シガレット
親子の話です。
1週間ほど前、母の文江から父の遺品整理を手伝って欲しいと電話があった。
圭一は今、実家で父の部屋の荷物を整理している。
圭一は成人してすぐ実家を出た。
東京から実家の山梨までは車で2時間もかからないが、結婚してからは1年に1度帰省すればいい方だった。
今回は妻には家に残ってもらい1人で実家に来ている。
「お父さんあまり物を持つ方じゃなかったんだけど、やっぱ1人だと大変でね。ごめんね」
「いいよ、父さんの物確かにあんまりないし、この調子なら今日中に終わりそうだし」
圭一は正直な感想を口にした。
実際父の私物は段ボールで2つもあれば十分足りるほどしかなかった。
「夕飯たべてくでしょ?ごはんの支度してくるから、わからないものはこっちに置いておいて」
文江は段ボールを指さすと他にいくつか適当に指示して、夕食の準備をするといって部屋を出ていった。
父の遺品はもともと仕事で使用していた物がほとんどだった。
座り机の引き出しを開けると吸いかけの煙草の箱とライターが入っていた。
「そういえばよく吸ってたよな・・」
煙草と酒・・、仕事の話を家でしなかった父に対する自分のイメージはほぼ煙草と酒だった。
仕事が終わり家に帰ってくれば瓶ビールを片手に野球を見てご飯を食べ、たまに煙草を吸っていた。
自分のことはあまりしゃべらない父だったが自分の好きなスポーツのことはなぜか饒舌に話した。
煙草は決まってマイルドセブン、今でいうメビウスという銘柄だ。
引き出しに入っていたのはマイルドセブンだった。
「いつのだよ・・」
廃版になって久しい煙草の銘柄を見ながらひとりごちた。
一緒に入っていたライターで火をつけて煙を吸う。肺まで行き渡らせて吐き出した。
古くなった煙草だからか自分が吸っているものと銘柄が違うからか口には合わなかった。
消そうと思ったその時頭に声が響く
「なんで消すの?」
圭一はびっくりして後ろを振り返った。
誰もいない・・。しかし声は確実に聞こえた。女性の声だ空耳ではない。
「煙草は身体に悪いってお父さんに言われなかった?」
また声が聞こえる。年代は20~30代くらいだろうか?圭一の周囲にはやはり誰も見当たらない。
「誰だ?」
圭一が声を上げる。
「誰って言われても名前はないわ。あえて言うならマイルドセブンの3mgってとこかしら」
煙草が喋ってる?
「意味が分からないんだが」
圭一は思ったことをそのまま口にした。
「聡さんもそうだったわ、最初はびっくりしてた」
聡は父の名だ。父さんもこのことを知ってた・・。
「普通の煙草とは違うのか?」
圭一はパッケージを見直してた。おかしなところは何もない。
「違わないわ。相手が何かを願えば出てくることがある。そんなところね」
要は吸う人が願えば出てくる。そういう意味だろうか?
「父は毎回君とこんな感じで話をしていたのか?」
圭一は父を知っているというその煙草の女性に問いかけた。
「ええそうね。あなたは息子の圭一君よね。大きくなったのね」
煙草の女性は感慨深げに言った。
確かによくよく考えればこの煙草が廃版になったのも圭一がまだ小学生くらいの頃だった気がする。
「あなたは父になんと呼ばれていたの?」
「セブン。そう呼んでいたわ、銘柄にも入っているしギャンブルが好きなあの人らしいでしょ?」
聡がたまに休みにパチンコに行っていたことを圭一は思い出した。
何度か会話してわかったが、どうやら煙草1吸いで会話できるのは2,3回のようだ、もうすぐ煙草を吸いきってしまう。
「吸いきってしまえばセブンも消えるのか?」
圭一は問いかけた。
「あなたが願って火をつければまたどこでも現れるわ」
圭一は箱に残った1本を続けざまに火をつけた。
味は合わないし身体には悪いが、セブンと会話をもう少ししたいのが勝った。
「身体に悪いわよ、聡さんはたまに1本吸うくらいだったのに」
セブンは注意した。煙草に『煙草が身体に悪い』という注意を受けるのもなんだかおかしい話である。
「今日はこれで終わりにするよ、いくつか聞きたいことがある」
頭も状況に順応してきたことで圭一も一時の興奮が収まり冷静になってきた。
「何?」
「父さんは煙草を吸うたびにいつもセブンと話していたの?」
実際喋らず頭の中で会話ができている。この形であればたとえもし周りにだれかいたとしても会話はできる。
「いいえ。さっきも言ったけど私が出てこれるのは吸った相手が願ったときだけ。聡さんは周りにだれもいない時だけ私と話しをしていたわ。もちろん周りに誰かいたとしても話すことは可能だったのだけどね」
セブンは答えた。
「父さんとはどんな話をしたの?」
「そうね、家族とスキーに行ったとか海に行ったとか、息子と釣りに行ったとかそんな話をしたわね」
セブンは笑っているようだった。
圭一はセブンの話を聞きながら自分が小さいころに父に連れて行ってもらった場所を思い出していた。
聡は圭一を冬はスキー、夏は海、休みの日はたまに釣りに連れて行ってくれた。
「聡さんの話は面白かったわ、あなたが小さいころに海で腕にクラゲが張り付いて大泣きしただの、スキーで全然滑れなくて大泣きしただの」
なんで泣いた話ばかりなんだ。圭一はげんなりした。
「それでも滑れるように、泳げるようになったら喜んでいたともいっていたわ」
セブンは自分のことのように誇らしげに言ってきた。
「全部俺の話なんだが・・」
圭一は昔のことを走馬灯のように思い出していた、父は平日や通常の休日は一緒にどこかに行ったという思い出はあまりないが冬休みと夏休みは海とスキーにつれていってくれていた。
「他にもあなたが小学校のときに・・・」
セブンが言おうとしたところで圭一が遮った。
「俺の話はいいよ。父のことを教えてほしい」
圭一は言った。
煙草の残りはもうほぼない。
「あなたと聡さんとの思いでしか私は話せないわ。だってこれはあなたが願ったことだから」
セブンは少し寂しそうに言った。
圭一ははっとした。
振り返ってみればセブンとの会話はすべて自分の記憶の中にある父との思いでだけだ。セブンの言ったことで知らなかったことなど何もない。成人して圭一が煙草を吸いだしたときに「煙草は身体に悪い」と最初に注意したのも聡だった。
これは俺の中の思い出だ。
すべて理解した圭一は最後に煙草の煙を吸ってセブンにを言った。
「ありがとう、さようなら父さん」
父の部屋にこもった煙が目に染みた。
夕飯のにおいとともに母の声が部屋の外から聞こえてきた。
よく父親に自販機で買ってこいと言われて小遣いと一緒に渡されたのを思い出して書きました
。よかったら読んで下さい。