踏み出す一歩
「さて。これからどうする? その報奨金をお前さんのこれからの蓄えにするには、心もとねえだろ。今ならこの街でも、お前さんを受け入れて、仕事をくれる場所があるかもしれねえぜ」
イグニスの視線は、街の出口へ向いていた。
そこには、聖域の外の世界が広がっている。
息苦しさを覚える、「完璧」に満ちた世界が。
しかし今のリナリアには、息苦しさの先にある、無限の世界も見えた気がした。
「……私、この街を出ます」
リナリアは迷わずに言った。
この世界に「選ばれなかった自分」は、もういない。
これからは、「自分で選ぶ」世界があるのではないか。
新しい世界の、新しい魔法使いの道が、この一歩先にあるのではないか。
未だ、人の視線には慣れない。
人見知りの性格が直ることは、当面無いだろう。
しかし、新しい世界と新しい自分なら、どうにかやっていけるのではないか。
「そうかい。まあ、そう言うと思ってたぜ」
イグニスは待ってましたとばかりに、背中の大剣を担ぎ直した。
「そんなお前さんに提案だ」
「え、ええ?」
「俺たちの傭兵団には、腕のいい魔法使いが足りてねえ。お前さんのその帝国にとって『正しくない魔法』……そいつを、俺たちと一緒に使ってみねえか 報酬は、ここのケチな領主の百倍は約束してやる」
「ひゃ、百倍……も??」
「ああ、気持ちだけな」
「……え、う、嘘臭い」
リナリアは顔をしかめ、苦笑いする。
すると、傍に居たレヴァがニカリと笑った。
「良い話じゃない? ボクも付いていくよ! 美味しい奉げ物を忘れないならね!」
その声は、リナリアだけに聞こえる声ではなかった。
イグニスが目を丸くし、硬直する。
「……お、おい、その犬っころ……喋れんのか……?」
「そうとも! ボクは『大地の聖獣レヴァ』だよ? 人の言葉以外だって話せる!」
「……は? 聖獣? は、あ? ああ??」
「良い反応だね! これから楽しくなりそうだね、リナリア!」
「え、えええ……そ、その、私、まだ一緒に行くとは――」
「よーし! 新たな旅へ、出発だあ!」
レヴァが尻尾を振り、リナリアの影から飛び出すように駆け出していく。
置いていかれたリナリアとイグニスは、呆然として立ち尽くす。
間を置いて、顔を見合わせるふたり。
「……ま、とりあえず、来るだけ来いよ。抜けてえときはいつでも抜けりゃあいい」
「そ、それなら……お言葉に甘えて」
「決まりだな。行こうぜ。ついでに、お前さんの『正しくない魔法』がどれだけデカい花火になるのか……俺に特等席で見させてくれよ」
イグニスが差し出した大きな手。
リナリアはその手を掴み、握り返した。
泥にまみれ、嘲笑われ、一度は絶望した世界。
そこから這い上がったリナリアの背中に、もう迷いはない。
ここから踏み出していく一歩が、やがて帝国の古い常識を根底から揺るがす。
巨大な旋風の始まりとなる。
不完全な少女と、型破りな傭兵。そして、退屈を嫌う聖獣。
ふたりと一匹の旅路は、ここから、猛烈な色彩を帯びて動き出していく。




