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白木凪の場合②~声と檸檬(レモン)~

別連載のスピンオフエピソードです。

主役は毎回変わります。


今回は白木凪の場合。

声がでなくなった


◆2021年9月


ある病院の一室に私―白木 凪ーはいた。


「声帯には異常はありません。心が疲れているんですよ。ゆっくり休みましょう。」


お医者さんが言う。


部屋に帰りベッドに寝転がり、天井をみつめる。ショックなのに、涙は不思議とでない。


原因を考えてしまう――


それは得体の知れない塊。

でも、多分そのきっかけの出来事はおそらく二つ。それが私の“これまで”と重なったんだろ。


こうなっても、分析してしまう自分に無表情で苦笑する。


※※※※※※※※※※


一つは、おそらく二年ほどたつコロナウイルスだ。


見えないそれは、私たちが普段、見ようともしない“不安″を日々、数値化する。

私のいるゲーム会社は比較的早くリモートワークに対応できた。


でも、負けず嫌いの私の性分に悪い。

みんな気がつかないうちに、先を越されるんじゃないのか。


コロナの不安は数字として日々更新されるが、ライバル達に対する不安は見えなくなる。

入社4年目。スタッフロールの上の方も増えてきた。


責任は自分を奮い立たせ、比例してプレッシャーや焦燥感も増えてきた。

もっと上にいなければここにいる意味がない。


――常に思ってた。


※※※※※※※※※※


二つ目は4月の黒瀬部長の異動。


レジェンドソフトの総決算として資料管理室という部署を立ち上げた。

1980年代から一線で戦い続けた彼の新しい挑戦らしい。でも私には逃げだと思えた。


きっと、この戦いから逃げたんだ。


彼は室長といえば聞こえはいいが一人地下の倉庫に逃げ込んだ。

彼への憧れからの失望。最前線で戦う私には“逃げた”という言葉が腑に落ちた。


※※※※※※※※※※


――それらはちょっといけなかった――


私が普段気にも止めなかったすべての潜在的な要素、


ちっぽけな自尊心

世界に対する嫌悪感

競争にたいする焦燥感


を思い出すには充分な出来事だった。


※※※※※※※※※※


以前、私はゲームが好きだった。

RPGを愛していた。

敵を倒し、経験値をあげ報酬を得る設計。

計画的に成長を数字で見ることのできるステータス。


自分の成長へのエゴイズムなのにそのプロセスは世界を救うことにつながる。


その世界は調和し美しいものだった。


でも今はそれすらさえ愛せなくなった。

私の心を喜ばせるものでなくなった。


※※※※※※※※※※


会社は私に休みをくれた。

その間私はほとんど思考をしない日々を人生で初めて経験した。


私の部屋のシンプルな配置。

天井だけを見つめる日々。

そして、時々妄想を楽しむ。


遠くへ一人でいってみたい。

シンプルな和室の旅館。

清潔な掃除が行き届いた部屋。

正常な布団。

そして、窓から山やその下に流れる渓流の音を楽しみ何ヶ月もすごしたい。

そういう感覚を覚えるが、体を動かすのも億劫だ。


そして天井を見つめる姿勢を横にする。

シンプルな部屋にそこだけ異常な資料の本棚。

その中身はどうでもいい。

しかし、ゲーム資料の本の毒々しい奇っ怪な背表紙。その中身には今はふれたくもない。


でもランダムに並ぶその色彩が奇妙だけどおかしくも、きれいに見えた。


※※※※※※※※※※


その時、スマホのメールが届く。

そういえば休職中、鳴ることもなかった。

あのころは、昼夜かまわず届いた通知。着信。

しかし、休職を境にそれは止まる。

当たり前だけど、おかしくもあった。

結局だれでもいいということだ。

自己への嘲笑が、少し不安を和らげそのメールを見てやろうと思う。


それは、スパムメールだろうか?

あるいは、どうでもいい同級生の結婚のお知らせなのか?

そんな興味が湧いてきたのだ。


しかし、メールの主は黒瀬部長だった。


『休職中すまない。君の状態はある程度理解しているつもりだ。

ただ、少し状態が良くなった頃合いに資料管理室を覗いてみないか?

タイミングは任せる。

資料管理室で待っている。


黒瀬』


私は、奇妙な好奇心が湧いてきた。

不安がちょうど和らいだタイミングもよかったのだろう。

あの前線を退いた老兵の現在の様をみてやろう。そういった意地悪な感情が好奇心を加速させた。


※※※※※※※※※※


いったいメールを受け取りどれくらいの

時間がかかったのだろう。

ほとんど時間はかからなかったのか数日後だったのか覚えていない。


『了解しました。

ただ、せっかくのお誘いに申し訳ありませんが皆が休みの休日でもよろしいでしょうか。


白木 凪』


笑えるほどすぐに返信が来る。


『気遣いが足らずすまない。

休日でかなわない日付を指定して欲しい』


あの老兵はよっぽど暇なのだろう。

そのタイミングが意地悪に可笑しかった。


憂鬱な気持ちが和らぎ、意地悪な好奇心が私を支配する。それから次の休日までが楽しみでならなかった。


当日、何ヶ月ぶりだろうか。お化粧をした。

もともと、ビジネスを円滑にするため覚えたメイク。

でも、今日は自分を飾りたい。

そしてあの地下に閉じこもっている老兵の現状を見てみたい。


◆2021年晩秋


秋の立川の並木通り。

北口に向かっている。

おそらく何ヶ月ぶりの外出なのに不思議と胸が躍る。


しかし、会社の入り口に立つとその気持ちは急に重たくなる。

いつもは登りのボタンを押していた。

エレベーターを地下に押すとさらに憂鬱がこみ上げる。


惰性で、資料管理室のドアをノックする。

正面に老兵のデスクがあり彼が腰をかけていた。


「白木、待っていた。結論からいう。

私は白木が休職した事を理由にここに招いたわけではない。

ここを立ち上げた時からいつか君を、君“クラス”の上質な人材を招きたいと考えていた。」


意外な老兵の発言に戸惑う。


「君の状態は知っている。何も語らなくていい。

とりあえずこっちの部屋を見て欲しい。」


奥の倉庫にゆっくり足を運びその重いドアを開ける。埃っぽい紙とインクのにおいが立ちこめる。


「ここには、この会社の歴史、クリエーターの夢が詰まっている。

興味ある資料からでもいいから存分に目を通してもらいたい。君なら分かるはずだ。」


書庫に雑に積まれた資料は、私の本棚を何百倍にした規模。

毒々しい奇妙なファイルの色がやはり奇妙で可笑しかった。


私は一つずつファイルを手に取り目を通す。

たった1枚のラフ、ある1行のメモ、びっしり詰め込まれた資料の上にボツの文字。


そこには、不完全で、みすぼらしいのに

熱量のあふれたものだった。


いくつものアイデアたちが、私の胸にぶつかって衝突する。


私はゆっくり読み上げ、一つずつ積み上げる。


どれほど時間が流れたかわからない。

積み上げた資料は山になっていた。

声にならない、でも涙が知らない間に流れていた。


「白木。檸檬って知っているか?小説の檸檬。」


私は高校時代教科書に載っていた小説を思い出す。訳の分からない結論。オチも分からない。


老兵、いや黒瀬部長がいつものヨレヨレのジャケットから檸檬をおもむろにとりだし私に渡す。


それは手のひらにちょうどよかった。

ざらざらした手触りも、冷たくて、硬い。


握っても潰れない。


潰れないものが手の中にあるだけで、私のほうが少しだけ崩れなくて済んだ。


私を支配していた鬱屈――

ちっぽけな自尊心、世界に対する嫌悪感、競争にたいする焦燥感。それらが「全部」ではないことも、私は知っている。


でも、檸檬なら。その塊を、閉じ込められるかもしれない。そう思えるだけで、呼吸がほんの少しだけ通った。


「よし、白木。それを積み上げた

おまえが積み上げた資料の上に――持っているだけじゃない。“置く”んだ。あの話みたいに。」


奇妙な色のファイルの山の上に私を支配していたほとんどの感情を封印した。


イエローの物体を上に置く。


閉じ込め損ねた少しの感情は、むしろ——


ぬくもりみたいに、手のひらに残った。


「そのファイルの熱量。意味、価値、白木なら分かるだろう。ここから変えるんだ!


その熱意を、その檸檬を導火線にして爆発させる。」


「どっかん!

そしてその"しぶき”がこの会社全体に降り注ぎ、そして皆を昇華させる。

そのエネルギーが会社を、この業界を変える。

白木の能力ならそれが出来る。

いや、白木の能力でないと爆発させられない。」


涙が止まらなくなった。

そして、黒瀬部長とそれを想像した。


――涙が嗚咽に変わる――


(なんか今いけるんじゃないかな)


思える。そして不器用でさび付いたのどを振り絞る。


「でも...ここ...ホコリ...っぽい」


自分でも訳が分からないことを言っていた。


いつもは冷静な黒瀬部長は豪快に笑う。


「そうだな、ホコリ対策、PCの光対策、大きめのブルーライトカット眼鏡必要だな。」


◆2022年1月


私は資料管理室の次長に転属された。

その日から大きなブルーライトカット眼鏡が私のトレードマークになった。

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