夜空に咲く花は二人を見下ろす。
ドン、重い音が鼓膜を揺さぶる。
山と山の間から一筋の光が立ち昇り、パァ、と雲一つ無い夜空に鮮やかな光が花のように咲き、名残惜しそうに消えていく。
俺はボンヤリと眺めて、呟いた。
「始まったな」
「あぁ」
俺と同じ様に眺めていた幼馴染みの尾崎 国弘は頷いた。
ドンドン、と立て続けに二度音が木霊する。夜空に二つの光が灯る。
「久しぶりだな。こうしてお前と花火を見るのも」
「あぁ、そうだな。久しぶりだな」
俺はそう言って缶ビールを口元で傾ける。口腔にビールが流れ込むのが感じられた。味はしない。
その間に二つの光は消える。
「お前は元気に過ごしていたか?」
相手も缶ビールを飲んでいたのか、返答が遅れた。
「元気といえば元気だし、元気じゃないといえば元気じゃないな」
「何じゃそりゃ」
俺は笑う。
尾崎もクスクスと笑う。
二人で酒を飲みながら、他愛無い世間話をしていく。俺の苦労話。尾崎の失恋話。通っていた学校のちょっとした事件。楽しい話。様々な話題が浮き出ては消えていく。
この一時が酷く懐かしく感じられた。もう、感じられないモノだからだろうか。俺には判断し難い感情だった。
パチパチ、と火花が散るような音がする。俺は視線を向けた。
星空に無数の色が散らばり、黒い空に吸い込まれていく。それを眺めながら俺は考えた。
妹の瑞希はどうしているのだろう、と。元気にしているのだろうか? 学校で苛められていないだろうか? もう悲しんでいないだろうか? そんな想い、考えが何度も頭の中で駆け巡る。
俺は思い切って聞いてみることにした。
「なぁ、妹の瑞希は……その、元気にしているか?」
言った瞬間、俺は後悔した。
空気にピンと緊張が走る。けど、それも一瞬。重苦しい沈黙の後に答えは返ってきた。
「元気……なわけないだろぉ!!」
怒号。怒りが俺の瞳を貫いた。俺は友人の顔を直視できなくなって、視線を外す。
「そっ、だよな……」
俺はうなだれる。やっぱしそうなのかと俺は悲しんだ。だけど、嬉しくもあった。そんな矛盾、葛藤が胸の中で疼く。
「お前は無責任だ。あんなに可愛い子を一人にするなんて……お前は兄貴だろ!?なんで最後まで面倒を見てやらないんだ!!」
尾崎の怒りは拳となって、俺に炸裂した。だけど、拳は俺の体をすり抜けて通過してしまう。何も無いかのように。
「ごめん……ごめん……」
俺は謝ることしか出来なかった。
尾崎は地面に蹲って、嗚咽を漏らす。「何でだよ……なんでだよ……なんで先に逝っちまうんだよ」と。
―――瑞希は悲しんでいるのか。
俺は満月を見る。蒼い光が視覚を刺激した。涙が溢れそうになる。
瑞希を独りにしてしまった責任に。
瑞希を悲しませている自分に怒りを覚えて。
瑞希の傍に居ることが出来ない悲しみに。
瞼を閉じると瑞希の笑顔が浮かび上がる。
愛らしい笑顔にお兄ちゃん、と言う声。
それが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
ポツリ、と手の甲に雫が落ちる音。
瞼を開けると、自分が涙を流していることに気がついた。
まだ涙が流せることに驚いて、手の甲で涙を拭く。
肺に空気を吸い込んで、出来る限りの大声を出す。
「湿っぽくなっちまったな!! ほら、花火見ようぜ!! せっかくの花火大会なんだからな!!」
声が震えていた気がした。でも、気にしない。今は気にしていられない。
むくり、と尾崎が起き上がる。
鼻水を啜る音。それが静寂の中で間抜けに聞こえた。
「そうだな……」
そう言って尾崎は俺の隣に座り、残りの缶ビールを飲み干す。
俺もその様子を見ながら缶ビールの中身を空ける。
尾崎の横顔を花火の光が照らした。頬の辺りが濡れて光っている。俺は心が痛くなった。
地上から打ち上げられ、夜空に輝くそれは儚い人の魂に思えた。死んだ人間は天に還ると一体誰が言ったのだろうか。
「なぁ」
「ん?」
俺は視線を尾崎に向ける。尾崎の表情は真剣そのものだった。
「今……今決めたんだけどな……俺……瑞希に告白するよ」
唐突な話。だけど、俺は尾崎が瑞希に好意を抱いていることを知っていた。瑞希もまた、尾崎に淡い恋心を抱いている。きっとこの二人なら上手くいくだろう。そう、確信できた。
俺は「そうか」と頷く。
短い返答に尾崎は拍子抜けしたのか「なんだよ」と言った。
「良いのか? 俺みたいな奴に妹を取られて」
「妹を……瑞希を宜しく頼む」
俺は頭を下げて言った。お前なら任せられるよ、と心の中で付け加える。
ズズ、と鼻を啜る音。俺が頭を上げると、尾崎は泣きそうな表情をしていた。あれこいつ、こんなに泣き虫だっけ。
「あぁ、また湿っぽくなっちまったじゃねぇかよ」
今度は尾崎がそう言った。
もう泣いていない。
「……ごめんな」
そして、ありがとう。
「謝るのは無し、だろ?」
尾崎はビールをクーラーボックスから取り出して、俺に差し向ける。
俺は掴んで、缶の蓋を開けた。
プシュッ、と音を起てて液体が溢れる。俺はそれを飲む。苦い味だろうと想像しながら。
ドン、と花火が鳴る。
「明日、暇か?」
俺がそう聞くと、尾崎は一瞬不思議そうな表情をしてから頷いた。
「じゃ……夜明けまで飲み明かそうぜ!!」
夜明けまではまだまだ時間がある。その間に懐かしい思い出話をしたかった。
尾崎は嬉しそうに笑ってから「おう」と言ってくれた。
二人で花火の明かりを背に乾杯する。
まだまだこれからが本番だ。
ドンドン、と花火が唸る音。
鮮やかな光の後に楽しそうな笑い声。だけど、それは一人分しか聞こえなかった……。
完
ども、あらすじを書くのが何故か苦手な凛馬です。
今回の作品はホラーか恋愛かその他なのか分からなくいモノに仕上がってしまいました(汗
とりあえずホラーへと投稿してしまいました。
もし、こんなの違うと思ったらどんどん言ってください(笑
もちろん感想もお待ちしています。
では、また別の作品で。




