第26話 ★ステファニア視点★
ウチにはお金がない。
お母さんも働いて、あたしだってカッシーニ伯爵家っていう立派な貴族のお屋敷で、下級のメイドだけど働いているっていうのに。
働いても、働いても、すぐにお金が無くなる。
それは、お父さんのせい。
お酒を飲んで、賭博に興じて。
いい加減にまじめに働いてもらいたい。そう思っていたのに……。
ある時、そのお父さんが、賭博で大負けした、らしい。
「あー、金はねえけどなあ。うちの娘を娼館にでも売れば、負けた分くらいの金にはなるだろう」
へらへらと笑うお父さん。
信じられなかった。
あたしを、売るの?
賭博で負けたから?
泣いて、嫌だと言ったら「だったらステファニア。お前が働いてるお貴族様の、ご子息様でもなんでも誑かしてこいよ」と、また、へらへら笑う。
「あ、良い考えだろー。お前は、お貴族様の愛人にでもなって、楽な暮らしをして、こっちは金をがっぽがっぽもらって、楽しい暮らしだ。持つべきものは、かわいい娘だよな」
お父様の言いなりになるのは嫌だった。
だけど、そうしないと、あたしが、娼館に売られてしまう。きっと、お母さんだって。
カッシーニ伯爵家のジュリオ様に、必死になって、媚を売った。
運よく、ジュリオ様はあたしに恋をしてくれた。
『真実の愛』だとか言って、たくさんプレゼントもくれた。
そのプレゼントは全部質屋に行って、お金に換えられて、そして、お父さんの賭博代になった。
あたしは、ジュリオ様に申し訳ないと思いつつも、恋をしているふりを止められなかった。そうしないと、どうなるかわからないって恐怖で。
だけど、ジュリオ様はやっぱり貴族で。
親に決められた婚約者がいて、そして、結婚をするという。
そうして、あたしはカッシーニ伯爵から解雇された。
多分、カッシーニ伯爵は、あたしとジュリオ様の関係を知っていたのだろう。
今までは、放置されていたけど、結婚して、奥さんになる人がカッシーニ伯爵家に来ることになれば、あたしなんて置いておけないってことなんだろう。
ああ、どうしよう。
あたしは、どうなるの?
お父さんに、娼館に、売られるの……。
そんなの嫌だった。
だったら、ジュリオ様の愛人にでもなったほうがマシだった。
少なくとも、ジュリオ様は、あたしのことを好き、みたいだし。
だから、こっそりと、カッシーニ伯爵家の本宅に入り込んで。
初夜が行われるその部屋に飛び込んだ。
「ジュリーさまあああああああっ!」
「ステファニアっ!」
飛び込んだ、ら……。
「ジュリオ様にステファニアさん。『真実の愛』で結ばれているお二人が愛し合い、睦みあい、子を成して、その子を可愛がる……。つまり、お二人がずっと愛し合える環境を、このわたしが整えれば良いということですね?」
ジュリオ様の妻になるキアラ様という方が、そう言って、更に、
「わかっているじゃないか。そうだ、その通りだともっ! キアラ、お前はこの俺たちの『真実の愛』の下僕となるのだっ! 名目上の妻として、飼い殺しにしてやるから覚悟しておけ! もちろんお前に手を付けることなどないっ! ステファニアが産んだ子が、このカッシーニ伯爵家の正当な後継ぎとなるのだっ!」
と、ジュリオ様が答えたら……。
なぜだか、わたしとジュリオ様は……、小さな、生き物に、姿を変えられた。
え、え、え。なにこれ。なんなのこれ。
なにが起こったのかわからないまま、茫然としていたら。
「ああ……、もっこもっこの長毛……。ピンクのお鼻からピンと延びたお髭……。なんて素敵なの……。くりくりっとした三角のお目目……。メラニン色素の少ないこの青い瞳は、まるで神秘的な深い海の青のようだわ……」
そのキアラ様という人が、あたしの体を撫でてきた。
いかにも愛おしそうに、大事そうに。
キアラ様は、うっとりとしながら、あたしを撫でる。
なんなの⁉
なんなのこの人⁉
混乱、していたら……。
「お父様の魔の手から、わたしが守ってあげるからねぇ……」
そのうっとりとした口調のまま、キアラ様があたしに言った。
お父様の、魔の手から、あたしを、守る……?
あたしを、娼館に売ると言った、お父さんから、あたしを……?
「うふふふ。大丈夫よ。安心して。ごはんも作って、寝る場所はわたしと一緒にベッドでいいかしら。このベッド、夫婦のあれそれ用だから、無駄に広いしねぇ……。ああ、夢にまで見たお猫様との暮らし……。うん、絶対に、あなたをしあわせにするわ……」
しあわせに、する。あたしを。
ジュリオ様だって、あたしをしあわせになんてしてくれなかった。
申し訳なくって。
だましていることを。
もらったプレゼントは全て、お父さんがお金に換えて、賭博で使って。
いつも、びくびくして生きていた。
なのに、この人は、こんなあたしをしあわせにするって……。
「うん、決めた。ラグドールだから、ラグにゃん。 ねえ、いい名前でしょう⁉」
興奮したままの声。
ねえ、本当に? 本当にあたしをしあわせにしてくれるの……?
そう聞きたくて、声を出したけど「にゃ~?」と鳴いただけ、だった。
だけど、このキアラ様という変な人は、本気であたしを大事にしてくれた。
柔らかな、ベッド。
かわいいリボン。
美味しい食事。
なによりも、安心できる場所をくれた。
もうね、おびえなくていいの。
朝起きて、目が覚めて、ご飯を食べて、のんびりして……、暖かな手に撫でられて、一日が終わる。
ああ……ここは、天国ね。
きっと、神様っているんだ。
このキアラ様は神様の御使いなんだ……。
変な人なんて思ってごめんなさい。
あなたが喜んでくれるなら、あたしの尻尾なんていくらでも触っていいよ。
あなたが喜んでくれるなら、いくらでも「にゃあ」って鳴くよ。
ステファニアなんて捨てて、ラグにゃんとして生きるよ。
そうして、カッシーニ伯爵家に乗り来んできたお父さんも追い払って。
お母さんもあたしと一緒の、お猫様とかいう生き物にしてくれて。
もうこれ以上の、しあわせはない。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
何度言っても足りないくらいの感謝を捧げるの。
ロッシーになったジュリオ様。
ラグママンになったお母さん。
あたしのしあわせは、ここにある。




