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第5話 どうしてこの世界にはスマホがないのだっ!

 初対面のお猫様を、いきなり弄り倒すのは駄目だから。

 ベッドの下のロッシーはそのままにして、ラグにゃんをそのベッドの上にそっと下ろす。


「さあ、今日はもう寝ましょうね」


 言いながら、部屋の隅の暖炉の方へと向かう。

 この世界、電気とか電灯はないのね。だから、灯りと言えばローソクで。

 わたしは、暖炉の上に置かれていた燭台の、そのローソクに息をふきかけて、その火を消す。

 暗くなる部屋。

 だけど、カーテンの隙間から月の灯りが部屋の中に差し込んでくるから、完全な暗闇ではない。というか、満月に近いから、月明かりが寧ろ眩しいわ。カーテン、びっちり閉めようかな……? そうすると、暗すぎるか……。ま、ちょっとだけ、開けておこう。


 ベッドにそっと入り、毛布をめくる。

 ラグにゃんは、わたしが隣に滑り込んでも、逃げなかった。

 嬉しくなって、その背を撫でる。


「明日起きたらご飯を作るわ。トイレの猫砂……は、この世界にはないから、新聞を使うかな。人間用のおまる的な便器でいいかな。ちょっと考えよう。猫草になるものも……あるかな? 探さないと。やることがいっぱいだわ。ふふっ! 下僕モードでお世話するから安心してね」


 撫でながらそんなことをわたしが言えば、細い声でラグにゃんが「にゃー」と鳴いてくれた。


 うっはーっ! マジ可愛い。よだれが垂れそう、いかんいかん。


 ベッドの枕の側で、丸くなったラグにゃんの背中をなぜていたら、そのままラグにゃんは寝息を立てて眠ってしまった。

 あまりのかわいさにうっとりして、わたしはなかなか寝付けなかったけどね。



 ☆★☆



 さて、朝が来た。おはようございます。


 いつの間にか、ラグにゃんは、わたしの足元に移動しており、そして、その横にはロッシーが。二匹、肩を寄せ合って丸くなって眠っていた。


 もう一度言いましょう。

 寄り添う二匹のお猫様が、すやすやとお眠りになられている。


 ……もう、悶絶するほどの、かわいらしさよ。

 わたしは叫びださないように、両手で口を押さえたわ。口を押さえたら、鼻息が荒くなった。マズい。鼻息で、寝ているお猫様を起こしてはイカン。

 落ち着けわたし……と思うんだけど。どうしたって滾ってしまうのよ。この心がっ!

 この瞬間を、このまま永久に保存しておきたい……。

 ああ、どうしてこの世界にはスマホがないのかっ! 

 写真機というか、カメラでもいいけどさっ! 

 もしもあったら、絶対に何千枚でも何万枚でも写真を撮るというのにっ!

 この異世界、機械文明がないというか、そこまで発達していないのよねえ……。悔しいわ。

 だって、服は手縫いで、移動手段は馬車だっていうレベル。


 ……ちょっと待って。電力とかって、前の世界ではいつ発見されたんだっけ? 

 たしか……電池ができたのは……ええと、西暦の……千八百年代とかか? ということはつまり、江戸時代程度の文明なのか、この世界。あ、江戸は日本だ。ええと……名前が横文字だから、ヨーロッパ文明? 世界史にはあまり詳しくないのよね、わたし。有名な事件とかなにかあったっけ? 産業革命とかそのあたり……って、異世界と元の世界の歴史を比較しても無意味か。


 とにかくこの世界、電気や電力はない。つまり、スマホも写真も無理という結論。


 むー……、お猫様のかわいらしさを写真に収めるのは無理か……。

 だったら、絵師を雇うかっ! 描いた絵を眺めるしかない……?

 ああ、だけど……、絵師がお猫様を描いて。それが、この世界に広まったら……?


 マズい。

 この世界には、お猫様はいない。

 わたしが魔法で創り出した特別な、珍しい生き物だ。しかもこんなにもかわいいんだものっ!

 希少価値。つまりは高値で売れてしまうっ!


 ……わたしのお父様に見つかったら……。いや、お父様じゃなくても、この愛らしくてかわいらしい生き物を見たら、誘拐したくなるだろうっ!


 ……お猫様のお世話をすると同時に、お猫様を保護する魔法の開発も急がないといけない。


「お父様から守る、それ以外の悪党共からも。うー、しばらくの間は、この伯爵家から出さないように注意しないと……。わたしはお猫様の下僕兼護衛。守ってみせよう、可憐な命っ!」


 両手を握りしめて、ごごごごごごごと、背中に炎の幻を背負う如く燃えていたら。


「にゃーん」


 ラグにゃんだ。こ、これは、もしや朝鳴き⁉

 いや、違う。猫は薄明薄暮性の生き物で、夜も明けきらないような早朝や薄暗い夕方に行動が活発になるんだけど……、その場合は「要求を叶えろっ!」とばかりに「にゃあにゃあ」鳴くらしい。体験したい。でもラグにゃんは、ややぼんやりとあたりを見回しているだけだ。


「おはよう、ラグにゃん。よく眠れた?」


 そっと声をかけてみる。すると、ベッドのシーツの上を、四つ足でトコトコ歩いてやってきて、わたしの膝に、前足をかけてくれた。


「にゃあ」


 膝に、肉球の感触がっ!


 ズガーンとか、ズドーンとか。わたしの心の衝撃が走る。

 に、に、に、にくきゅううううううううううううっ!

 憧れの、にくきゅううううううううううううううっ!


 ぷにぷにの、ピンク色の肉球が、わたしの膝にっ!

 何なのこの感触っ! ふわふわの長毛を撫でるのとはまた違った、格別の心地っ!


 天国だ。ここは天国に違いない……。


 あまりのすばらしさに、魂が抜けそうになっていたら、ラグにゃんは「にあ?」と不思議そうに首をかしげて、わたしを見上げてきた。


 ……悶絶。


 床に転げまわって、その床をバンバンと叩きまくりたいほどのかわいさ。

 元々のステファニアさんも、人間としては結構可憐な部類だと思ってたけど。猫化したあとは可憐なんてレベル、ぶっちぎっている。


 天使よ天使。


 背中に羽が生えていないのがおかしいレベル。

 あー……でも、駄目だ。

 お猫様のお背中に羽が生えていたら、お猫様はあおむけになって寝っ転がれなくなってしまう。

 つまりは、あの憧れの「へそ天」ができないということで……。

 お猫様に羽は不要なのか……。

 ついていてもかわいいとは思うけど。

 羽根のないお猫様のフォルムは完成された究極のかわいらしさなのか……。

 納得……って、わたし、昨夜からかわいいしか脳内にないわ……。


 しかし、夢のお猫様であるからして、仕方がない。

 このかわいらしさを心行くまで堪能……って、ああああ、そうじゃないっ!

 お世話をっ! 

 お世話をしなければっ!

 この世界には、猫草もキャットフードもなければ、動物のお医者さんもいないのだっ! ごはんの支度。トイレの準備。栄養管理に健康管理っ! 


「みゃー」

「ラグにゃん……。わたしにおはようを言ってくれたの?」

「にゃ」

「うふふ、いい子ねー。ラグにゃんはホントいい子だわ……。かわいくって愛おしくって……わたし、しあわせだわ。ありがとう」


 しあわせだ。

 きっとわたしはこの瞬間のために転生した。

 いや、まだまだ。もっとしあわせになりましょう!


「御不浄は大丈夫かしら? 先にご飯がいいかしら?」


 そう聞いたら、人間語を理解しているように、ラグにゃんは「にゃ!」と鋭く言って、ベッドからひらりと降りた。そして、今いる寝室のドアのほうまで歩いていく。

 ドア……と言ってもこの寝室にはドアが三つある。

 一つは廊下に向かうドア。

 もう一つは、隣のわたしの私室に廊下を通らずに直接行けるドア。

 ラグにゃんがカリカリと掻いているのは、三つ目のドア。そこはバスルームに直結している。


 そっと、バスルームのドアを開けると、ラグにゃんはすっとドアの隙間から入り、バスルームの中をうろうろとした。


「ああ……トイレよね……」


 元の世界の紀元前の古代ローマ時代は、下水道の技術が発達していて、水洗トイレがあったらしいのよね。でもヨーロッパとかは排泄はもっぱら外か、おまる……。


 で、この世界はどうかというと……。

 王様のお住まいになる城とか修道院には、ガルダーオーブと呼ばれる突き出したトイレがあって、排泄物は直接堀や川に流れ込む仕組みが一般的らしい。

 けれど、このカッシーニ伯爵家にはガルダーオーブはないのよね。

 あるのは座るところに丸く穴の開いた椅子。その座面の下に壺が置いてある……という感じ。

 座って、排せつ。使用人が片付けて、きれいにする……。まあ、そういう感じ。


「うーん、椅子型おまる……ね。うん、わたし専用と、ラグにゃん専用と、ロッシー専用で、とりあえず三つ用意してもらえばいいか」


 三つ並べて。それから、間に衝立を置いて、ちゃんと個室を作ろう……。さいわいバスルームは広い。窓もあるから換気もできる。


「とりあえず、今はここを使ってね。ちゃんとそのうち、座面を広くして、足で砂掛けとかできるようにするわ」


 ラグにゃんが椅子型おまるにひらりと乗ったので、わたしは後ろを向く。

 いやほら、生まれた時から猫ならともかく、元人間だから。

 猫だろうと見られて排泄は嫌だよね……。


「御不浄、ゆっくりどうぞ、ラグにゃん。わたしは今のうちに着替えるわ」


 今日は元々、新婚初夜明けのはずだったので、午前中は予定などはない。

 ディナーとかはカッシーニ伯爵夫妻……ジュリオ様のお父様やお母様とご一緒することになっているけど……。あ、それまでに、ジュリオ様のことをどう説明するか、考えてもおかなければ……。


 さて、なにからやろうかな……と、考えながら、寝室を通り、わたしの私室のほうへと向かって行った。




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