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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第八章 「月下の檻」
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第34話 舞台の裏側

 ハルカは、目的の礼拝堂を大きく迂回し、物陰に身を沈めたまま、前へ進む男の背中を見送っていた。

 月明かりを背に受け、あえて隠れもせず歩くその姿は、夜の中でもひどく目立つ。


(……本当に、あの人は――)


 協力関係を結んだ。

 それは情に流された結果ではない。互いに利のある、冷静な判断のうえでの取引だった。

 そのはずなのに――それでも思ってしまう。

 自分のために、いや、ジュリアを救うためとはいえ、シモンに負担を掛けすぎてはいないか、と。


 次の瞬間――。

 前庭に、火球が走った。


 夜気を切り裂く唸りとともに放たれた魔法は、一直線にシモンへと迫る。

 だが、彼は避けなかった。

 むしろ、無造作に剣を振るう。


 火球は――斬られた。

 二つに裂けた炎が、彼の背後で炸裂し、爆風と熱が夜を震わせる。


 ハルカは、息を呑んだ。

(……魔法を、斬った……?)


 それだけでも常識外れだというのに、シモンはさらに左手を掲げ、くい、と挑発する仕草まで見せた。

(……なに、してるんですか……)


 驚きを通り越し、呆れるような思いが胸をよぎる。

 だが、その行動が意味するものも、同時に理解していた。


 ――敵の視線を、すべて引き受けるつもりだ。


 挑発された信者たちが怒号を上げ、一斉にシモンへ殺到する。

 その瞬間、ハルカは気持ちを切り替えた。


(今だ……今しかない)


 敵の注意が完全に前庭へ向いたその隙を突き、ハルカは地を蹴った。

 影のように走り、礼拝堂の側面へと一気に距離を詰める。


 外壁に身を寄せ、そっと中を覗く。

 礼拝堂の内部は、突如現れた襲撃者――シモンの登場に、完全に混乱していた。

 外から警笛の音が響く。

 それを合図にするかのように、堂内にいた信者たちが次々と武器を手に外へと飛び出していった。


 そして――。

 前庭の騒乱とは対照的に、礼拝堂の中は、ひっそりと静まり返る。


 ハルカは、迷いなく侵入した。

 まず向かうべきは、ジュリアが捕らえられていると予想した地下区画。

 薄暗い階段を降りると、そこには最小限の灯りしかなく、人の気配も感じられなかった。


(……静かすぎる)

 部屋の数は多くない。

 一つ、また一つと確認していくが、ジュリアの姿はおろか、人影すら見当たらない。


 代わりに目に入ったのは――

 壁や床に残る、乾ききって黒く変色した血の跡だった。


 胸の奥が、ひやりと冷える。

 ――あの日の光景が、よみがえった。

 壊滅した忍びの里。

 瓦礫の中に転がっていた、あの無数の亡骸。


(……絶対に、許さない)

 込み上げる怒りに、視界が一瞬赤く染まりかける。

 だが、ハルカは大きく息を吸い、吐いた。


(……だめ。今は、冷静に)

 ハルカはそっと胸に手を当て、自分の鼓動が早まっていることを確かめた。

 荒れかけた呼吸をひとつ深く整え、感情の波を無理やり胸の奥へ押し戻す。

 ここで乱れては、何も掴めない。


 ――ジュリアがここにいないなら、いるべき場所は別にある。

 そう結論づけた、その瞬間だった。

 地下区画の入口から、かすかな足音が忍び寄ってきた。

 耳を澄ますまでもない――足取りは軽く、数はひとつ。


 この場所、この時間。

 味方であるはずがない。


 ハルカは自分の技量と周りの状況を勘案し、瞬時に状況を測る。

 隠れてやり過ごすことも、できなくはない。

 だが、もしここに長く居座られれば、自分の行動は制限され、時間を浪費することになる。


(……シモンさんは、外で時間を稼いでいる)

 その事実が、胸の奥で静かに重みを持った。

 ならば、自分が迷う余地はない。


 ハルカは、息をひとつ殺した。

 ――攻勢に出る。


 信者は警戒していないわけではないが、周囲を細かく探る様子もない。

 注意は、あくまで前庭に向いている。


 ハルカは物陰から、低い姿勢のまま飛び出した。

 側面から一気に間合いを詰め、相手の懐へ潜り込む。


 ――みぞおちへ、鋭い突き。


「……っ!」


 うめき声とともに、信者の頭が下がる。

 間を置かず、正面から垂直に顎を蹴り上げる。

 のけ反りながら身体が前のめりに崩れた、その瞬間。


 ――とどめの一撃。


 後頭部へ、踵を打ちおろした。

 仮面が弾き飛び、男の顔が露わになる。

 どこにでもいそうな、ありふれた男。

 男は白目をむき、泡を吹いて完全に失神していた。


 ハルカは一瞬、逡巡する。


(……ここで、殺すべき?)


 だが、男の様子を見て判断した。

 この男が目を覚ます頃には、すべてが終わっている。

 自分が生きて復讐を遂げているか。

 あるいは、死んですべてを失っているか。


(……命を奪う必要はない……よね)

 ハルカは男を引きずり、目立たない物陰へと移動させる。

 その場にあった縄で手を縛り、さらに布切れを被せ、静かに立ち上がった。


 そして、振り返らず、その場を後にする。

 ――影は、再び礼拝堂の奥へと溶け込んでいった。

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