世界の裏側
リナリアは、天涯孤独の娘だった。
そんな彼女を、魔法使いの老師が拾い、育てた。
リナリアの額には、大きな火傷痕があった。
そのために人々は、彼女を奇異なモノとして見て、さげすんだ。
優しい老師は、衆目からリナリアを守ってくれていたが、ひと月ほど前、息を引き取った。
リナリアは再び天涯孤独となり、衆目から逃れるひさしを失った。
火傷痕のせいで、リナリアはすっかり人見知りとなっていた。
しかし、甘える余裕などない。
生きるために、老師の死を乗り越え、自らの足で立ち、外へ出た。
人目に付かず生きたい。その想いを抑え込んで。
「そいつあ、大変だったな」
職を求めて街へ向かう、揺れる馬車の中。
同乗していた男が、目を細めた。
「あ、いや。お悔やみ申し上げます、か」
「……別にいいです、そういう、のは」
「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えて堅苦しいのはナシだ」
飄々とした態度を取る男が、にかりと笑う。
とはいえ、実際にはまだ、やっとの思いで強がる程度の余裕しかなかった。
師の温もりを思い出せば、今でも涙が出る。
けれど、いつまでも子供のように泣き、閉じこもってはいられない。
「まあ、街に行けばいくらでも仕事はあるだろうよ。お前さん、魔法使いなんだろ?」
「はい……一応は」
「それなりに自信があるなら、街の魔導士にでもなればいい。給金も良いって話だぜ」
そう言った男が、馬車の進む先を指差す。
広大な平原の只中に、大きな街が見えた。
大きな街には、必ずと言っていいほど、領主お抱えの「魔導士」がいる。
公に仕える魔導士となるための門は、存外狭くないらしい。
「実力があれば、身分も学歴も問わないっていうのは……本当なんですか?」
リナリアの問いに、男は訝し気な表情を浮かべる。
そして数瞬、彼の視線が、リナリアの前髪――その奥の火傷痕に向いた。
前髪で隠しきれない火傷痕は、やはり周囲から蔑みの目を集めてしまう。
もしくは、彼のように「不憫」と憐れむ目、か。
取って付けたような善意の色が、男の目に宿る。
「……まあ、建前はな。そういう『正しさ』を売りにしてんだ。お前さんにだって入る隙間くらいあるだろうよ」
「そう、ですか……」
善意の裏に潜む、同情。
わずかに息苦しさを覚え、リナリアは目を細める。
しかし男は気にせず、ヘラリと笑った。
「まあ、頑張れや。自分を安売りするんじゃねえぞ」
街に着き、去り際のその言葉。
「哀れみを売りにするなよ」と、警告しているように聞こえた。
しかし、そんな警告に悩む余地すらない厳しい現実が、リナリアを待っていた。
「なに? 領主さまの魔導士になりたいと?」
門衛の低い声が、リナリアの期待を削り取った。
彼の視線が、品定めするようにリナリアをなぞる。
やがて彼の目も、リナリアの火傷痕に止まった。
はっきりとした蔑みの色が、彼の目と、態度に現れる。
「ここはお前のような者が来る場所ではない」
「で、ですが……魔法は修得して、実力があれば、と……」
「ほう。どこで学んだ? 学院名は?」
「……院には、入っていません。師の下で」
「話にならんな。独学で、帝国の魔導士になれるとでも思っているのか?」
断ずるように、門衛が言葉を吐き捨てる。
しかし彼の言葉は、ただの建前。
わずかにもリナリアの額から目を逸らしていない。
まるで、人ではないものを見ているような目だった。
不意に背後から、囁くような笑い声がひびく。
振り返ると、身分の高そうな令嬢たちが扇子で口元を隠し、リナリアを指差して嘲笑っていた。
門衛と同じく、自分たちとは違う別の生き物を見るような、目。
同時に、リナリアと比較することで優越感を得ようとする、残酷。
誰も彼も、魔法使いとしてリナリアを見ていない。
ただ、リナリアの顔の火傷痕だけを見ている。
「身分も学歴も問わない」というのは、持てる者たちだけで共有する建前なのだと、突き付けている。
「さっさと立ち去れ。その顔でここにいれば、不審者として捕縛されても文句は言えんぞ」
門衛の冷たい言葉が、リナリアを我に返した。
リナリアは息苦しさに胸を抑えたまま、踵を返し、領主の屋敷を後にした。




