第8話 増えろ、猫仲間!
調理場から自室へと戻る途中、出会った使用人にトイレのおまると衝立になるものなんかを頼む。
「なにに使われるのですか」と聞かれたから、「このかわいいお猫様のためよ」と答える。
「お、お猫様……ですか?」
使用人たちが覗き込むたびに、ラグにゃんは「にゃあ?」とか「にゃー!」とか鳴いてくれる。
おかげで、目を輝かせる使用人続出よ。ふっふっふ。さすがだわ~ラグにゃん。
「この毛の長いほうがねえ、ラグにゃんよ。こっちがロッシー」
ロッシーは、じーっと使用人たちを睨むように見て、そしてプイっと顔をそむける。
そんな様子にすら、使用人たちは「はわわわ~♡」となる。
ふっ、ラグにゃんは愛想を振りまくタイプで、ロッシーはツンデレさんね! このカッシーニ伯爵家の皆さんを、メロメロにしてしまうがいいわっ!
「さ……、触っても、よろしいのでしょうか……」
ふらりと、一人の使用人が、進み出てきた。
「うーん、お猫様が良いと言ったら大丈夫よ。嫌な時は、威嚇してくるけど」
ラグにゃんが「にゃあ」と鳴く。
良いよー……かしら?
それとも、威嚇するよー……かしら?
「お、お猫様の言葉は……わかりません……」
がっくりとうなだれたその使用人に、ラグにゃんが手を伸ばす。あら、触りたいのかしら……。
わたしはちょこっと使用人に近寄ってみた。するとラグにゃんは伸ばしたおててで、使用人の手の甲に、そっと触れた。
使用人の目が、かっと見開かれる。
あー……、肉球の感触か。柔らかくて。魂が天国まで飛んじゃうわよね~。
「お、おおおおおお……っ!」
声まで出たか。うんうん、わかるわかる。
お猫様から触ってくれて、なおかつ肉球の柔らかさまで感じちゃったら、そうなるよねー。うらやましい。
「な、撫でても……、よろしいでしょうか……」
わたしじゃなくて、ラグにゃんに聞いてるよ……。
ラグにゃんが「にゃ」と短く鳴いた。
「そおっとね。お猫様を驚かさないように、そっと撫でてやって」
「は、はいっ!」
ふわっと撫でて、感動のあまりに悶絶しているわ、この使用人……。気持ちはわかる。
その後、別の使用人に会うたびに同じようなことが繰り返され……ラグにゃんとロッシーは、完璧にこのカッシーニ伯爵家の使用人の皆さんに受け入れられた。
ふふふ……、みんなでかわいがってね!
みんながラグにゃんとロッシーの住環境を、考えてくれればくれるほど、二匹の暮らしは良くなるはず。
そのためには……正しい猫知識が必要ね!
使用人に紙とペンを用意してもらった。
そしてわたしは「猫を飼う上での諸注意」とか「お猫様のご機嫌の伺いかた」とかを書きまくり、わたしの部屋の近くの廊下に飾っていった。
あ、張るんじゃなくって、飾ると言ったのは間違いじゃあないわ。
だって、この世界、ポスターとかを貼るための粘着テープとかなんてないんだもの。
書いたものを、美術品のように、額に入れて飾ったのよ。
額は、古かったり、価値がなかったりして、売れ残っているモノを、使用人のみんなが、物置にしている部屋から持ってきてくれて、きっちり拭いてくれて、それから、わたしの書きまくった諸注意を、きちんと丁寧に入れて飾ってくれたのよ。
廊下にずらりと並ぶ、額。
使用人のみんなが、それを熱心に見上げて読んでいる。
すごいわ。使用人のみんなはもう猫仲間ね!
わたしも、ラグにゃんとロッシーを通して、このカッシーニ伯爵家の使用人のみんなと仲良くなれたわ。
ふふふふふふ。やはりお猫様は天使。福を招く猫。
こうしてどんどん猫好きさんが、増えるといいわね。
そうだ、カッシーニ伯爵夫妻たちも猫好きにして、このカッシーニ伯爵家をお猫様御殿にすれば……。
ふっふっふ。
野望は増える。
ふっふっふ。
猫カフェなんて、あっという間にできそうじゃない?
ふっふっふ。
なーんて、笑っている場合じゃあなかったのよねえ。
そのカッシーニ伯爵夫妻なのよ……。いえ、猫嫌いというわけじゃないのよ。
だけど、わたしはうっかりすっかり忘れていた。
ジュリオ様が猫のロッシーになったということは、人間のジュリオ様がいなくなったということで。
そのためどういうことになるか。
わたしは猫まみれのしあわせな未来を妄想していたので、そんなこと、すっかりどこかに行ってしまっていたのよねえ……。