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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第六章 「夜を纏う者たち」
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第27話 進展と邂逅の岐路

 ──翌日

 シモンの行動は早かった。

 マーシャルからの情報を貰うと、迷うことなく行動に移った。


 マーシャルが示したワイアース郊外、「北西の森」を進むにつれ、シモンは確信が深まっていくような手ごたえを覚えていた。

 最初に話を聞いたときは半信半疑だった。

 だが、こうして森を歩くほどに、胸の奥へじわじわと違和感が染み込んでくる。


 この感覚──何かが潜んでいるのは、間違いない。


 マーシャルが入手した情報は多岐にわたっていた。

 その中でも、彼が有力と見て絞り込んだのは、街道を外れて森に入った商隊らしき一団の目撃談、そしてワイアースを流れる西のコルマ川上流で目撃された怪しい集団の存在だ。

 それらを結び付ければ、城壁を通らずとも、川が流れ込む地下水路を利用して街に出入りできるという推測が成り立つ。


 そして何より、その延長線上にある北西の森が、立入禁止区域であるという事実があった。

 彼は、そうした断片を統合し、ここに当たりを付けてきたのだ。

 わずか一日で情報を集める伝手と能力、それらを綿密に繋ぎ合わせ、現実的に勘案したうえで怪しい場所を絞り込む慧眼──どれを取っても、まさしくプロの仕事だった。


「確証はない……だが、確信はあるぜ」


 熱弁するでもなく、誇るでもなく、ただありのままを静かに語り、にやりと笑うマーシャルの姿が脳裏に浮かぶ。

 シモンは、あの胡散臭い男がただ者ではないことを、改めて痛感していた。


 警戒を強め、見逃さぬよう歩を進めていたシモンは、不意に、ひときわ強い違和感に足を止めた。

 ──何かがおかしい。

 目に映るのは、ごくありふれた森の風景。枯れ枝、苔むした岩、斜面に点在する木々。

 だが、そのどれもが、まるで“記憶に残らない”ような配置をしている。


(……同じような木が、繰り返し現れている)


 周囲に警戒を払いながら、シモンは数本の木に、ゆっくりと手を添えていった。

 一本目──異常なし。

 二本目──こちらも反応なし。

 三本目──指先に、わずかな魔力的引っかかりを覚える。


「……これか」


 ざらついた樹皮。乾いた感触。

 だが、その一本に触れた瞬間、指先にざらりと“膜”のような違和感が走った。


「……これは」


 手を添えたまま意識を集中する。ごく微細な魔力の流れ──視界が、きらりと歪んだ。

 念のため、さらに付近の木々を調べていく。


 十数本を確かめたのち、同じ手応えの木を、さらに二本見つけた。

 シモンは眉をひそめる。

(一本だけじゃない……これで三本目。結界だな)


 どの木も視界を遮っているわけではない。

 だが、その魔法は、人の認識そのものを惑わせる。目に入っていても、そこに意識が届かない──厄介極まる性質の魔法だ。


「認識疎外……仕込んだやつ、相当の手練れだな」


 思わずこぼれた呟きには、敵の手管を認めるような余裕が滲んでいた。

 ジュリアが囚われている状況下であっても、こうした“仕掛け”の質を見抜くことが、自身を冷静に保たせている。


 精神を集中し、一本ずつ木に手を当てる。樹皮の奥から、ぱきん、と氷が割れるような音が返ってきた。

 三本すべてを解除し終えた瞬間──風の通りが変わる。やがて視界が開け、そこに広がる景色が一変した。

 鳥の囀りが、遅れて戻ってくる。

 空気が、現実味を帯びていく。


 ──そして、木々の向こうに“それ”は現れた。

 まるで霧が晴れるように、草むらの奥から、ぽっかりと空いた空間が浮かび上がる。

 そこにあったのは、簡素な木造小屋が三棟。雑に組まれた柵の内側には、かつて馬かラドンが係留されていたらしい区画と、小さな井戸──それだけだった。

 だが今は、ラドンの気配も、馬の蹄跡も見当たらない。

 ただ、使われた痕跡だけが、時間の重みを伝えている。


(恐らく……ここが、ジュリアを攫った連中の“中継拠点”だろう。……ようやく、糸口をつかんだか?)

 胸の奥に、微かながらも確かな手ごたえが生まれる。

 行方を追う道筋が、ようやく開けたのだ。


 シモンは気を引き締めると同時に、もうひとつの気配にも意識を尖らせていた。

(……あの気配も、この拠点を探していたのか。だが、この結界では見つけられないのも無理はない)


 森の気配の中に生じた、不自然な空白を捉え、シモンは目を細める。瞬時に自身の気配を周囲へと同化させ、茂みの影から小屋を窺った。

 その一角では、黒づくめの男たちが三人、仮面を外したまま身を寄せ合い、ひそひそと声を交わしている。


「……二日後だ。儀式は満月の夜、力が高まる時を狙う」

「そろそろ、荷を移す必要があるな」

「分散の手配は──」


 そこから先は、森のざわめきにかき消された。

(……儀式は二日後。満月と関係があるのか?)


 胸の奥に緊張が高まっていく。

 だが──その瞬間、シモンとは別に、この小屋を監視していた“何者か”の気配が、ふいに昂ったのを感じ取った。

(……まずい)


 気づいたのは自分だけではなかった。

 黒装束の男たちも一斉に声を止め、鋭い警戒を走らせる。

 次の瞬間、彼らは小屋から飛び出し、三方へ散開すると、そのまま森の奥へと姿を消した。


 シモンは一瞬、様子を窺うべきか迷った。

 ──だが、逃がすわけにはいかない。


 身を躍らせ、飛び出す。

 一人を標的に定め、疾風のごとき加速で追い抜き、即座に前方へ回り込む。

 男は速度を落とさず、左右のフェイントを織り交ぜ接近する。

 しかし、シモンはフェイントの全てを見透かし、前に立ちはだかる。


 シモンは落ち着いたまま剣は抜かず、体捌きだけで打ち伏せた。

 黒衣の男は短く呻き、地に伏す。


「動くな。聞きたいことがある」


 シモンは手早く拘束し、その顔を鋭く睨み据えた。


「お前たちは何者だ。どこへジュリアを──」


 問いかけに、男はふいに微笑んだ。


「……我に、痛みを」


 呟いた刹那、何かを噛みしめると、口元から赤黒い泡が溢れ出す。

 口の中に仕込んでいた毒を、噛み砕いたのだ。


「っ──!」


 シモンは即座に胸を押さえ、吐き出させようとしたが、すでに手遅れだった。

 ……死んでいる。


 死の間際まで感情を乱さぬその姿に、異様な精神性が滲んでいた。

(……死を恐れていない。一体、何者なんだ)


 微笑みながら死んだ男に、得体の知れない不気味さを覚えた。

 だが、とっさに背後を振り返る。

 もうひとつの“気配”が──戻ってきている。


 その直後。

 熱を帯びた風が、シモンの身体を駆け抜けた。

 奔流のように、影が滑り出す。


 シモンは半身をひねり、初撃を紙一重で躱した。

 飛びかかってきたのは、小柄な人影──白磁のような狐面を被った人物だ。

 黒髪をハーフアップに結い、黒い紐で留めている。色白の腕、露出した足。

 その体格は明らかに細身──女だと察知できた。


 次の瞬間、狐面の女はためらいなく攻めかかってきた。足さばきは滑らかで、素早く距離を詰めると、シモンの顔面へ左右から連続のハイキックを放つ。


「っと」


 シモンは最小限の後退でそれをかわし続ける。

 三発目──鋭い後ろ回し蹴り。


 正確に顔面を狙ってきた脚を、シモンは片手を掲げて受け止めた。

 拳ではない。脚でここまでの速度と力を出せるのは、鍛え抜かれた証だ。

 距離を取った狐面の女から、かすかな動揺と苛立ちが伝わってくる。


 気を取り直したのか、女はふらりと身体を揺らしたかと思うと、突如として急接近。勢いを乗せた突きを放ってきた。

 シモンは半身になってそれを躱し、自然な体の流れで立ち位置を入れ替える。

 その刹那、相手の闘気が乱れた。


(……若いな)

 迷いだ。

 この戦いそのものに、何らかの葛藤を抱えているのだろう。


 予備動作の少ない“静から動”の型──リズムではなく、間合いで戦う感覚。どこかで見覚えがあった。

(この型に、この装束……八咫の民、か?)

 疑念が、胸をかすめる。


「俺に敵意はない。人を探している。話がしたい」


 シモンは落ち着いた声で呼びかけた。

 だが、狐面は答えない。

 ──それどころか、腰の後ろに納めていた細身の剣を抜き放った。

 シモンは小さく、ため息をつく。


 ショートソード……いや、八咫の忍者が使う忍刀だろうか。

 それを逆手に握り、水平に構えた狐面は、低く身を沈め、横薙ぎに一閃。

 シモンは地を蹴り、半歩下がってかわす──その瞬間、狐面が跳び上がった。頭上から振り下ろされる剣閃。


 だが、それは囮だった。

 跳び上がった狐面の像はぼやけ、霧散する。……実体は、下からの突き上げ。


「お見通しだ」


 シモンはその動きを、すでに読んでいた。

 繰り出された右手首を逆手でつかみ、関節を極めてひねり上げる。


「……っ!」


 忍刀が、手から滑り落ちた。


「頼む。話を聞いてくれ」


 極めた手首に力を加えすぎぬよう配慮しながら、シモンは呼びかける。

 狐面は、わずかに震える息を吐いた。

 面越しに目が合うと、シモンはそっと手を離し、後退する。両手を見せ、敵意がないことを示した。


 狐面は痛む手首をさすりながら、しばしその場に佇む。

 その目元――狐面の隙間から覗いた瞳が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

 だが、その揺らぎはすぐさま霧のように消え失せ、代わりに浮かんだのは、決して崩れぬ覚悟の色。

 その瞳には、抑え込まれた情念――暗い炎が、深く静かに燃えていた。


 幾ばくか無言の時が過ぎた。

 互いの呼吸すら聞こえず、風のざわめきだけが耳を伝う。


 やがて、狐面は忍刀を素早く拾い上げ、踵を返す。

 シモンは一歩、踏み出しかけたが――そのまま動かなかった。

 狐面は、ひと跳びで茂みに姿を消す。


「……ちっ。振り出しか……いや……」


(妙な既視感……糸は、まだ繋がっている)


 風が一陣、草葉を撫でて通り過ぎた。

 狐面の気配は、既にここにはない。

 だが、この場に残る余韻――それは、初めてのものではない気がした。


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