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第24話 ★アスラン視点★

「アスラン様は、おしあわせですか?」


 キアラ様に、そう聞かれても、ボクはなんて答えればいいのかわからなかった。


 ボクは……元々は、お父様とお母様と三人で、別になんらかの特徴もない、どこにでもいるような、貴族としてもごく当たり前の暮らしをしていたのだと思う。


 お父様が領地の経営をして、お母様が社交をして。ボクは将来お父様の後を継ぐために、家庭教師に勉強を習い、いつか、貴族学園に入学して……という感じに。


 それが、いきなり変わった。

 ボクから見ればお父様が……おかしくなった。


 お父様は、ある日突然、まるで雷に打たれたみたいな衝撃を受けた……らしい。覚醒したとか、異世界転生したとかなんとか言っていたけど、そのお父様の言うことは、ボクにはさっぱりわからなかった。


 知識チート? 

 世界を変える?


 それで、いきなりカッシーニ家の敷地内に作業場を建てさせて。職人を雇って、その作業場内に、ご自分の部屋も作って、本宅……、カッシーニ伯爵家の屋敷には戻ってこなくなった。

 その作業場に寝泊まりして、日夜、その職人たちとああだこうだと議論を繰り返し、お父様はなにかの道具を作り出した。


 そして、完成したそれを大量生産するとか言って、作業場を増築して、工場というものを建てた。


 見本で作ったその道具を持って、いろんな商人たちと交渉をして。

 工場で、その見本品と同じものを、職人たちにたくさん作らせて。


 そして、その道具が欲しいという人が、たくさん工場にやって来た。

 注文が、ものすごい数になって、今までその道具をお父様と一緒に作っていた職人だけじゃ、間に合わなくなった。

 もっとたくさんの職人を雇うようになった。職人というか、工員?

 単純作業で作れるところは工員に任せて、調整が難しい部品は職人に作らせるとか、分業? とかいうことをしていた。


 それでもその道具が完成するより前に、どんどん注文が入ってくる。

 割増料金を払うから、先にその道具が欲しいとかいうお客さんも増えて。

 道具と引き換えではなくて、先にお金を払うから……と、金貨を置いて行くお客さんも増えて。


 金貨なんて、これまでボクは見たことがなかった。

 なのに、工場のお父様の部屋には、その金貨が恐ろしいほどに積み重なっていった。


 金貨なんて、金庫に入れておかなくていいのかな……?


 ちらと、お父様の工場の部屋を覗いたボクはそう思った。金貨をむき出しで、そのまま置いておくなんて……怖いなって。

 今までは、お金は大事なんだよ。そう、お父様は話していたのに……。


 だけど、お父様は忙しそうだったから、お母様に聞いた。


 そうしたら、お母様は、最初はこっそりと、次第に堂々と、そのお父様の金貨を持ち出すようになっていった。


 それって、泥棒じゃないのかな……。そう思ったけど。別の人に相談したら、今度はその人が、お母様のように、金貨を持ち出すかもしれない。

 そう思ったら、誰にも相談もできなくなった。


 ボクは、ただ、見ているだけしかできなくて。


 お母様の指には大きな宝石のついた指輪がたくさん嵌められるようになった。

 ネックレスとかも、何重にも首にかけている。

 ドレスも、それまでの上品なものから、恐ろしいほど華美なものへ変わっていった。


 お父様も、作れば作るだけ、売れるんだ! 金が入ってくるんだって、大笑いして。お母様の様子なんか、気にも留めない。


 なんなんだろう? 

 ボクにはなにがなんだかわからないまま、周りの様子が変わっていく。

 どんどんどんどん変わっていくその様子は……まるで嵐のようだった。


 それまでの常識も良識も、吹き飛ばされて、飛んでいく。


 嵐……、台風とか言ったっけ?

 台風の中心は、雲も少なく雨も降らない。普通に考えれば、嵐の中心に近づけば近づくほど、その雨や風は強くなると思うのに。なぜか、台風の時は、中心だけは凪いでいる。


 ボクは、その台風の中心で、周りの嵐を眺めている……そんな気がしていた。


 そして、なにもできないままでいるうちに、突然、お父様が亡くなった。

 神様からの罰を受けたのかと思って、ボクは震えた。


 その証拠のように、今まで飛ぶように売れていた道具が、いきなり動かなくなったのだ。


 工員や職人たちが、これまでと同じように作っているのに、売れに売れていた道具が動かない。


 工場の工員たちも、職人たちもなにがなんだかわからないまま。

 道具を買ったお客さんたちからは、動くものと交換しろとか、新しいものを寄越せとか言われるようになった。


 それでまず、職人たちはお母様にどうにかしてほしいと言いに行ったらしい。

 だけど、お母様はその道具のことはわからない。


「知らないわよっ!」


 ご自分の責任にさせられたくないのか、お父様のお葬式も出さないまま、離縁の書類を勝手に作って。そして、お母様はたくさんのドレスとたくさんの宝石を持って、ご実家に帰られてしまった。


 お母様はボクのことなんか、忘れてしまったみたいに、ボクにはなにも言わずに出ていったのだ。


 今度はボクがみんなに……なんとかしてくれと言われるのかと思った。だけど、違った。

 ボクは……まだ子どもで。爵位を継ぐ年齢に達していない。

 だから、カッシーニ伯爵家の家令か誰かが……リナルド叔父上とロロナ叔母上のところに話をしに行ったらしい。


 叔父上と叔母上も、かなり混乱していたけれど、とにかく、お父様のお葬式を出してくれた。

 大人の話はよくわからないけれど、ボクが後を継ぐ年齢ではないからということと、お父様のお葬式の喪主も務めたということで、爵位も、叔父上が継ぐことになった。


 多分、叔父上も、なにがなんだか、わからないまま、だったんじゃないのかな?

 そうでなければ、爵位を継ぐなんて、了承しなかったと思うのに。


 とにかく、叔父上が、新しいカッシーニ伯爵となってしまった。


 そうしたら、全ての責任が、叔父上のものになってしまった。

 つまり、お父様の残した道具の不具合の責任も、叔父上が取らざるを得なくなってしまったのだ。


 叔父上の顔は、日に日に険しくなっていった。そして、見る見るうちにお瘦せになった。ロロナ叔母様もだ。


 叔父上と叔母上にも一人息子がいた。それがボクの従兄であるジュリオ従兄上。

 ジュリオ従兄上は、叔父上と叔母上のことなんか気にせずに、カッシーニ伯爵家で下級メイドとして働いているなんとかって名前の女の子と遊んでいる。

 叔父上や伯母上も、ジュリオ従兄上に構っている余裕なんてなかった。

 ボクのことも、はっきり言えば、放置状態。


 同じ屋敷に住んでいるのだから、たまに顔を合わせることもあった。そんなときは、ボクをものすごい形相で睨みつけてくるけど。ただ、それだけ。


「お前のせいじゃないっ! ……だけど、お前がせめて十五の年を過ぎていれば……」


 唯一、言われたのは、これだけだ。

 そう、ボクが成人であれば、お父様の不始末は、ボクが取らなければならなかったのだろう。


 だけど、ボクはまだ、成人の年にはなっておらず、そして、お父様の兄弟は、リナルド叔父上しかいなかった。


 元々の、工場のお父様の部屋にあふれていた金貨は、あっという間になくなって。そして、本宅の屋敷の……今は、リナルド叔父上のものとなった執務室には、借金の証文だけが増えていく。


 ボクは、それを、見て、いただけ。

 つらいのは、叔父上で、ボクじゃない。


 たくさんの人の罵倒を、その身に受けていたのは、叔父上だ。


 いきなり降ってきた恐ろしいほどの借金と、責任に、押しつぶされそうになっても、なんとか耐えていたのは、ボクじゃない。


 ボクを責めるほどの余裕もなかったのだと思う。


 ボクが、被るべき責任を、叔父上が引き受けて。

 せめて、殴られたりでもすれば、ボクの気は、少しは軽くなったのかもしれないけど。


 そうして、なにもできないボクは……本宅の自分の部屋から出て、工場のお父様の部屋にこもるようになった。


 ここに居れば、嵐の中で苦しんでいる叔父上と叔母上を見なくてすむから。

 それが、最大の理由だけど。


 ちょっとだけ、期待もしていた。この部屋に、もしかしたらなにか……お父様の残したなにかがあって、それで、現状をなんとかできるかもしれない……って。


 道具の、設計図。

 お父様の書いたメモ。


 何度も見た。たくさん考えた。

 だけど、なにがなんだかさっぱりわからなかった。


 ただボクは、嵐を避けるように、隠れるように、お父様の部屋にいただけだった。


 なのに。


「今まですまなかった、アスランっ! どうか、このカッシーニ伯爵家を救ってくれっ!」


 叔父上に、呼び出されて。久しぶりに本宅の屋敷に向かった。すると玄関ホールで叔父上と叔母上が、頭を床につけて、ボクに謝ってきた。


「えっと……? 叔父上、叔母上?」


 訳が分からない。

 家令か、使用人か、誰か事情が分かる者でもいないかと、きょろきょろとしたら、進み出てきたのは一人のご令嬢。


 黒くて長い髪の毛を、後ろで一つに結んでいる、ちょっとつり目っぽい感じの黄色というか、金色の瞳がボクを見ていた。

 誰だろう……?


「初めまして、アスラン様。わたしはキアラと申します。その、こちらのご子息であるジュリオ様と婚姻を結び、キアラ・デ・カッシーニとなる予定だったのですが……」


 えっと? このご令嬢は……ジュリオ従兄上の奥さんになる人……?


 なにがなんだかわからないけれど、そのキアラ様がざっくりと説明をしてくれた。


 つまり、このキアラ様のお父様が、ボクの父上の作った借金をなんとかしてくれるということで……。

 キアラ様の説明の、全部が理解できたわけではないのだけれど。

 とりあえず「わかりました。つまり、ボクがキアラ様と婚姻を結べば、取りあえず、当面の危機は逃れられるということですね?」と答えたら、叔父上にものすごく感謝をされてしまった。


「ありがとう、本当にありがとうアスラン。今まですまなかった……」

「いいえ、叔父上。元はと言えば、ボクの父が……」

「それは、私の兄でもあるのだ。それに、私は大人で、アスランはまだ子どもだ。子どもに対する態度ではなかった……」


 すまない、すまないと、叔父上はボクに何度も謝罪を繰り返した。


 謝ることなんて、ないでしょう。

 だって、叔父上は、ボクのお父様の後始末をしてくれたようなものなのに。

 ボクにさせるのではなく、叔父上がしてくださったのに……。


 たしかにボクは子どもで、だからこそ、できることがなくて。

 お父様の責任を取ることもできなくて……。


 だから、キアラ様とボクが結婚をするなら、全て丸く収まるというのなら、それでいい。

 もしも、キアラ様が、ものすごい怖い人だとしても、今度はボクが、叔父上が引き受けてくれた責任のいくらかでもボクが引き受けられるのなら、それで……って。

 そう思った。


 そのはずだったのに……。


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