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とあるお金持ちの女子高校にて

タンブリッジ・ウェルズとは、私がホームステイしていた、イギリスの街の名前です。この街が、物語とどう関わってゆくのか、楽しみにお読みください。


そう。確かに彼女は、ひとめでひとを惹きつける、なにか不思議な魅力を持った女の子だった。初めて僕が教壇に立った瞬間、ああ、これが、職員室でひそかにうわさになっている、ピアノAクラスの美人かとすぐに思い当たった。ものうげな長いまつげで、目が驚くほどでかい。

白い透き通った肌、筋の通った鼻。

組み出された長い脚は、彼女が、モデル並みに背が高いことを物語っていた。

茶色に染められ、ゆるくウエーブした長い髪。

そして、全身から匂い立つ色香。でも、そんな魅力が、彼女にとってプラスであってきたのかはかなり疑問だ。というのは、

そうでなくても、彼女は、なにかと話題に登りやすい境遇に生まれてきたからだ。

彼女は、とある有名政治家の一人娘だった。たびたびテレビに報道される、その政治家は、

必ずしもいい話題に登場するとは限らなかった。ただ、カリスマ性にあふれた彼女の父親はいいにつけ、悪いにつけ、人々の興味をそそってやまなかった。彼女は、名を安河内綾乃といった。自己紹介しよう。僕は、森永祐介という。

高校の英語教師の職に就いて、三年目。今年、初めて、音楽大学付属女子高校の、英語教師になった。

もちろん、非常勤だ。

音大付属高校の非常勤英語教師。まるで、お菓子についてくるおまけみたいな存在だと思う。そりゃもちろん、卒業して世界を渡り歩く音楽家が輩出されるような学校だったら、僕の仕事もまんざらではないだろう。でも、この高校は、そんな優秀な生徒のいるような学校ではなかった。高校を卒業して、付属の音大に入ってなって、せいぜいピアノかバイオリンの先生。大金持ちと結婚して、退職。そんなルートがみえみえだったし、生徒たちの話題を聞いているとどんな男性が素敵だとか、どんな結婚がしたいだとか、のんきな話ばかりのようにみうけられた。お勉強は二の次。もしくは、英語なんかより、学校で必修になっているドイツ語のほうが、

よっぽど興味が湧くようだった。そして、彼女たちは、全員が全員、大変裕福な家庭で育ってきていた。一人の例外もなく。

僕は、ごく一般的なサラリーマンの家の次男として生まれて、ごく普通の公立小中学校を出て、県立の男子校、一年浪人して、中流クラスの大学の教育学部英語英文学科を卒業した。就職難で仕事がなくて、一年間イギリスのタンブリッジ・ウェルズという小さな街に滞在して、

働きながら英語を覚えた。教師の職に興味などなかった。

ただ、いろいろ当たってみた結果、これしかなかったというだけだ。


しかし、やるからにはやる。

僕が、ほかの教師とおそらく違っていた部分は、

英文をただ訳させるでもなく、文法を教えるでもなく、

英語というものに、興味をもってもらいたい、と努力している部分だった。たとえば、全く話をきく気もなく、いつも窓の外を眺めている安河内綾乃になんとか授業をきいてもらいたくて・・・そう、始めに気をひこうとしていたのは、僕のほうだったのかもしれない。



私の名前は、安河内綾乃。


安河内の家に産まれたことが、嫌になるわ。

父親は有名な政治家。

ハンサムで、優しくて、お金持ち。

いつも、三人は、彼女がいたわ。私にも、優しかった。


思いっきり甘やかされて、育ったわ。

私は、子供の頃から、なに不自由なく育ったの。

本当に、なに不自由なく・・・。


それが、どんなに悲劇的なことか、わかる?

わからないでしょうね、おそらく。


家庭においても、学校においても、私の言うことを聞かない者はなかったわ。

私のすることに、けちをつける者も。

どんなに黒いものでも、私が「白だ」と言えば、みんな「白だ」と言う。

黒だ、と堂々と言い放った者は、いままでひとりもいないわ。

女中たちも、友達も、家庭教師でさえも。

馬鹿馬鹿しい。

こんなにつまらない世の中ってないわね。


父は、五回目の結婚だけど、それも破綻寸前。

当然よね。

妻のほかに、女が三人もいるんですもの。

妻は妻で、夫に愛想をつかして、若いつばめをかこっていたわ。


私は、二回目の結婚で産まれた子供なの。

母は、大した出ではないわ。

当時、安河内家の女中だった母に、父が手を付けて、身ごもったのが私。

一人目の結婚では、子供ができなかったから、彼女とは即離婚。

妻の座に座った母は、それでもつつましやかだったわ。

決して、奢ることなく、私に愛を注いでくれた。

その母も、私が五歳のときに、他界。

癌だったわ。

私は嘆き悲しんだけど、父はすぐに新しい女を家に迎えた。


けれど、父の女遊びが、それで収まるはずもなく

・・・だって、なんたって父はモテたから。

何度も母親が変わったし、恋人たちも変わったわ。


私は、そんな女はみんな嫌いだった。

女ってね、男に好かれようとするとき、まず子供に取り入ろうとするのよ。

遊園地に連れて行ったり、高い食事を食べさせたり。

ヴィトンの財布や、グッチのバッグを、幼稚園の頃から買ってもらってたわ。

財布のなかには、いつも十万円は入っていて。

私、ブランドものなんか興味がなかったから、ちっとも嬉しくなかった。

「あやちゃん、こんなもの、持っている子なんて、他にはいないでしょう?」

馬鹿馬鹿しい。

あんたたちの、自己満足に過ぎないわ。


人生って、所詮、生まれてから死ぬまでの暇つぶしね。

なに不自由ない、って、そういうことだわ。

ストーリー展開が早すぎるとの批判もありましたが、お気に入りの作品です。楽しんでいただけたら、幸いです。

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