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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第六章 「夜を纏う者たち」
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第26話 情報屋と冒険者の矜持

 濃い雲の切れ間から、わずかに陽が差していた。

 一筋の光は細くも揺るぎなく、暗雲を裂いて進み、確かな道を示している。

 それは、不屈の意志を映しているかのようだった。


 ……そうだ。今は、前を向くときだ。


 シモンは街の東、露店街を抜けた先の一角へと歩を進めた。雑多な香りと人声が渦巻く通りを離れると、そこにひときわ賑わう商店が姿を現す。

 日用品から食料品、武器防具や衣料品、薬草や薬瓶まで取り揃えた便利屋のような店――庶民にとっては生活の頼みの綱。


 しかし、裏を知る者にとっては、情報屋マーシャルの拠点として知られていた。

 扉を押し開けると、鼻をつく香辛料と乾物の匂いが流れ込む。ぎっしりと並ぶ棚の向こうから、独特の野太い声が響いてきた。


「おう、シモンの旦那! 久しぶりだなあ。さてはエッチな店でも探してんのか? 女将系か? 八咫美人か? それとも……可愛い系? いっそ全部か、へへっ」


 目ざとく彼を見つけたマーシャルは、太鼓腹を揺らしていやらしい笑みを浮かべる。

 下世話な冗談を飛ばすその様子は、昔からの悪友を思わせた。

 シモンは片眉を上げ、苦笑を返す。


「そいつは、また今度頼む。……今日は“真面目”な用件だ」


 軽口に軽く付き合いながらも、次の瞬間には真摯で飄々とした口ぶりへと切り替える。

 必要とあらば即座に顔を変える――それが、プロの冒険者の矜持だった。

 つい先ほどまで心を乱されていた男が、今は冷静に“仕事の顔”を取り戻している。その証でもある。


 シモンの返事に、マーシャルの目が変わった。

 スケベ親父の仮面を取り外し、胡散臭い笑みが、なお胡散臭さを増す。そこに宿ったのは、鋭い光を帯びた情報屋の視線だった。


「……ほう、“真面目”な用件かい。……よし、聞かせてもらおうじゃねえか」


 冗談を切り捨てると、マーシャルは店の奥へと促した。何の変哲もない木扉――だが、その扉こそが、表と裏の境界だった。

 扉を抜けると、質素ながらも整然とした応接室が広がる。実務用の机、整理された書類棚、革張りの椅子。外の喧騒は完全に遮断され、張り詰めた空気だけが、そこに漂っていた。


 シモンは主観を交えず、簡潔に事情を語り、必要な情報の概要だけを伝えた。

 マーシャルは腕を組み、言葉を挟まずにじっと耳を傾ける。


 数十秒の沈黙。

 思考を巡らせている間も、その目はただの商人のものではない。

 裏稼業に生きる者特有の、鋭さを宿していた。


「……よし、わかった。一日くれ。明日のこの時間、またここで会おうじゃねぇか。いっちょ俺も、本気を出すとするかね」

「……助かる」


 シモンはマーシャルの目を見て、確信した。

(この男はプロだ。できない依頼は断るはず……ならば、任せられる)


 別れ際、マーシャルは無言で手を挙げた。

 普段は軽薄な冗談を飛ばす男が、こういうときだけは余計な言葉を使わない。

 その無言の仕草に、裏稼業の覚悟が滲んでいる。


 シモンも軽く手を挙げ、背を向けた。

 足取りに迷いはなく、そのまま店を後にする。

 情報はマーシャルに託した。

 ならば、次に自分がすべきことは――。


(今やれることを、一つひとつやっていくんだ)


 胸中に改めて決意を刻み込む。焦りや怒りに身を委ねても、事態は好転しない。

 今は明日に備え、体と心を整えるときだ。


 足元で小石が転がる音がした。

 胸の奥では、今すぐにでも駆け出したい衝動が息づいている。

 だが、衝動のままに動いても、彼女には届かない。


「……焦るな。今は、待て」


 自分に言い聞かせるように、低く呟いた。拳が小さく震えているのに気づき、シモンは意識的に深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 不器用にでも感情を押さえ込んでいなければ、心が軋んでしまいそうだった。


 それでも――呼吸を整えたのちに上げた眼差しには、確かな静けさが宿っていた。

 揺れる心の底を押し隠し、決意を形にした男の眼差しだ。


 ――今は迷うな。目的を見失うな。

 そのために、今すべきことは敵の居所を掴むこと。

 そのために、今できることはマーシャルに託し、明日を待つこと。

 ままならない現実。


 ……だからこそ、今できることくらいは、精一杯やろう。


 街路の先に、湯煙を立てる浴場の看板が揺れているのが見えた。疲れた身体と心を整えるには、うってつけの場所だ。

 今日のうちに体を休め、心を澄ませておく。


 明日が勝負だ。

 ――ジュリアを取り戻す。そのために、明日また走り出す。

 今は、助走の時だった。


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