もう一つの手紙 ~花火のあとに残ったもの~
Rの手紙のパラレルエピソードです。
同じ時間だから同じ文章も多いです。
◆2024年8月。
俺(桐谷)が、29歳になった夏。
田舎に帰る。約束を守るために。
だけど――帰省って、こんなに怖かったっけ。
景色は同じなのに、俺だけが何度も同じ夏を踏み直してる気がした。
※※※※※※※※※※
◆2016年、愛媛。
私(R)と桐谷は、大学の野球部で知り合った。選手と、マネージャー。
シャイな桐谷に惹かれて、3年のときに付き合った。
4年になった桐谷は、リーダー肌で元気者のキャプテンだった。
桐谷の兄貴は、甲子園に出たらしい。
「いつも、兄貴には勝てなかったよ」
自嘲気味に笑う桐谷。二人のときだけに見せる弱音が、かわいかった。
キャプテンになると、これまでにもまして声を出し、チームを引っ張るようになる。
私は知ってる。
桐谷の、本当は負けず嫌いなところも。
コミュ障のくせに、笑顔でそれをごまかしていることも。弱小チームだから成立してたけど、本当は野球が下手なところも。
付き合うきっかけになったのは、同じゲームをしていたからだ。
「桐谷。みんなには見せないけど、ガチオタだね」
と言う私に、
「本当は、ゲームが一番好きなんだよね」
子供みたいに笑う。
かわいかった。
―――
◆2016年 夏(大学4年)
夏の大会が終わって、桐谷は泣いていた。
試合が無惨だったことより、これまで自分を縛っていたものから解放されるのが、どこか寂しかったんだろう。
私はそう思った。
帰り道。
「かっこ悪かったな」
っていう桐谷に、何を言えばいいんだろう。
兄を追いかけ続けて、本当は好きでもない野球に、仲間と捧げた現役時代が終わる。
――彼は何を得て、何を失ったのか――
子供の頃から人生の大半をそれに費やして、最後の試合を呆気なく終えた彼の背中が、いとおしくて可愛かった。
その気持ちを思うと、苦しくなる。
でも不思議と、共感の涙は出なかった。
「これから、ゲームいっぱいできるね」
センスのかけらもない慰め。
取り繕うように、
「コミュ障なのに、よくやったよ。キャプテン」
「ありがとう。マネージャー」
純粋なところが、ピュアで可愛かった。
―――
◆2016年 秋
彼はゲーム業界を目指して、東京のゲーム会社に就活している。
本命だったレジェンドソフトの内定が決まったようだ。
私はあっさり、地元の銀行に内定が決まった。
マネージャーを卒業して体力が落ちた気がする。しょうがない。
―――
◆2017年 春
空港に、彼を見送りにいく。
田舎にいると、見送る側にばかりなる。高校の時も、友人のときも。最近も。
ただ、彼は特別だと期待した。
「行ってきます。時々会おうね」
桐谷の大きな声が、いつも人気のない空港に響いた。
ゲートに入り、消えていく。
やっぱり、いつもと一緒だ。
見送るときは、いつもあっという間。
積み上げた時間に関係なく、あっけない。
ちょっとクラクラした。
―――
◆2017年 それから
本当に体調が悪い。
就職後の生活の変化かな。
でも、母に言われ、病院に行くことにした。
―――
◆6月後半(病院)
検査をした。
でも、毎日電話してくれる桐谷が心の救いだ。
悔しいけど、愛してる。どこまでも愛してる。
再検査の必要があるらしい。
―――
◆再検査後
検査の結果が出たと連絡があった。
家族と立ち会いが必要だそうだ。
―――
◆告知
「少し、言いにくい結果なんですが……」
お医者さんのその人事みたいな言い方で、だいたいわかる。
でも意外に、自分は怖くない。
性格なのか、それとも何となく気づいていたのかわからないけど。
「急性リンパ性白血病の疑いが高いです。根治は難しい……」
そうなんだ。
あっけないな、私。
母が取り乱している。
「娘は、あとどれくらい……どれくらい……」
「延命の方針によりますが、半年ほどです」
母は泣き崩れている。
私は桐谷のことを思っていた。
「どうしても、お盆休みまでは治療はできません。
決まっているなら、せめて自分のしたいことをしてからでお願いします」
淡々と、話している。
昨日、桐谷から連絡が来ていた。
「夏休みには絶対帰る――」
―――
◆2017年 花火
夏休み、桐谷は帰省した。
三日だけの特別な時間を、私と過ごしてくれた。
最終日、花火を見に行った。
大きな花火が輝いては消える。
私は花火が苦手だ。キレイだけど、切ない。
一瞬の刹那の輝きの後の、何もない夜空。
特に今年の花火は、そうだった。
私は、切なさを桐谷に預ける。
このまま溶けて、何もかもがなくなって、混ざり合いたい。
体じゃなく、心をあげたい。
バカ真面目な桐谷を、守り続けてあげたい。
開いては散りゆく花火が映る桐谷の横顔を、ずっと見ていただけの時間――だったような気がする。
そして思う。
この瞬間を、きっと思い出してしまうだろう。
たぶん、ずっと覚えてるんだろう。
頭の中に、フジファブリックの「若者のすべて」が流れて、リフレインしていた。
桐谷の体温を感じながら、私は、連休明けの予定を確認していた。
その夜のうちに、私は手紙を書いた。
彼が傷つく言葉も、私が逃げる言葉も、全部、丁寧に。終わらせるために。
―――
◆空港
次の日、桐谷を空港に見送った。
手荷物検査のゲートの手前で、私は封筒を渡した。
「飛行機で読んで」
それだけ言って、笑った。
やっぱり見送るときは、いつもあっという間だ。
―――
◆空港を去るとき
私は空港を出た。振り向かない。
桐谷は変わらない。
アイツは、いつものように誰かに元気に挨拶する。
そして、素直に相手を褒めるんだろう。
私は、アイツとのLINEを消した。
覚悟を決めたんだ。
言わないと決めたんだ。
―――
◆入院
自分の運命は決まっている。
それが長くなるか短くなるか。
でも、せめて家族のために。
私はそう思っていた。
治療の方針は、夏休み前に決めていた。
―――
◆その後
みすぼらしい。
髪も抜けて、もう死人のようだ。
お母さんにわがままを言って、便せんとペンを用意してもらった。
理由を聞かれたから、答えた。
「桐谷に手紙を書くんだ。
今渡すわけじゃないよ。
桐谷が成功したら、きっと会いに来るから、お母さん、預かって。
無駄になるかもしれないけど、でもアイツはきっと来ると思う。
ぜーったい、私がいなくなったことは友達にも言わないでね」
書き上げた手紙を、お母さんに渡した。
―――
◆最期
息が、弱くなる。
こんな感じなんだ。
お母さん、ごめんなさい。
わがままな娘で。
桐谷、応援してるね―――
みんな
ありがと。
※※※※※※※※※※
◆29歳の別れ
2024年8月。
俺(桐谷)が、29歳になった夏。
俺が制作したゲームが発売され、ヒットした。
あの時にもらった手紙は捨てられていない。
初めは感情が高ぶった。
でも、力に変えたかった。
がむしゃらに仕事した。
白木にもいっぱい手伝ってもらった。
俺は天才じゃない。
でも、一つやり遂げて、スタートラインに立てたと自信がある。
夏休み、愛媛に戻る。
Rに約束を守ったことを伝えたかった。
たぶん未練じゃない。
ただ、感謝だと思っている。
Rの実家に電話した。
「ぜひ来てください」と言うことだった。
◆機内
シートベルト着用のサインが消えたころ、
俺は、ずっと捨てられずにいた封筒を開いた。
一度は最後まで読んだ。
どうしても捨てられなかった。
でも、読み返そうとしても
息が詰まって、途中で閉じてしまう。
――あのときと同じだ。
飛行機のなか。
今度こそ、
勇気を出して便箋を開く。
文字は、あの頃のままだった。
丁寧で、少し不器用で、
読んでいるだけで、声が浮かぶ。
――途中まで読んで、
俺は、そこで手を止めた。
「いつか君が、本当の名作を作り上げたとき。
もし私に会いに来たら。
そのときは、私は逃げない。」
胸の奥が、静かに痛んだ。
やっぱり、それ以上、
続きを読むことができなかった。
窓の外には、雲の海が広がっていた。
飛行機は、何事もなかったように前へ進んでいる。
俺だけが、置いていかれたみたいだった。
―――
◆R実家にて
Rのお母さんから、Rの死を伝えられた。
別れの後、すぐだったらしい。
そして、手紙を渡された。
Rが病床で書いた手紙らしい。
―――
◆もう一つの手紙
「桐谷へ
会いに来てくれてありがとう。
突然のお別れごめんね。
これを読むときは、
私はこの世からもう消えているけど、
桐谷との楽しい思い出は、
最後までちゃんと焼き付けているから。
成功、おめでとう。
あなたの作ったゲーム、
遊びたかったな。
自分の決断に後悔はない。
でも、遊べなかったのは“未練”だな。
こうなることが分かっていて、
ずっと隠していてごめんね。
一方的で、ごめんね。
でもね、
私なりにあなたを愛してる。
生まれ変わっても、
きっと愛してる。
幸せになって。
かわいいお嫁さんを見つけて。
それでも、
ほんの少しでいいから、
ときどき私のことを思い出してね。
あなたの活躍、
ずっと見守っています。
R」
文字が滲んで、行を見失った――
そして、俺は思い出していた。
あの夜の花火。
夜空に開いて、
消えていく光。
でも、
あの花火より。
Rの横顔のほうが、
ずっと、
綺麗だった。
とても、
いとおしかった。
そして誓う。
かけがえのない時を――
あの瞬間を、俺は忘れない。
これからも、ずっと。
いつまでも、覚えている。
※※※※※※※※※※
あの日から
花火が苦手になった。
俺の中で、Rだけが終わってない――
短編集はこれでおしまい。
一週間くらいで完了報告載せます。
作法の間違えあればご指摘下さい。
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