Oの風景
今回は訳ありで短編です。
空気中を泳ぐ魚がいるらしい。そいつは肺もエラも無く、特殊な呼吸器を持っているという話だ。
見た物は、一人。研究したののは、二人。今その内の一人は精神病棟で暮らしている。
僕はその人を信じる事にした。
標本は無い。目撃場所は、パソコンの上とか炊飯器の中とかコピー機の下とか。つまりは空気のある場所。
予告も無く現れあいさつも無く消えるどこかの怪盗みたいな生活をしているらしい。
今現在確認される噂は、人の言葉が解るとか人を食べるとかいやそいつ自身が人じゃないのかとか。果てさて、どれが間違っているのか。
とにかく、その世間をにぎわせている割には名前も無い生物は君の裏側にいるらしい。
いつもどうりに一緒に研究に明け暮れていたある日、僕が少し席を立っていた間に彼女はそれを見た。喜んだ。久しぶりに面白い研究対象が見つかったからだ。すぐさま僕は報告された。
「今君はそれが見える?」
「解らない。触ろうとしたら見えなくなったんだ」
それからも彼女は見えた見えたと言って来た。場所も時間も問わず。最初から十日たった日の事、スケッチを見せられた。どこと言って特徴も無い普通の魚だった。
それから研究の目的は全てその魚に変わった。見えも聞こえもしない物について追及しても進まなかったが、それでも面白かった。これについてはあっという間に学会にまで広まった。知った。その魚が見えるのが彼女だけだという事に。
何編を論文を書きため、見えた見えたと無邪気な笑顔を僕に向けながら。
僕達はここに来た。
彼女は病んだ人として。
僕は付き添いとして。
ここの病棟は西向きのため、夕方はまぶしい。それでも冷房のきいた部屋にいつもいた僕は日光は窓際で寝ている彼女の横顔を照らす物だとしか思っていないので、カーテンは閉めない。
ふと本を閉じて散歩しようと言ったら君は嬉しそうに夕日を見たいと言った。いくら患者といっても彼女はいたって健康体である。だから実際付き添いはいらないのだ。他には見えない物が見えるというだけでどうして閉じ込められなければならないのか僕には解らない。
「あいつは人を食べるの」
最近荷物整理をしたり知り合いに挨拶にいったりと妙な事に夢中になっていたので質問した答えがそうだった。その言葉も、彼女の末路も、それが僕に与える影響もすでに解っていたのでそこまで驚きはしなかった。
大丈夫、僕が必ず対処法をみつけるよと軽くおどけて言ってみたら楽しそうに笑ったのでこちらも楽しくなった。そうしたら自分が万能な様な気がして神になった気分。
何もかもが手遅れになった時にようやく人は全てが勘違いだったと悟る。
ずっと一緒だよと言っていたあごが砕けたのは昨日。脳がやられたのは今日。
僕の体も心もこうなるのはもうすぐ。
君のかけらを拾い集めて、土をかけた。どうやらそれは近づいた物までもが中に住みつかれて内側から食べられるから禁じられているらしい。大丈夫だ、僕も手遅れだから。
風が吹いて、手から粉が舞った。残骸になっても君は可愛かった。だから叫んだ。捕まえていられないのが悲しくて。
ぷちゃ、と僕の腕の中でやつが跳ねた。今度は僕の体を美味しそうに噛み砕いている。
早く終わるのを待つ事にしよう。君のかけらを集めながら。