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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第四章 「少女の逆襲、舞台の裏側」
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第16話 優雅なる企みと静かなる伏兵

 一面の青空に、まぶしい朝陽が降り注いでいた。

 小鳥のさえずりと、澄んだ朝の風の音だけが、静まり返ったテラノス邸の訓練場に響いている。


 ゆっくりと長く息を吐き、瞑想を終えたジュリアが静かに目を開いた。落ち着いた所作で、そっと立ち上がる。


 昨日の模擬戦の疲労など、微塵も感じさせぬ軽やかな足取り。その背で揺れるひとつ結びのポニーテールは、毛先に至るまで生命感を宿しているかのように、規則正しく揺れていた。


 火照った頬に残る熱が、今の彼女の充実を物語っている。静かながらも、獲物を狙う狩人のような光を帯びた瞳――その様子を、訓練場の片隅でシモンは見守っていた。


 手にしていた木剣の素振りを、彼はふと止める。


「……よし、今日の訓練はここまでだな」


 その言葉を合図に、ジュリアは胸の高鳴りを押し隠すように、わざとゆっくりとした歩調でシモンへと近づいてきた。一歩、また一歩。その動きが、むしろ間合いを詰める圧となって伝わってくる。


「ねぇ、ちょっと話があるの」


 ピンクと白で彩られた訓練着は、用途とは裏腹にどこか上品な雰囲気を漂わせていた。

 そんな服装にはやや不釣り合いな、腰に手を当てた姿勢のまま、ジュリアは胸を張り、高らかに言い放つ。


「明日の夜、空けておきなさい。あなた、私の“実地訓練”に付き合ってもらうんだから!」

「……実地訓練?」


 唐突な申し出に、シモンは眉をひそめる。だが、すぐにほんのわずか目を細めた。


「ええ。付き合いのある貴族のホームパーティーに参加するんだけど、警備や護衛の“現地体験”ってやつよ。どう? ちょうどいいと思わない?」

「……まあ、確かに警備や護衛任務は冒険者の仕事のひとつだ。実地で学ぶ機会は有意義かもしれない。けど……どうして俺が?」


 ジュリアは、間を置かず即答する。


「だって、シモンって“冒険者指導”が仕事でしょ?」


 その一言に、シモンは言葉を失った。

 まったくもって、否定のしようがない。


(なるほどな。あの妙に落ち着いた歩き方――全部、これの前フリってわけか。……正直、気は進まないが、これは……断りづらいな)


 そんな思考の合間に、穏やかな足音が背後から近づいてきた。


「おはようございます、シモン様」


 姿を現したのは、アーデルシア家の執事、ヴァレリオ・グランツだった。

 朝の陽を背に受けながらも、一糸の乱れもない燕尾服姿のまま、礼儀正しく挨拶を述べる。


「おはようございます、執事殿」


 軽く頭を下げて応じると、ヴァレリオはそれ以上言葉を挟むことなく、静かにシモンの傍らへと立った。


 シモンは腕を組み、わずかに渋い表情を浮かべる。

 これもジュリアの差し金か――と、思わず天を仰ぎたくなった。


「……そもそも、そういう場に着ていける服なんて、俺にはないんだが」


 肩を竦めかけた、その瞬間。


「ふふっ、それ、言い訳になると思った?」


 ヴァレリオの横に立ったジュリアから、楽しげな声が飛んできた。


「じゃあ、今日の放課後に買いに行きましょ。学院の正門で待ってるから。もちろん、支払いはアーデルシア家持ちでね!」


 勝ち誇ったようなその笑みに、シモンは困ったようにヴァレリオを見やる。


「……執事殿、あなたからも――何か言ってもらえませんか?」


 だがヴァレリオは一歩前に出ると、静かに、そして深々と頭を下げた。


「お嬢様の勉学の一環とご理解いただければ幸いです。それに――」


 一拍置いて、にこやかに言葉を継ぐ。


「正装をなさったシモン様なら、きっと会場の淑女たちの注目を一身に集めることでしょう。アーデルシア家の面目を保つには十分でございます。実に誇らしい限りでございますな」


 これで完全に退路を断たれた形となり、シモンは深々とため息をついた。

 ジュリアはそんな様子を見て、勝ち誇ったようにくすりと笑う。


「ふふん。最初から素直に、行くって言えばいいのに」


 そう言ってから、悪戯っぽく人差し指を立てる。


「じゃあ、放課後。学院の正門で待ってて。逃げたら――承知しないんだから」


 勝ち台詞を残し、ジュリアは軽やかな足取りで訓練場を後にした。


 その背には、すでに“勝利の余韻”すら漂っているように見えた。

 シモンは呆れ半分、諦め半分の表情でその背中を見送り、ふたたびため息を吐く。

(……どうしてこうなった)


「……パーティー、か。気が重いな」


 もう一度出そうになったため息の代わりに、そっと天を仰ぐ。

 空の彼方に目を向け、ぼんやりと何かを振り払うように、シモンは一度だけまばたきをした。


 傍らに控えていたヴァレリオは、その呟きを聞きとめると、静かに目を伏せ、深く一礼する。


「感謝いたします、シモン様」

「礼には及びませんよ、執事殿……」


 そう返しながら、シモンは参ったと言わんばかりに、乾いた笑いを漏らした。


 脳裏に浮かぶのは、煌びやかな会場、豪奢な衣装、ざわめく上流階級の視線――そして、そんな場に立たされている自分の姿。


(モンスターと戦うより、よほど疲れそうだ)

 暗澹たる気持ちは確かだが、ジュリアにしてやられたと思えば、不思議と笑みがこみ上げてくる。


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