英断
意識を失ったリナリアのもとに、街の領主が駆けつけたのは夕暮れ頃だった。
それまで、イグニスと、イグニスの傭兵団は彼女の傍に居た。
もちろん、リナリアのためだけではない。
魔獣を追い払った褒美を得るためだ。
「諸君らの働きに感謝する」
「感謝の言葉より、欲しいもんがあるんだけどよ」
「無論、報奨金を与えよう。明日、屋敷に来るといい」
「ありがたい」
イグニスがニカリと笑い、仰々しく頭を垂れる。
領主は目を細めて、イグニスと、傭兵団たちの礼を受けた。
「ところで、この結界を張った者はどこか」
「ここにいるぜ」
イグニスは、隣で眠っているリナリアを指差した。
さすがに石畳の上で倒れたままにはしておけず、麻布を敷いて寝かせている。
「この若い娘が……?」
「そうだ。とんでもねえ魔法使いだろ? いや、魔導士さまか?」
「魔導士? 彼女が?」
「ああん? 今日、領主さまのところで雇ったんじゃねえのか?」
イグニスが訝し気に首を傾げる。
領主は首を横に振り、唇をかすかにゆがめた。
「いや、覚えはない。誰かが訪ねてきたとも聞いてはいない」
「……へぇ、そうかよ。そんなら今からでも雇ってやんな。こいつにとっちゃあ、それが一番の報酬だぜ」
イグニスがヘラリと笑う。
領主は、麻布の上で眠るリナリアを見下ろした。
泥にまみれた頬、乱れた髪。そして、隠しきれずに露わになった額の火傷痕。
「……雇え、と? この者をか」
領主の声は、やや冷ややかだった。
傍らに控えていた魔導士のひとりも、眉をひそめて口を開く。
「閣下。この結界……いえ、この歪な術をご覧ください。これは帝国の高潔なる魔法体系とは根底から異なります。不規則な波長、濁った魔力。これは異端の業です」
「異端だと?」
イグニスの目が、魔導士を鋭く睨む。
しかし魔導士は怯むことなく、言葉を繋げた。
「左様。たしかに街を救った事実は認めましょう。しかし、このような力を公認すれば、閣下の、ひいては帝国の威厳が損なわれます」
「……それは、そうやもしれん」
領主が顔をしかめる。
その反応を見て、魔導士が笑みを浮かべた。
「そもそも、これほど強力な術を野良の娘が使えるはずがない。そう思いませんか? ……禁忌の薬か、あるいは魔獣と契約でも結んだのでは? あらかじめ、この結果へ繋がるように仕組んだのかもしれません」
魔導士の言葉に、周囲の兵士たちがざわめいた。
無意識にリナリアから距離を取りはじめる。
感謝の念が、正体不明の力への「気味悪さ」に塗り替えられていく。
その空気感を察し、領主が小さく唸る。
彼としては、魔導士の言葉を鵜呑みになどせず、リナリアの実力を認めていた。
たとえ帝国の魔法体系とは異なっていても、彼女の魔法の力は絶大だ。
しかし領主である自分が認めても、魔導士たちが、民たちが、彼女を認めるだろうか?
「……彼女には報奨金だけ与えよう。目が覚めたら、明日取りに来るよう申し伝えよ」
「ご英断でございます」
魔導士が醜く笑う。
その笑みを見て、イグニスは吐き気を覚えた。
しかし口は挟めない。
余計なことを言えば、リナリアの立場を悪くさせることもあり得る。
そうした経緯があったことを、リナリアは翌日知った。
領主が去ったあと、イグニスが宿の手配までして、リナリアを休ませてくれたことも。
「そ、その、ご迷惑を、おかけして……」
リナリアは陳謝したが、イグニスは首を横に振る。
「俺のほうこそ悪かったな。俺が余計なことを言わなきゃあ、嫌な想いをせずに済んだろうによ」
「……多少の、違いがあっただけ、です。……どのみち、どこかで、ガッカリはしていたと……思います」
「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えてこれ以上は謝らねえ。お互いにな」
イグニスがヘラリと笑う。
この、人を食ったような笑みは、癖なのだろう。
彼の視線の裏に、違和感は、たぶんない。
もちろん、信用まではしないが。
「とりあえず……わ、私も、報奨金は、いただけるので……?」
「ああ、たんまりといただきに行こうぜ」
イグニスの手に誘われ、リナリアは宿を出る。
昨日の身体の重さは、もう、どこにもない。
むしろ、組み替えられたように身体が軽く、魔力も漲っていた。
『それはボクのおかげだよ?』
リナリアの考えを読み取るように、レヴァが言った。
いつの間にか、普通の犬のような姿で並走している。
しかしレヴェの声は、リナリアにしか聞こえないようだった。
傍を歩くイグニスは、「利口そうな犬だ」と首を傾げるのみ。
『聖獣が望んでいる場所なんだ。ご加護があっても良いと思うでしょ』
それはそうかもしれない。
どうして傍に居ようと望んだのかは、甚だ疑問だが。
「こいつあ、お前さんの犬っころかい?」
「い、いえ、違います……な、なんか、勝手に付いて……来るというか」
『酷くない?? 聖獣と知って、そんなこと言う人に初めて会ったんですけど??』
「……可哀そうなので、報奨金、貰ったら、餌くらいは……あげる、かも」
『それは良かった! 奉げ物は大事なことだよ!』
レヴァが満足そうに吠える。
おとぎ話に描かれるような聖獣の威厳は、そこにない。
ちょっと尊大な、ただの犬だと、リナリアは苦笑いした。




