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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第四章 「少女の逆襲、舞台の裏側」
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第19話 届かぬ想いと絡まぬ指

 なぜ、あそこで手を取られているのが自分ではないのか――そんな思いが、ジュリアの胸をかすめた。

(……本当は、シモンと踊るつもりだったのに。なのに、あの人、全然気づいてくれない)


 サプライズのつもりで、ダンス勝負を仕掛けるはずだった。

 だが、言葉にはしなかった。

 それでも、なんとなく伝わると思っていた。

 いや――伝わってほしいと、願っていた。


(……言わなくても察してほしいなんて、きっと、それが甘えなんだろうな)

 わかっていたはずだ。

 護衛という立場をきちんとわきまえる彼が、貴族の令嬢に先んじて手を差し出すはずがないことくらい――


 それも、よりによってフィオナと。

 しかも、あんなにも息の合った、見事な舞を披露するなんて。


(……なんで、私じゃないのよ)

 その思いを呑み込んでも、胸の奥では、消えない火種のように、静かにくすぶり続けていた。


 いつの間にか曲は終わり、次の旋律が始まっていた。

 けれどジュリアの耳には、その音がほとんど届いていない。

 見上げた天井のシャンデリアが、虹色の光をふわりと散らす。そのきらめきが、涙のように、静かに瞳へと降りてくる。


 気づかれない気持ち。

 届かない想い。


 それでも舞踏会は、何事もなかったかのように、優雅に続いていく。

 ――彼女の心が沈んでいくのとは、まるで無関係に。


 そして、いよいよ――ラストダンスの時が迫っていた。

 小休止の後、宴の締めくくりに奏でられる、最も意味深い一曲。

 その瞬間、自分は、誰と踊るのか。


 ラストダンスは、ただの余興ではない。

 誰の手を取るかによって、その夜の“立ち位置”が定まり、時には社交界における評判や噂すら、大きく左右されてしまう。

 貴族にとってそれは、個人の趣味嗜好ではなく――家の未来を暗に示す、極めて象徴的な選択だった。


 アーデルシア家の令嬢たる自分が、護衛という立場にすぎない彼を選べば――

 その意味を、他の誰もが、ただの偶然や気まぐれとは受け取らないだろう。


(だから……その前に、誘ってほしかったのに)

 心の奥で、小さな声がかすかに響く。

 けれど、その想いは言葉にすることもできず、静かに胸の底へと沈んでいった。


(……私、詰めが甘い)

 再び、同じ想いが胸を揺らす。悔しさがじわじわと満ちていくのを、唇を噛み、ただ黙って受け止めていた。


 踊りの輪から、そっと身を引こうとした、そのとき――

 いつの間にか戻ってきていたシモンが、心配そうにこちらをうかがい、ふいに視線が合った。


「大丈夫か?」


 ぶっきらぼうだが、どこか温かな声。

 こちらの気持ちも知らずに、そんな優しい目を向けられて――自分でも整理のつかない感情が、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す。


 その瞬間、胸の奥で、何かが灯り、何かが弾けた。

 言葉にならない気持ちは、かすかな火花にすぎなかった。

 だが、それは種火へと変わり、悔しさと未練と誇りを糧に、次第に勢いを増して燃え上がっていく。


 負けたくない。

 逃げたくない。

 こんなところで、めそめそと背を向けるなんて――「ジュリア・アーデルシア」がすることじゃない。

 何より、私自身が、それを許せないし、認めたくない。


 ふいに顔を上げたジュリアの瞳からは、もはや迷いの色が消えていた。

 胸の奥に灯った小さな火は、羞恥も逡巡も焼き払い、凛とした意志の炎へと姿を変える。


(――このまま終われるわけ、ないでしょ……!)

 ラストダンス前の小休止を彩る楽曲が、やわらかな余韻を残して終わりを迎える。

 場に静けさが広がり、空気が次の幕を待つように張りつめる中――

 ジュリアは、ひと呼吸だけ間を置いてから、静かに、だが確かな決意を宿した足取りで歩き出した。


「行くわよ。着いてきて」


 有無を言わせぬその一言を残し、シモンの返答を待つことなく、ジュリアは堂々と歩を進める。

 向かう先は、この場の主――エルゲール侯爵。

 その背中には、もはや一片のためらいもなかった。

 沈んでいた心を振り払い、意志という名の炎を纏いながら、彼女はただ、真っ直ぐに進んでいく。


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