第3話 真実の愛の下僕だと……⁉
……えーと、どこからツッコミを入れようかな。
まずわたしはキアラ・ディ・コズウェイではなく、あなたと書類上は婚姻を果たしたので、もうキアラ・デ・カッシーニとなりましたよーとか。
わたしと子づくり、しないつもりなのかなーとか。
その場合、カッシーニ伯爵家の莫大な借金をどうするつもりなのかなーとか。
だってねえ、カッシーニ伯爵家の事業が失敗して、背負ってしまった借金は、ものすごい金額よ?
カッシーニ伯爵家の財産全部売って、爵位も返上して、平民になったカッシーニ家の皆様が、一家総出で一生働きまくっても返せないほどの金額だよ?
わたしと結婚して、わたしにカッシーニの血を引く子を生ませて、それでお父様がこの家を乗っ取る……。そのために、お父様はその莫大な借金を肩代わりしたのよ。
ご理解いただけておりますか、ジュリオ・デ・カッシーニ様?
あなたがわたしを孕ませない限り、このカッシーニ伯爵家に未来はないよ?
わたしがお父様の思い通りに子を産めなかったら、肩代わりした借金に利息を付けて返金を迫られるよ?
そうなったら、もう、没落どころかこの世からさよーならーしたほうがマシな人生になるんじゃない? わたしのお父様、人身売買なんて簡単にやっちゃう程度は悪魔だよ?
なのに、わたしを愛することがない?
夫婦の交わりは拒否?
いや、別に、わたしは、まあ、出戻ってどっかに売られる程度かもしれないけど、カッシーニ伯爵家の皆様は、死んだほうがマシな人生を送らせられるかもしれないんだよ?
それでもいいの、ジュリオ様?
新婚初夜の、夫婦の交わりを想定された、わたしの寝室。
そこの大きなベッドに腰かけながら、わたしはわたしの腰まである長い黒髪をくるくると弄る。
えーと、なんて言って差しあげたらいいのかなっていうか、ぶっちゃけ、どーしよっかなー、コイツって。
ちょっと考えていたら、またもやジュリオ様に怒鳴られた。
「聞いているのかキアラっ! この俺がっ! お前を愛することはないと言っているのだっ!」
あーうるさい。だから、なに? 訳が分からないな、ジュリオ様って、癇癪持ち?
「聞いてますよ。愛することはないからなに? なにが言いたいの? そのステファニアさんとやらが、カッシーニ伯爵家の借金、全部背負ってくれるんですか?」
それができるのならば、最初からわたしのお父様なんかに関わっていないよねぇ……。
「はっ⁉ 借金? なにを言っている。ステファニアは平民だ。金などあるわけないだろう」
「だったら、ジュリオ様のほうこそ、一体全体なにが言いたいんですか? わたしと離縁してステファニアさんとやらと婚姻を結びたいの? それともそのステファニアさんを愛人にするからよろしくとでも?」
要求はわかりやすく言ってほしい。
愛することはないからなんだというのだ。
愛なんて、元々ないだろうに。
だって、わたしとジュリオ様は初対面。
愛なんて、あったら逆にびっくりだ。
「お、俺は今『お前を愛することはない』と言ったんだっ!」
「だから、なにってこっちも聞いているの。要求は具体的に、さっさと言ってください」
うざったいなあ、この男。
もしかして、愛することはないと言われて、ガーンとかショックを受けて、あなたがわたしを愛してくださるように、わたしはあなたに尽くします……とか言わせたいの? マウント取り?
馬鹿か、この男。
あら、失礼。本音が。
それともわたしがジュリオ様のことが好きで、どうしても結婚したくて、借金の肩代わりに、無理矢理、わたしがジュリオ様との結婚を迫ったとか、勘違いしている?
馬鹿か、この男。
あ、また言っちゃった。
わたしはねえ、お父様に引きずられてカッシーニ伯爵家に来るまで、ジュリオ様なんて、存在すら知らなかったわよ。
わたしの頭の中にはお猫様のことしかない。
この猫の居ない世界で、どうやってお猫様を飼うか。
魔法で猫を作って、成功したら二匹三匹と増やしていって……最終目標は、多頭飼い。猫カフェのようにたくさんの猫に自由に過ごしてもらい、そのお世話をすることだ。
ああ、憧れの猫カフェ……。一度行ってみたかった。
前の人生の時、店舗の前までは行ったことがある。行ったことだけは……。
だけど、入口付近ですでにくしゃみ連発、鼻水が止まらない。その上目が充血した……。
ううう、なんという悲劇。なんという屈辱の日々。
絶対に、わたし、この世界で猫を飼う。
そしてできれば猫カフェを作る。
そのわたしの頭の中に、ジュリオ様なんて一ミリグラムも存在していないよっ!
と、叫んでやろうとしたら、いきなり廊下側のドアがばーんと開いた。
「ジュリーさまあああああああっ!」
「ステファニアっ!」
入ってきたのはエプロンドレスを着た女性。あ、この服、カッシーニ伯爵家のメイドの制服よね。
侍女が、ノックもなしに、寝室に入ってくる?
しかも、ジュリオ様のことをジュリー様なんて呼んでるぞ?
なんだそれ? 愛称? ニックネーム? それとも二人だけの秘密の呼び名♡とかか? うわ、マジサムイ。
「いきなりごめんなさい……。ジュリーさまがあたし以外の女に触れるの、耐えられなくてっ!」
うるうると、ジュリオ様を見上げる瞳は実に可憐。
えーと、あれだ。お猫様に例えるのなら……そうっ! ラグドールっ!
瞳がブルーの長毛種。胸の前まで長めの被毛。ずっと撫でていたくなるふわふわの毛並み。顔や耳、手足の先、しっぽなど体の一部に濃い色が入っている。鼻のピンクもかわいいの。
うん、このステファニアさんとやらの髪の毛もそんな感じ。薄ピンクのふわふわで、柔らかそう……。瞳もブルーだからか、なんかステファニアさんがラグドールに見えてきた。
猫っぽいのはジュリオ様もかしら。
じーっと、ジュリオ様を観察してみる。
ジュリオ様は……そうね、猫に例えるのなら、ロシアンブルー。
光沢感のあるブルーの美しい毛並みと印象的なグリーンの瞳。
ジュリオ様って、髪が青で目が緑だから、色合い的にもちょうどぴったり。
スリムでしなやかな体つきと、凛々しい耳と鼻筋の通った顔立ちというところもますますロシアンブルー似よね。
あ、ちなみにわたしを猫に例えると……黒髪に、夜の月みたいな金の瞳だから……そうね、黒猫かしら?
……などと、猫に例える妄想をしている間に、ジュリオ様とステファニアさんは手と手を取り合って、唇がくっつくくらいに顔を寄せ合っていた。
「ステファニア……」
「メ、メイド風情がごめんなさい……」
「俺が愛する女はお前だけだ。そっちの女には今言い聞かせていた所だ。この俺の心はステファニアだけのものだとな……」
「本当……?」
「ああ、本当だ」
「嬉しい……。あたしもジュリーさまだけを愛しています……」
「ああ、俺もだ……。俺たちの『真実の愛』は、そんな女には壊されない……」
あー……、はい、理解しました。
さっきのわけがわからない『お前を愛することはない』とかいうセリフは、演劇とかネット小説とかで良くあるアレですね?
伯爵家の嫡男であるジュリオ様と、その伯爵家で働くメイドのステファニアさんは身分を乗り越え『真実の愛』で結ばれている。
そこに現れた、愛する二人を引き離す『悪役令嬢』とか『悪女』とかの役が、このわたし。
そういう配役を当てられて、それに即したセリフをジュリオ様がおっしゃったと……。
馬鹿か。
馬鹿でなければ自分たちの『真実の愛』とかに酔ってるわけだ。
ヒーロー、ヒロイン、そして悪役って。テンプレートねえ……。
つまり、これはあれだ。
わたしのお父様を恨みに思って、わたしを誘拐なり殺害なりを試みようとした、あの悪党さんたちと一緒というか、カッコでくくったら、同類項的と考えて良いってことね。
じゃあ、いいよね。
この二人も、いいよね。
わたしはじっと二人を見つめた。
うん、大丈夫。
ステファニアさんはラグドール。そして、ジュリオ様はロシアンブルー。
しっかりと、認識できましたとも。
にっこり笑って、わたしは言う。
「ジュリオ様にステファニアさん。『真実の愛』で結ばれているお二人が愛し合い、睦みあい、子を成して、その子を可愛がる……。つまり、お二人がずっと愛し合える環境を、このわたしが整えれば良いということですね?」
「わかっているじゃないか。そうだ、その通りだともっ! キアラ、お前はこの俺たちの『真実の愛』の下僕となるのだっ! 名目上の妻として、飼い殺しにしてやるから覚悟しておけ! もちろんお前に手を付けることなどないっ! ステファニアが産んだ子が、このカッシーニ伯爵家の正当な後継ぎとなるのだっ!」
名目上の妻ね。はいはいオッケー。わたしのお父様をどうにかしないといけなくなるだろうけど、それは後からでいい。目先の利益が優先よ。
それから、下僕? もちろんです。
心を込めてお仕えさせていただきます!
で、ステファニアさんはどうでしょう?
ちらりと視線を流せば、ステファニアさんもしあわせに上気していらっしゃいますかね?
……うーん? よく見れば、なんかちょっと演技っぽいけど。ま、いっか。
「も、もちろんですっ! ああ、あたしがジュリーさまの子を産んで、このカッシーニ伯爵家が栄えていく……」
ちょっと、どもったけど、目もちょっと泳いだ……けど?
相思相愛、なんだよねえ……?
「素晴らしい未来じゃないかっ!」
「ええ、ジュリーさま。あたし、うれしい……」
とりあえず、ええ、と言って、うれしいと言ったんだから。オッケー、承諾という範囲で大丈夫でしょう。
ご本人様のご意志の確認作業、完了。
魔法の発動条件は整った。
「では、ジュリオ様とステファニアさんにわたしからの祝福魔法『猫ネコはっぴーパラダイス☆』をかけさせていただきますっ!」
「へっ⁉」
「はあ?」
手と手を取り合うお二人に、素早くわたしの魔法をかける。
キラキラとした光に二人の姿が包まれた。
その光がだんだんと消えていって……。
「あああああああっ! かわいいいいいいいっ!」
わたしは思わず叫んだわ!