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第6話 お料理しましょ

 やることを考えつつ、着替える。


 多方面に活動することを考えて、動きやすいように白いブラウスとロングスカートを選ぶ。髪はポニーテールにまとめておく。

 着替えて寝室に戻ると、排泄を終えたらしいラグにゃんとロッシーが、何やらニャゴニャゴと話していた。


 うっ! かーわいいいいい。このまま一日中眺めていたい。

 しかし、煩悩の赴くままに眺めていたら、日が暮れる。

 わたしはお猫様たちの愛らしい姿だけで、既にお腹いっぱい胸いっぱいだが、お猫様たちは飢えるだろう。


「ラグにゃん、ロッシー、ちょっと待っててね」


 バスルームに行って、用意されていた洗面器に水差しから水を注ぐ。顔を洗って、手も洗って、準備オッケー。


「さ、ラグにゃん、ロッシー、ご飯にしよう」


 おいで〜と手を伸ばせば、ラグにゃんは軽いステップで走ってきて、わたしの腕の中にスポッと収まった。

 あああ、素直。

 あああ、かわいい。

 そして、わたしの腕の中から、ラグにゃんがロッシーを呼ぶ。


「にゃーんっ!」

「に……、あああああ……」


 まるで、ラグにゃんが「さっさと来なさいよっ!」とでも言って、ロッシーが「い……、嫌だなあ」とでも言ったようだった。


 ラグにゃんが「しゃああああああ」と唸ると、ロッシーは仕方なさそうに、ボテボテとわたしのほうに向かって来る。


 んー? ラグにゃんてば、ロッシーよりわたしのほうを好いている……みたい。

 いや、嬉しいけど。どういうことだ?


 だって、人間だった時は、「ジュリーさまがあたし以外の女に触れるの、耐えられなくてっ!」とか「あたしもジュリーさまだけを愛しています……」とか言ってたんだけど……。

 猫化したら、ジュリオ様であるロッシーより、わたしのほうが優先されてる……?


 なんでだろう? ステファニアさんを猫に変えたわたしのことなんて、警戒するのが普通だろうに。


 どうもラグにゃんはロッシーに対しても「飼い主の言うことはちゃんと聞きなさいよ」とか、説得? してくれているみたい?


 すんごく友好的というか、わたしに懐いてくれている……?


 切り替えが早い人、いや猫なのかな……?

 それとも猫になった以上、飼い主であるわたしに媚びを売って生き延びようとか……?


 まあ、考えてもわからない。友好的ならそれは嬉しいということで、ラグにゃんの思惑は一旦保留。


「さ、行こう」


 わたしは二匹を抱き上げて、調理場に向かった。

 まずはお猫様のご飯作りだ。


  ☆★☆


 カッシーニ伯爵家のお屋敷は、広い。それこそわたしが住んでいたコズウェイ子爵家の数十倍は広い。

 だけど、家の中はなんとなく、さびれた感じ。


 もともと廊下の壁なんかに飾られていただろう絵画や、置いてあったであろう花瓶や彫刻なんかは全て取り払われている……というか、借金返済のために売ったんだろうなあ……。日焼けした壁紙に、四角いあととか残っているし。


 なんて、きょろきょろしながら階段を下りていく。調理場っていうのは使用人のエリアだから、一階か、半地下になっているあたりにあるはず。

 まだこの家に来たばかりだから、迷子になりそうとか思ったけど、間違った道に進みそうになると、ラグにゃんが「にゃ」って教えてくれる。

 ありがたい〜。いい子ねラグにゃん。

 ロッシーはと言えば、一応わたしの腕に抱かれてはいるけれど、警戒心バリバリだ。身が固い。うーん、そのうち慣れてくれればいいか。


 とか思っているうちに調理場発見。

 ひょこっと覗いてみたら、二人の調理人が働いていた。

 背が高くて若い男の人と太めで小柄な中年男だ。


「おはよう!」


 声をかけてみたら「わあっ」と驚かれた。


「お、おはようございます。えっと……」


 返事をしてくれたのは太めで小柄な中年男のほう。


「昨日この家のジュリオ様に嫁いで来た者で、キアラよ」


 笑顔を向けたら、中年男のほうがニルス、若いほうがケントと名乗ってくれた。


「キアラ、若奥様……、なぜこのようなところに」


 あー、お腹が空いたとか思われたのかな?

 でもその場合は奥様なら普通侍女を呼ぶわよね……って、この伯爵家に侍女なんていたかなあ? 紹介はされていないし、うーん。

 莫大な借金を抱えていたこのカッシーニ伯爵家では既に解雇とかされたのかしら?

 調理人や掃除洗濯をする雑役メイドは必要だけど、侍女は別にねえ。

 ああ、ウチの実家から、侍女くらい連れてくると思われていたのかな?

 でも、守銭奴のお父様はわたし専属の侍女なんて、つけてくれはしなかったし。

 着替えなんかはわたし、自分でやっちゃうし。


 まあ、侍女はともかく、若奥様っていう呼び方がねえ……。

 うーん、ジュリオ様とはな~んにもないし、婚姻書類にサインをしただけなのよねえ。

 あれ? 

 貴族院とか、教会とか、宛先は知らないけど、国の機関に提出は……したんだっけ? まあ、後で確認しよっと。


「若奥様ってのは付けなくていいわ。あのね、わたし、かわいいこの子たちのご飯を作りに毎日朝夕、調理場の片隅を借りるけど、いい?」


 かわいいこの子たちと言いながら、お猫様を示せば二人はぎょっとした顔になった。


「な、な、な、なんですかその生き物……」

「ん? こっちがラグにゃんで、こっちがロッシー。かわいいでしょ〜」


 ラグにゃんが「にゃーん♡」と鳴いたら、ニルスもケントも「おおおおおっ!」という感じに目を見開き、そしてゆっくりと頬を緩めた。


 ふふふ。

 そうでしょう。

 かわいいでしょう。


 ラグにゃんがわたしの腕の中からすると下りて。まずニルスに近寄り、足にスリスリ。ニルスが手を伸ばしてラグにゃんを撫でようとするその直前に、今度はケントにスリスリ。

「撫でてもいいわよ」とばかりに、ラグにゃんがピンッと尻尾を立てると、二人ともラグにゃんに向かって手を伸ばす。


 が、ラグにゃんは、その手をスルリとかわしてわたしの腕の中に戻る。


 二人は「ああああああ」と、ひどく悔しそうな顔になる。


 はい、堕ちた。


 うむ、さすがラグにゃん。

 男心のくすぐり方を心得ているのは、ステファニアさんの頃から元々なのか、それとも猫だから?

 まあ、それはともかく。


「この子たちのご飯なんだけど、人間の食事みたいに味をつけるのは駄目なのよ。あ、あとタマネギとか絶対に食べさせたら駄目なのとかもあって。だから、わたしが作りたいの。調理場と食材を借りるわね」

「この子たちはどんなものを食べるんですか?」


 ニルスが興味津々に聞いてきた。

 あら、さっそく猫仲間、ゲットかしら?


「とりあえず今日はさっとできるものを作ろうと思って。えっと、お肉とかお野菜とかは何がある?」


 猫のご飯と言えば、鳥とかネズミとかを狩って丸ごと……が理想なんだけど。

 元・人間にそれはちょっとハードルが高い。


 最初のご飯は人間が食べてもおいしそうなもので、お猫様も食べられるもの。


 ニルスとケントが出してくれた食材から、鳥のささみ肉とさつまいもとリンゴを選ぶ。

 あ、ヤギミルクなんてものもあるのね!


 ヤギのミルクはちょっと癖があるけど。だけど、牛乳アレルギーの人でも飲める優れもの。

 戦時中とか、栄養失調でお乳が出ないお母さんが、ヤギミルクを赤ちゃんに与えていた……なんて話も聞いたことがあるくらい。


 だから、きっと猫もだいじょうぶなはず。


 少なくとも牛乳をお猫様に与えるよりはリスクが少ない……と思う。それでも大量には与えないけどね。風味をつける程度で。


 さて……。ささみ肉は筋を取ってから、お湯で湯がいて、食べやすい大きさに裂いておく。

 さつまいもは、お猫様の口でも食べやすいサイズに切ってから蒸す。

 ささみ肉とさつまいもをお皿に入れて、粗熱が取れたら、小さく切ったリンゴも入れて混ぜる。

 最後にヤギミルクを少々入れて、絡めたら出来上がり!


 とりあえず今はこんなところね。

 今度、時間がある時にでも、ささみ肉の猫用ジャーキーとか猫用クッキーとかも作っておこう。

 鰹節も作れるといいんだけれど……。無理、かなぁ……。


 さて、ラグにゃんとロッシーは、このご飯を気に入ってくれるかしら……。



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