異世界モキュメンタリー 秘密の掟の調査記録
印刷技術が一般化して数十年。
フィーグル王国の王都だけでも10以上の新聞が刊行されている。
ここは王都のとある新聞社。
ずらりと並んだ机では、記者たちが忙しそうに原稿に鉛筆を走らせている。
私マリーもその中の一人。
女性記者はまだ珍しい。
だから女性への取材のときは重宝されたりする。
少し前に有力貴族の夫人に取材したときなど、打ち解けて詳細な話を聞くことができた。
それを元に書いた『貴族女性の優雅な暮らし』の記事はなかなか好評だった。
今担当している王都で流行りのパン屋の記事もいい感じに仕上がったと思う。
「チェックをお願いします」
私は上司の机まで行って原稿を手渡した。
チェックを待っている間、なんとなく三ヶ月前のことを思い出してしまった。
新聞記者の仕事に打ち込むあまりプライベートはおざなりになっていた。
そのせいで長年付き合っていた婚約者から婚約破棄されてしまったのだった。
「うん。いいね」
上司から問題なくOKが出て頬がゆるむのを感じた。
脱稿の瞬間の喜びは何物にも代え難い。
やっぱり仕事はやりがいがあって楽しい。
だから婚約破棄のことも29歳で独身であることもそれほど気に病んでいない。
「ところでマリー君」
上司が原稿を置いて視線を上げた。
「君はヴァレ村を知っているかな?」
「知っています」
ヴァレ村はフィーグル王国の東の端に位置する村だ。
「では村固有の掟があるという噂のことも?」
「ええ。有名ですから」
ヴァレ村には村固有の恐ろしい掟が定められているとまことしやかにささやかれている。
だが人里離れた深い森に奥にある村で訪れるのは困難だ。
しかも排外的でありよそ者を村に入れることを拒む。
それゆえにヴァレ村の恐ろしい掟というのが何なのか詳しいことは分かっていない。
「実はね。ヴァレ村に取材させて欲しいと手紙を送ったところ、取材を受けてもいいと返事が届いたのだよ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ」
ちょっと驚いた。
取材を拒否されたという話を、同業の知人たちから何回か聞いていたからだ。
「ただし、ある条件を提示されていてね」
「条件? それはどのような?」
「君に一人でヴァレ村に来て欲しいそうなのだよ」
「私が一人で、ですか?」
「うむ」
上司がゆっくりとうなずいた。
聞くところによると、ヴィレ村に送った取材許可を求める手紙には訪問する記者の候補の情報を添えていたらしい。
その数名の記者の中から私に白羽の矢が立ったそうだ。
「今のヴァレ村の村長は女性だそうだ。だから君を指名したのかもしれないな」
「なるほど」
「ただし、ヴァレ村は遠い上に近年は村の中にまで入った外部の者はいないそうだ。もしかすると危険が伴うかもしれないのだが……。引き受けてくれるかな?」
「やらせてください」
私はドンと胸を叩いた。
上手くいけば特ダネ記事が書けるかもしれない。
記者の腕が鳴る。
◇
上司からの打診から一週間後──。
私は馬は借りて王都を出発した。
乗っている馬は草原の街道を軽快に走っている。
旅装のマントが向かい風に靡いているが天気はいい。
私は馬の上でヴィレ村のことを考えた。
取材の目的である恐ろしい村の掟というのは本当にあるのだろうか。
考えても分からない。
だからこうやって取材に行くのだ。
だが疑問はそれだけではない。
排外的なヴィレ村から急に取材許可が下りたことに何か理由があるのだろうか。
どうも私が女性記者だからという理由だけではないらしかった。
女性記者が取材を断られていたということがこの一週間で分かったからだ。
しかもその女性は幸せな家庭を築いている既婚者で、話していて和むとっても気さくな人だった。
ひょっとすると私よりも適任だったかもしれない。
なのに取材を断られている
ヴィレ村については分からないことだらけだ。
何か胸騒ぎがする。
かといって今から気を揉んでいても仕方がない。
フィーグル王国の東の端のヴィレ村には馬でも5日かかる。
私は沸き上がる不安を抑えるように青い空を見上げた。
◇
都市や街道の宿に泊まりながら東へと進み続けた。
天気にも恵まれて旅路は順調だった。
そして王都を旅立って5日目。
日の高いうちにヴィレ村の一番近くにある町にまでやってきた。
この町でも聞き込み調査をしておきたい。
私は馬から降りて町の人たちにヴィレ村のことをたずねてみた。
聞くところによるとこの町では衣服や食料などを定期的にヴィレ村に売りに行っているらしい。
村の中には入れてもらえず、行けるのは入口までだそうだ。
ヴィレ村が排外的な村というのは本当らしい。
ただ、その理由には心当たりがあるのだという。
この町ではヴィレ村に行くたびに貴重な薬草を買い付けてくるそうだ。
それは売っている生活用品の料金よりずっと高価で、ヴィレ村は相当に潤っているそうだ。
どうやらヴィレ村付近の森のどこかでその薬草が取れるらしい。
排外的なのもヴィレ村の資源である薬草の場所を秘密にするためではないか、と町の人は言っていた。
それで確かに理屈は通るのだが、だとするとなぜ今になって取材許可が下りたのかが分からない。
それに私を指名してきた理由もだ。
私は首を傾げながら町を後にした。
森に入った。
街の人が荷馬車で生活用品を売りに行っているだけあって道は進みやすい。
それでも薄暗くどこか不穏な心境になる。
早くヴィレ村に着いて欲しいという気持ちと、村に着くのが怖いという相反する気持ちが私の中でないまぜになっていた。
それでも数時間馬を走らせていると森が開かれた場所に出た。
道の先にはやや高めの柵に囲まれた村が見えている。
ヴィレ村に違いない。
私は村の入口まで進んだ。
「おや?」
入口の外のベンチに座っていた老婆が眼鏡を押さえて私を見た。
膝の上には本があり読書中だったらしい。
私は馬を降りた。
「見かけない顔だね。町の商人ではなさそうだ」
「あ、はい。私は新聞記者のマリーと申します。このたび、ヴィレ村を取材させていただくことになりまして」
「ああ。王都の記者さんね。話は聞いているよ。どっこいしょと」
老婆は立ち上がると本を脇に抱えてた。
そして私に顎をしゃくって歩き出した。
付いてこいということだろう。
私は馬を曳いて柵のない入口から村の中に足を踏み入れた。
排外的なことで有名なヴィレ村。
ついにそこに入ることができた。
緊張で鼓動が早くなっている。
だが見たかぎりなんということもない村だ。
家屋は50ほどか。
何人か村人がいて遠巻きにこちらを見ている。
チェニック姿の老人たち。
やはり特に変わったところはない。
強いて言えばこの老婆も含めて身なりが綺麗な気がする。
村が薬草で潤っているというのは本当のようだ。
やがて小高い丘の上にある屋敷の前にやってきた。
他の家より明かに大きい。
「ここが村長の屋敷だよ」
老婆はそう言うと入り口のドアをノックした。
少しすると執事とメイドらしき二人が出てきた。
二人とも60歳くらいか。
老婆が二人に小声で話している。
「マリー様でございますね」
老紳士といった雰囲気の執事が片手を胸にやってうやうやしく礼をする。
「お待ち申し上げておりました」
続けて老齢のメイド女性が深々と礼をした。
「あ、どうも」
恐縮しながら私も礼を返す。
「じゃあ私は帰らせてもらうよ」
老婆が私の前を通り過ぎた。
「あの、ありがとうございました」
そう言うと老婆は背を向けたまま本を持っていない方の手を上げて遠ざかって行った。
「その馬は馬小屋に繋いでおきましょう」
差し出された執事の手に手綱を渡した。
「中へどうぞ」
メイドの案内で屋敷の中に入り客間に通された。
客間では赤いドレス姿の女性が待っていた。
年齢は50歳前後か。
「グラシアと申します。ヴィレ村の村長を務めておりますわ」
そう言うとグラシアはドレスの裾を手に持ってカーテシーをした。
品格を感じさせる優雅な仕草だ。
「……あっ。申し遅れました。記者のマリーと申します。この度は取材を許可していただきありがとうございます」
思わず見とれてしまっていた私は慌てて挨拶を返した。
「ふふ。マリー様ははるばる王都からお越し下さってお疲れかしら? お茶の用意を」
グラシアがクスリと笑いながらメイドに指示を出した。
◇
10数分後、私はソファに腰掛けて紅茶を飲んでいた。
温かい紅茶が緊張をほぐしてくれた気がする。
ローテーブルを挟んだ向かいではグラシアが悠然とカップを口に運んでいる。
「マリー様。落ち着かれまして?」
「はい。おかげさまで」
グラシアは満足そうにうなずくとカップを皿に戻した。
「それで、この村のどんなことを調査なさりたいのかしら?」
いよいよ取材の開始だ。
私もカップを置いて姿勢を正した。
「あの、この村には独特の掟があるという噂がありまして。実はそのことをおたずねしたいのですが」
「掟ですって? そう言われましてもねぇ」
グラシアが少し首を傾げた後で何かを思い出したように手を打った。
「そうだわ。このあたりの森では貴重な薬草が取れることはご存じ?」
「はい。近くの町が購入していることを聞きました」
「そう。ヴィレ村の貴重な収入源ですの。だから薬草の生えている詳しい場所は村だけの秘密。よその方には教えてはいけないという決まりがありますわ」
無理もない。
漁場や狩場などを村だけの秘密にするのは珍しくない話だ。
「それがこの村独特の掟といえば掟かしら。ですのでマリー様にも薬草のことはお教えできませんわ」
「あ、はい。無理に詮索するつもりはありません」
だがヴィレ村が排外的な理由はそれだけなのだろうか。
「良かったら村を見て回って頂いても構いませんわ」
「よろしいのですか?」
「はい」
願ってもない話だ。
だが少し懸念があった。帰りの時刻だ。
「今から森を抜けようとしてもその前に日が暮れてしまうでしょう。夜の森は視界が悪い上に獣が出るのでとても危険ですわ。どうか今夜はこの屋敷に泊まっていってください」
◇
私は屋敷を出ると夕暮れに染まったヴィレ村を歩いて回った。
しばらくすると村人の老夫婦に呼び止められた。
あれこれ聞かれたが、それは王都の様子を知りたいという田舎に行ったときの定番の質問だった。
掟のことをたずねても薬草のことは詳しくは教えられない。
手掛かりを探られるのも困るから普通は外の人間は村の中には入れないようにしているのだと言われた。
次に話を聞いたお年寄り男性からも、その次の老婦人たちの集団たちとも似たような質疑応答になった。
ヴィレ村固有の恐ろしい掟など本当にただの噂だったのだろうか。
私はそう考え始めていた。
「ちょっとあんた」
後ろからの声に振り返ると、先程村長の屋敷まで案内してくれた老婆がいた。
「こんな村に長い間いちゃいけないよ。あんたみたいな若い人がさ」
それだけを言うと老婆は背を向けて歩き出した。
「あの──」
「マリー様」
老婆を呼び止めようとした瞬間に名前を呼ばれた。
「夕餉の用意ができました。屋敷にお戻りください」
あの老齢のメイドが無表情で言った。
◇
屋敷での夕食が始まった。
私はテーブルを挟んグラシアと向かい合っている。
少し離れた場所にメイドと執事が立ち、何か指示があればすぐにでも動けるように待機しているようだ。
「マリー様のお口に合うかしら?」
「美味しいです」
過度に豪華ではないものの、歓迎してくれていることを感じさせるような料理がテーブルを並べられている。
「お調べになっていた掟について何か分かりまして?」
「いえ。これといって」
「でしょうね。そんな掟なんてありませんもの」
本当にそうなのだろか。
「それよりも村では色々と王都のことを聞かれたのではありませんこと?」
「おっしゃる通りです」
「ふふ。刺激のない田舎の村ですもの。実はわたくしも王都の話を聞きたくて仕方がありませんの」
希望通り王都の話題や流行について話した。
興味深そうに耳を傾けるグラシア。
そうやって話しているうちに食事の時間も終わった。
「おやすみなさい。マリー様。寝室への案内は頼みましたよ」
グラシアと別れると、あの老齢のメイドに続いて廊下を進んだ。
メイドは手にランプを持っている。
外はすっかり暗くなっており窓から星が見えている。
ふと違和感を覚えた。
屋敷で見たのはグラシアと、それ以外ではメイドと執事だけだ。
「ここでお休みになって下さい」
ある部屋の前に着くと、メイドがドアを開けた。
「ありがとうございます。ところで、あの──」
「何か?」
「グラシア村長のご家族は?」
彼女の夫や子供を見た覚えは無い。
「おられません」
「そうなのですか? それは何か理由が──」
「余計な詮索は無用です。失礼致します」
メイドが踵を返して立ち去って行く。
だが不意に足を止めて振り返った。
「くれぐれも、屋敷の中を不用意に歩き回ったりなさいませんように」
「あ、はい」
メイドは私が部屋に入るのを見届けようとしている。
そう察した私は中に入ってドアを閉めて耳を近づける。
しばらくすると遠ざかっていく足音を聞こえた。
私は胸を撫で下ろし、ベッドに行って腰を下ろすと思考を巡らせ始めた。
この屋敷には、おそらく何かがある。
あのメイドの警告がそれを物語っている。
そしてやはりヴィレ村にも何か秘密があると考えたほうが良さそうだ。
『こんな村に長い間いちゃいけないよ。あんたみたいな若い人がさ』
老婆の言葉が耳に蘇ってきて私はハッとした。
若い人……。
この村で若い人間を見た覚えがない。
老人ばかりだ。
子供も中年もまるで見ていない。
50歳前後のグラシアが一番若いくらいだ。
そのグラシアには家族もいないらしい。
『くれぐれも、屋敷の中を不用意に歩き回ったりなさいませんように』
メイドの警告が頭のなかで反芻している。
だが不気味さへの不安でとても眠れそうもない。
私は立ち上がると入口のドアを開けて廊下の様子を伺った。
人がいる気配はない。
ランプを手に廊下へと出ると足音を殺して歩いた。
実はここに来るまでに通り過ぎたとき少し気になる部屋があった。
おそらく書斎と思しき部屋のドア。
資料のようなものがあるとすればおそらくその部屋だろう。
私はその部屋の前に行くと深呼吸をした。
わずかに音がする程度にノックしてみる。
中から反応はなく、無人であることは確認できた。
意を決してドアの中に入ってすぐに閉める。
なるべく静かに閉めたはずなのに、ドアの音がやけに大きく感じた。
それは自分の緊張と後ろめたさのせいだろう。
だけどもう調べずにはいられなくなっている。
目星をつけた通りこの部屋は書斎で、しかも机の上に古びた本が置かれていたからだ。
その本は異様な存在感を放っている。
私は吸い寄せられるようにその本に近づいた。
机にランプを置いてページをめくってみる。
すると中には手書きの文字がびっしりと書き込まれていた。
本ではなく日記のようだ。
日付の記載がある。
読んでみると日記の主はグラシアの父だと分かった。
娘のグラシアという記述がいくつかある。
それに以外にも、以前はグラシアの父がヴィレ村の村長だったこと、母親はずっと前に亡くなっていることなどが分かった。
さらに読み進めて行くと気になる記述を見つけた。
~~~~~~~~~~~~
グラシアの婚約が決まった。
相手は有力貴族の令息。
身分、容姿も申し分なくグラシアも喜んでいる。
きっと幸せな夫婦となることだろう
~~~~~~~~~~~~
約30年前のことでグラシアが20歳ぐらいときのことらしい。
今は独り身らしきグラシアにもかつては婚約者がいたようだ。
~~~~~~~~~~~~
グラシアは婚約のことを村人に自慢している。
あなたたち庶民としか結婚できない人たちと私はちがいますのよなどと言って回っている。
一生に一度のことだからはしゃぐのも仕方がないかもしれない。
~~~~~~~~~~~~
グラシアは相手が高貴な身分であることを鼻にかけるようなところがあったらしい。
確かにそれは褒められたことではないだろうが、昔のことだ。
記述は続いている。
~~~~~~~~~~~~
なんということだ。
先方から都合により婚約は破棄させて欲しいと知らせが入った。
~~~~~~~~~~~~
婚約破棄?
私と同じような経験をグラシアもしていたのか。
~~~~~~~~~~~~
しばらく婚約破棄のことは隠していたが、意を決して今日グラシアに伝えた。
思っていた通り、グラシアの落胆ぶりはすさまじかった。
~~~~~~~~~~~~
私は結婚よりも仕事のほうが大事だった。
だからそれほど落ち込まなかったが、結婚を楽しみにしていた若いグラシアにとって婚約破棄のショックは相当に大きかっただろう。
~~~~~~~~~~~~
今日、村人同士の結婚式があった。
それを知ったグラシアは一層落ち込んでしまった。
何か私にできることはないだろうか。
~~~~~~~~~~~~
グラシアの自分が取り残されていくような不安。
そして親の子に対する想い。
読んでいるうちに切ない気持ちが込み上げてきた。
~~~~~~~~~~~~
誰が何と言おうと私はグラシアが可愛い。
あの子の苦しみを少しでも和らげることができるならなんでもやる。
だから、村長権限でヴィレ村に掟を定めることにした。
~~~~~~~~~~~~
掟という文字に私の目は釘付けになった。
一体どんな掟なのか?
~~~~~~~~~~~~
■■■■■■■の掟を今日発行した。
~~~~~~~~~~~~
だが肝心の掟の部分は文字が掠れていて読めなかった。
仕方なく私は続きを読んだ。
~~~~~~~~~~~~
予想通り掟に抗議してきた村人が何人もいた。
だが少し脅しただけで村人は引き下がった。
当然だ。
薬草の群生地のことは私と直近の部下数名しか知らない。
その収入を還元してやらなかったらこの村で暮らしていくことはままならないからだ。
~~~~~~~~~~~~
薬の利権を盾に、村人を脅して無理やり掟を制定したというのか。
グラシアの父は問題のある人物だったようだ。
~~~~~~~~~~~~
掟のせいで嘆き悲しむ村人がいた。
そのことを伝えるとグラシアは手を叩いて喜んだ。
良かった。掟を定めた甲斐があった。
~~~~~~~~~~~~
掟の内容は分からないままだ。
だが掟のせいで嘆き悲しむ村人がいたのだという。
それを喜ぶグラシアと村長である父。
私は胸が悪くなるのを感じながらページを捲った。
すると、これまでと筆跡が変わっていた。
~~~~~~~~~~~~
父様の遺品を整理してたらこの日記を見つけたわ。
急な病で亡くなる直前まで書いていたみたい。
だいぶページが余っているわね。
ここからはあなたの娘グラシアが使わせて頂きます。
~~~~~~~~~~~~
どうやら前のページを書いて間もなくグラシアの父は病で亡くなったらしい。
そして今読んでいる部分はグラシアが書いたので筆跡が変わったのか。
日付を見るとグラシアがこの日記をつけ始めたのはそんなに昔のことではない。
数か月前からだ。
~~~~~~~~~~~~
あの頃のことが懐かしいわね。
亡くなった父様から村長の座を私が引き継いでも掟は継続したわ。
最初は喪に服するためにしばらくの間だけ掟を継続すると村人たちには言ったのよね。
でも取り消すつもりなんてさらさらなかった。
その掟で苦しむ村人の不幸は密の味だから。
~~~~~~~~~~~~
グラシアは父から村長の座を引き継いだようだ。
そして継続した掟のせいで村人が苦しむことを喜んでいたのか。
今日会った印象とはまるで違っている。
~~~~~~~~~~~~
だけどその掟は恐ろしい掟だった。
村ではだんだんと子供が生まれなくなった。
そして若い村人たちは、薬草の利益による楽な暮らしを蹴ってでも村から逃げて行ったのだから。
~~~~~~~~~~~~
子供が生まれなくなった?
若い村人たちが逃げ出した?
ヴィレ村には年寄りしかいなかったのは、掟のせいだったというのか。
~~~~~~~~~~~~
このままでは村は滅んでしまうわ。
かといって今更掟を変えるのは間違いを認めるようなもの。
それはできない。
どうしたらいいのかしら。
~~~~~~~~~~~~
グラシアが掟のことで苦悩している。
そんな記述が何回も続いた。
だが、肝心な掟の内容は書かれていなかった。
~~~~~~~~~~~~
今日、王都の新聞社から取材の申し込みの手紙が届いたわ。
当然これまで同様に拒否するつもりだったのだけど気が変わったわ。
なぜなら、マリーという女性記者のことが書かれていたから。
~~~~~~~~~~~~
自分の名前が書かれているのを見つけて、私はドキリとした。
~~~~~~~~~~~~
彼女と話してみたいわ。
なぜなら、彼女も婚約を破棄されてしまったそうだから。
だから承諾の返事を出すことにしましょう。
~~~~~~~~~~~~
上司にはプライベートのことも話してはいたが、まさかそのことまで手紙で送っていたのか。
正直心外だが、それが取材許可が下りる決め手になったようだ。
~~~~~~~~~~~~
これまで同様、掟のことは話さないよう村人に念を押させたわ。
ただし最年長の老婆が余計なことを話さないかだけ少し心配。
あの人は昔から私ばかりか父のことまで子供扱いしていたから。
でもいよいよとなれば。
あの高齢だもの。
いつ亡くなってもおかしくないのだから。
~~~~~~~~~~~~
ゾクリとした。
口封じのためなら、あの老婆を殺すこともグラシアは厭わないというのか。
~~~~~~~~~~~~
私との婚約破棄したあの貴族令息を見返せるぐらい誇れる相手でなければ気が済まない。
そんな素敵な殿方が私を見初めてくれる相手さえ見つかれば掟は取り下げるつもりだった。
待っている間に先を越されるのは我慢できないから。
まだかしら。
まだかしら。
そうやって待ち続けて、いつの間にか何十年という時間が経ってしまったわ。
~~~~~~~~~~~~
筆跡からは狂気が滲み出しているかのようだった。
私は膝が震えるのを感じた。
~~~~~~~~~~~~
でもこのマリーという新聞記者の女性ならきっと分かってくれるわよね。
父が掟を定めてくれたとき、手を叩いて喜んだことを。
そして村長になってからずっと掟を継続していたことを。
~~~~~~~~~~~~
私は膝同様に震える手でページを捲った。
そこに書かれていたのは────。
~~~~~~~~~~~~
ヴィレ村の結婚禁止の掟は、間違っていなかったはずだわ。
~~~~~~~~~~~~
「……結婚禁止。それがこの村の恐ろしい掟の正体」
私は思わず呟いていた。
そんな掟を定めれば村は衰退するに決まっている。
馬鹿げた掟だ。
その掟をグラシアは改めることはしなかった。
明らかに間違っている。
村長としても。
人としても。
たとえ婚約を破棄されたのが辛かったとしても、自分が結婚から取り残されることが惨めだったとしても、村人たちを掟で縛って結婚できないようにするなど────。
「そんな気持ちなんて、分かるはずないじゃない」
再び気持ちを声にして吐き出した。
到底グラシアに共感などできない。
「あら。残念ですわ」
「ひぃっ!」
後ろからの声に私は思わず悲鳴を上げた。
振り返ると、信じられないことにすぐ近くにグラシアがいた。
「その日記に随分と見入っていらしたのね。わたくしが部屋に入っても、すぐそばまで近づいても、全くお気付きにならないんですもの」
本当にまるで気付かなかった。
「あ、あの、その」
「本当に残念。マリー様となら分かり合えると思っていたのに」
グラシアは微笑んでいる。
だがその微笑の奥に怖いものが潜んでいた。
私は後ずさろうとしたが、すぐに机に遮られてしまった。
「うふふ。人の心の痛みが分からない方のくせに、少し知りすぎたようですわね」
グラシアはそう言うとドレスの後ろ側にそっと右手をやって何かを取り出した。
取り出したものが私に向けられている。
ナイフの切っ先が、ランプの明りで鈍く光った。
最後まで読んで下さってありがとうございます!
モキュメンタリーが流行っているので異世界でやってみました。
ご都合主義なところも多々ありますが、不穏な雰囲気を優先してます( ̄▽ ̄;)
少しでも楽しんで頂けましたら下の☆☆☆☆☆で評価して頂けると幸いです。
ブクマ、感想、リアクションなども励みになります。
なにとぞよしなに。




