第25話 ★アスラン視点 続き★
キアラ様に請われて、ボクは彼女をお父様の残した工場へと案内した。
キアラ様は最初に思ったみたいに、怖い人ではなかったけれど……、ちょっと変わった人だった。
少なくとも、ボクが想像していた普通のご令嬢ではなかった。
なにか、変な……というか、小さい生き物をいつもそばに置いて。
その小さな生き物を見て、笑っている。
あの生き物は、なんなんだろう……?
ボクのほうから近寄って行くのも、躊躇して。
言われたことには素直に返事して。
そうしていたら、突然言われた。
お父様の残した工場が見たいって。
やっぱりキアラ様は変な人だなって、ボクは思ったけど。
まあ、動かなくなったガラクタを、お金に換えられるかもしれないというのなら、見てもらっても……。
だけど、ボクが見ても、なにがなんだかわからなかったものを、多少年上とはいえ、貴族のご令嬢が見ても……、どうなんだろう?
とてもではないけれど、なんとかできるとは思えなかった。
なのにキアラ様は、お父様の工場の、問題の道具を見て、叫びだした。
「うっそ、ちゃんとしたミシンだっ! 糸巻の軸にボビン抑え、糸調子ダイアルがあって、針に糸を通して。透明じゃないけど、針板パネルの下にはちゃんとボビンもあるっ! はずみ車も返し縫入れバーまでもついているっ! どこからどう見ても、立派な電動ミシンっ!」
ボクは、キアラ様の言葉の意味も、まったくなんにも分からない。
「えっと、キアラ様。これがなにか、わかるのですか……?」
聞いてみたけど、ボクの声は、興奮状態のキアラ様には聞こえていないみたいだった。
動かないはずの道具をひっくり返し。
そして、動かしてしまった。
キアラ様は、魔法使いなのだろうか……?
それからのことは、本当に魔法にかけられたみたいだった。
キアラ様が、キアラ様のお父様を工場に呼び出して。
ボクにはわからない交渉をして。
そして、莫大な借金の原因になったガラクタは……あっという間に、飛ぶように売れた。
しかも、更に、その道具の、製造販売を、継続中だ。新たに、作り続けていて、それを、キアラ様のお父様がどんどんどんどん売っている……。
キアラ様がもう働かなくても、遊んでいても、その道具の売り上げの二割は、キアラ様の手元に入ってくるらしい。
しかも、作りなおされたそのガラクタだったはずの道具には「カッシーニ式手回しミシン」と「カッシーニ式足踏みミシン」という名が付けられた。
地に落ちたカッシーニの家名と評判も、あっという間に回復した。
ボクは、また、茫然と、それを見ていることしかできなかった。
そんなすごい魔法使いみたいなキアラ様は……、ラグにゃんとロッシーと名付けられている小動物と戯れて、うふふ~、あはは~とご満悦だ。
なんなんだろう、このキアラ様って。
訳が分からないまま、茫然としているだけのボク。
正直に言って、状況について行けない。
それは、叔父上も叔母上も同じようで。
ボクたちは、これまでの溝を埋めるように、一緒に食事を摂り、お茶を飲んだしているのだけれど……。
ボクも、叔父上も、叔母上も、なにがなんだかわからないという気分を共有したまま、今もそのままだ。
とりあえず、ボクとキアラ様の婚姻届を作成し、そろそろその書類を貴族院に提出して……とか、叔父上は言っているんだけど。
なにか、どこか現実感はない。
叔父上も、まだいろいろな衝撃から立ち直ってはいないが、取りあえず、前を向かないとなー……と言いつつも、ぼんやりと窓の外なんかを眺めている。
そんな状態で、なにやら、元使用人の親が怒鳴り込んできた。
ジュリオ従兄上が駆け落ちをして、どこかに行った、その相手の女性の親らしい。
あ……、いないと思ったら、駆け落ちしていたのか、ジュリオ従兄上……。
またか、また、嵐が起こるのか……と思っていたら、その嵐もあっさりとキアラ様が片付けてしまった。
すごいな、キアラ様……。
ボクは、その騒ぎを、本宅の屋敷の二階から、こっそり見ていて……そして、騒ぎが収まったあと、二階のキアラ様の部屋の向かいの応接室に入って行くキアラ様と見知らぬ女性とラグにゃんとロッシーを見て……、なんとなく、廊下から、眺めていて……。
で、そのまま廊下にたたずんでいて。ああ、立ち聞きはいけないな……と思ったところで聞こえてきた。
「では、参りますっ! わたしからの、祝福魔法『猫ネコはっぴーパラダイス☆』」
ドアの、隙間から、光があふれて。
「え……?」
部屋の中にはキアラ様と、女性と、ラグにゃんとロッシーという名の小動物。
いたのは、そのはずだったのに。
「わたしの三匹目のお猫様っ! しあわせにするからねー‼」
そんな声が聞こえてきて。
三匹目の、お猫様?
たしかに、応接室の中には、小動物が、三匹いて……。
女の人は、どこに行った……?
「な、な、な……なんですか、今の、光は……、え、え、え、光が収まったと思えば、女の人が、猫に……」
なったのですか⁉
との言葉は、ボクは言い切れなかった。
女の人が、お猫様という名の小動物になる。変わる。変化する。
「あー、アスラン様。見ちゃいました? 今の……」
「み、見ました……。キアラ、様……、魔法、使えたのですか……」
見たけれど、見たものが信じられなかった。
そして、衝撃は、更に続いた。
「その……もしや三匹とも、全部、元は人間なのですか?」
「ああ、うん。そうです。こっちのロッシーは、アスラン様の従兄のジュリオ様です」
とっとっと……と近寄ってきた、一匹の、猫という名の小動物。
「ジュ、ジュリオ、従兄上……?」
「にゃー」
ぽかんと口を開けたまま、座り込んだボクの膝に、ジュリオ従兄上は、いや、ロッシーは、右の前足で、ポンッと触れた。
「ま、気にすんな。こうなった以上、しかたがない」
ロッシーの「にゃー」を翻訳してくれたようなキアラ様の声。
「そ、そ、そ、そ、そうで……ですか……」
ボクは、そうとしか答えようがなかった。
呆然。
嵐が終わったと思ったら、別の嵐がやって来たというかなんというか……。訳が分からない。
けれど、キアラ様はサラッと言うのだ。
「まあ、わたしが皆さんをお猫様にしましたけど。でも、しあわせなんだからいいんじゃないですか?」
いいんですか⁉
それでいいんですか⁉
叫びそうになっているというのに、ラグにゃんは「にゃー」と嬉しげな声を上げ、キアラ様にじゃれついて。
キアラ様も実に嬉しそうに、そのラグにゃんを撫でる。
いいのか……。これでいいのか……?
「わたしはずっとお猫様との愛ある生活を求めて、魔法を磨いてきたのです。ですから、今はとってもハッピーなんですよ。しかもお猫様のほうも、しあわせであれば、ハッピーの好循環。このまま至福の境地継続です」
「は、はあ……」
もう、どう反応していいのかわからない。
そりゃあ、借金まみれで殺気立って、もう死ぬしかないって追い詰められている叔父上を見るよりはいいとは思う。
そう思うけど……。
人間を、猫に、変えても、しあわせなら、いい……。
なんとか、それを受け入れようとしているボクに、キアラ様が更に言った。
「それで。アスラン様はどうですか?」
「え、っと。ボク……ですか?」
「そうです。アスラン様です。今、アスラン様は、おしあわせですか? アスラン様のしあわせってなんですか?」
ボクの、しあわせ……?




