きなんだよね。
「それじゃ行こうか?」
「うん」
佐紀は嬉しそうに言った。
遊園地に着くと早くも沢山の人で賑わっていた。
「あの頃と何も変わってないね」
「そうだね」
僕たちは一通りアトラクションをまわることにした。
アトラクションをまわり終え時計を見てみると時計の針が十二時を指していた。
「お昼どうする?」
「まだあのレストランやっているのかな?」
「行ってみる?」
「うん」
僕たちはレストランへと向かった。
レストランもあの時と全く変わっていなかった。
僕たちは一番奥のテーブルに腰かけた。
あの時もこのテーブルに座ったんだよね。そしてこの場所で告白したんだよね。
「お客様、メニューは決まりましたか?」
店員さんが声をかけてきた。
「オムライスを二つ下さい」
佐紀は店員さんそう言った。
あの時もオムライスを注文したんだよね。本当に夢を見ているみたいだよ。
オムライスを食べ、僕たちはレストランを出た。
「今日は凄く楽しかったよ」
「私も凄く楽しかったよ」
「また明日からもよろしくね」
「私の方こそよろしくね」
そう言って佐紀はニコッと笑った。
そして楽しかった一日があっという間に終わった・・・。
そして季節は二月になった。
この日はめずらしく竜治も病室に来てくれていた。
「佐紀に頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「どうしたの?」
「果物を買ってきてくれないかな?」
「何の果物がいい?」
「佐紀にまかせるよ」
「それじゃ買いに行ってくるね」
そう言って鞄から携帯と財布を手に持ち病室を出て行った。
佐紀が病室を出て行って数十分後、僕の意識がなくなった・・・。
竜治は急いで佐紀に電話をかけた。
♪~♪~♪
♪~♪~♪
♪~♪~♪
『もしもし竜治くん?』
『陽真の意識がなくなった・・・。出来るだけ早く病室に戻ってきて・・・。』
『分かった・・・。急いで戻るよ・・・。』
佐紀の声が震えていた・・・。
佐紀・・・。ごめん・・・。そろそろ逝かなくちゃ・・・。
陽真くんはまだそっちの世界に逝っちゃダメだよ・・・。
でも僕が逝かないとみんなが待ってるんだ・・・。
お願いだからまだ逝かないで・・・。まだまだ陽真くんと一緒にやりたいことがいっぱいあるんだから・・・。
佐紀と過ごした三年間、凄く幸せだったよ・・・。凄くかけがえのない宝物になったよ・・・。
まだお別れなんてイヤだよ・・・。
これが最後のお別れなんかじゃないよ・・・。ほんの少しのお別れだよ・・・。
佐紀が肩で大きく息をしながら病室に戻ってきた・・・。
佐紀は何も言わず僕の手を優しく握った。
佐紀・・・。ありがとう・・・。最後の最後まで佐紀と会話ができて嬉しかった・・・。
僕の心臓の鼓動がゆっくりと止まった。心電図の数値もゼロを示していた・・・。
「イヤだよ・・・。イヤだ・・・。私を一人にさせない、私を残して死ねないって約束してくれたよね・・・。あの約束は嘘だったの・・・?」
佐紀はそう言いながら泣き崩れた。
「陽真は本当に佐紀ちゃんのことが好きだったんだな・・・。」
「えっ・・・?」
「陽真の顔、凄く幸せそうな顔だよ・・・。きっと最後に大好きな佐紀ちゃんに会えたから嬉しかったんだと思うよ・・・。陽真は今まで凄く頑張ってきたんだよ・・・。きっと辛かっただろうし苦しかったと思う・・・。でも陽真はそんな顔ひとつしなかったんだよ・・・。今まで頑張ってきた陽真を褒めてあげようよ」
「そうだね・・・。陽真くん、今まで凄く頑張ってきたもんね。偉かったよ・・・。天国でゆっくり休んでね・・・。」
佐紀はそう言いながら泣いていた。そして続けて言った。
「ごめんね・・・。涙が止まらないよ・・・。陽真くんと過ごした三年間は凄く幸せだったよ。陽真くんと付き合った本当によかった。やっぱり私の運命の人は陽真くんだよ」
ありがとう・・・。佐紀・・・。僕も佐紀は運命の人だよ。これからも天国で佐紀のことをずっと見守っているよ・・・。
もしまた佐紀と出逢えることができるならまた佐紀と付き合いたい。
今、病気で悩んでいる方や生きることが辛いと感じている方を少しでもこの小説で自分は一人ではないんだよ、必ず傍には支えてくれる人がいるんだよと感じてもらえれば嬉しいです。