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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第九章 「ジュリア」
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第39話 理性と感情の岐路

 シモンを先頭に、三人は慎重に塔を出た。

 礼拝堂の裏口から回り込み、ひっそりと前庭へと足を踏み入れる。

 本来なら、先ほどの戦闘の痕跡をジュリアやルミアに見せたくはなかった。

 だが今は、迷っている暇もなく、前庭を突っ切る経路を選ばざるを得ない。


 もちろん、敵が消え去ったわけではない。

 おそらく、ハルカが警告していた礼拝堂へ向かう集団が到着し、増援として加わったのだろう。

 後方から迫り来る複数の足音が、冷徹な現実として三人の鼓膜を打った。


 その時だった。

 前庭の暗がりから、二つの人影が現れる。


 ――敵だ。


 月明かりを背に、黒装束の男がこちらに気づき、わずかに足を止めた。

 その瞬間、シモンは即座に判断し、同時に動いていた。


「下がれ。二人とも、俺の後ろだ」


 低く、だが有無を言わせぬ声。

 ジュリアはルミアを庇うように抱き寄せ、一歩後退する。


 次の刹那――シモンは躊躇しなかった。


 牽制として放たれた一閃。

 飛燕ひえんの軌跡が夜気を裂き、先頭の男の肩口を深く抉る。


「ぐっ――!」


 呻き声が上がった、その一瞬で距離は消えた。

 シモンは一足飛びに肉薄し、反撃の構えを取る暇すら与えず、喉元へと刃を走らせる。

 男は抵抗する間もなく崩れ落ちた。


 残る男に選べる選択肢は三つ――戦うか、逃げるか、あるいは増援を呼ぶか。

 だが、数瞬の躊躇が、そのすべてを奪った。


 息を呑む間もなく、シモンは体勢を切り替える。

(時間がない。一分一秒でも惜しい)


 踏み込み、刃を振るう。

 乾いた音とともに、二人目も地に伏した。


 だが――終わってはいなかった。

 礼拝堂の方向から、甲高い警笛の音が鳴り響く。

 一人の新たな人影が、走り込んできていた。


「ちっ……!」


 シモンは舌打ちしつつも、迷わず動く。

 警笛を鳴らした男へと一直線に突っ込み、叩き伏せた。


 しかし、警笛の余韻は夜に残ったままだった。


 ――間もなく、敵が殺到する。

 それは疑いようのない事実だった。


 シモンは振り返り、ジュリアとルミアを一瞥する。

 二人とも無事だ。

 だが、この先も無事でいられる保証はない。


「急ぐぞ。もう隠密は捨てる」


 低く告げ、再び前を向く。

 ここから先は、逃走戦になる。


 夜は、確実に――こちらを逃がすつもりはなかった。


 この時、シモンの脳裏には、残酷な選択を突き付けられていた。

 ジュリアとルミア、二人を同時に守りながら戦うのは――さすがのシモンでも無理がある。


 どうする――。


「……任せて、シモン。ルミアは私が守る」


 その言葉が、シモンの思考を断ち切った。

 ジュリアの瞳には、揺るぎない意思が宿っていた。

 魔導拘束具の影響はまだ残っているはずだが、ルミアの手をしっかりと握り、もう震えてはいない。


「私たちだけで、行ける」


 その言葉は、戦況を俯瞰し、自らの立場を冷静に理解した上でのものだった。


 ――シモンは思う。

 三人で残り、敵を迎え撃つ――それはジュリアとルミアが狙われ、シモンの足を引っ張ることになる。

 三人で逃げる――それも無理だ。ルミアを連れている以上、すぐに追いつかれ、やはり狙われるのは二人だ。


 ならば――シモンが敵を食い止め、その間にジュリアとルミアが脱出する。

 これが、最も現実的な道筋だった。


 だが、それでも胸の奥に引っかかるものがある。

(……俺がどうなろうと構わない。だが――この子達だけは……)


 その逡巡が、彼の足を縛る。

 彼女たちを危険に晒すくらいなら、たとえ無茶でも自分ひとりで抱え込むべきではないのか。


 シモンは迷いを抱えたままジュリアを見やる。

 その瞳には、恐れではなく、戦うと覚悟を決めた強い光があった。


 胸に去来する葛藤を押し殺し、表情には決して出さず、彼は静かに決断する。


「……わかった。……ルミアを頼む」


 短い言葉に、すべてを託して。

 私兵たちが待機している方角を示され、ジュリアは深く頷く。

 そしてルミアの手を強く握りしめ、二人は森へ向かって駆け出した。


 シモンはほんの僅かだけ、遠ざかるジュリアとルミアの背を見送り、気持ちを切り替えると、単身で敵の集団へ突撃していった。

 信じるしかない。

 ジュリアの瞳を信じ、シモンは己に課された使命に従い、剣を振るう。

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