第22話 スザンナさんの、しあわせ
と、言っても。スザンナさんのしあわせをわたしが分かるわけはない。
聞くしかないでしょう。
「スザンナさんのしあわせってなに?」
「しあわせ……ですか……」
そんなこと、考えたこともなかった……と、スザンナさんは、ぼんやりしている。
つらいときとか、くるしいときって、しあわせがなにかなんて、わかんないものねぇ。
とにかく痛いこととか嫌なこととかがあっても、身を小さく縮めて、嵐が通り過ぎるのを待つしかできなくなるの。
つらい、ならば、現状を変えようっ! なんて頑張れるのは一部の人だけ。
つらいのが重なるとね、逃げようってことすらできなくなる。
ただ、ひたすら、我慢。
で、つらいことを、ずっと我慢しているとね、動けなくなるの。
だから、童話のシンデレラみたいに、頑張って王子様ゲットするぞーなんて、舞踏会に行くの、普通は無理。そんな気力なんてないわよ。
魔法使いさんが来て、ドレスを着させてもらっても、もっと悪いことがあるんじゃないかって怯えて、怖いことが起きないようにって、ひたすら小さくなっているの。
舞踏会を楽しむ? 無理無理無理。舞踏会なんかに連れていかれたら、またここでも何か怖いことが起こるかもって、会場の隅っこで小さく震えるしかできないわよ。
いきなり王子様と会場の中央でダンスなんて、どれだけ心臓強いのよシンデレラって……。
普通の人間は、シンデレラみたいに強くない。我慢して、我慢することが当たり前になって、目の前にしあわせへの切符が落ちてきたところで、そんな切符、信じられないものよ。
また、だまされて、もっとつらくなるかもしれない。なら、現状維持のほうがまだマシだってね。
そういう状態で、しあわせってなんですか……なんて聞かれても、わからないんだろうなあ。ぼんやりしたまま、それ以上、スザンナさんはなにも答えてはくれない。
だったら、強制的に、二択、してもらう。
「あのね、待っていても、ステファニアさんは帰ってこないのよ」
断言する。
するとスザンナさんは、泣きそうな目でわたしを見た。
「どうして……ですか。いつか、いつか娘が帰ってくるかもしれない。それだけが、希望なのに……」
いつか帰ってくるかもしれないから、夫が借金して、その夫から暴力とか受けても、ひたすら耐える。
耐えるために、娘を待つっていうことを、支えにしているだけかもしれない。
だから、言う。
待っていても、帰ってこないよ。
「だって、ステファニアさんって『人間』は、もういないから」
「嘘……」
最悪の想像をして、真っ青になったスザンナさん。
ごめんね、でも、嘘じゃあないの。
「今、スザンナさんにしがみついている、そのラグにゃん。それが、魔法にかけられて、猫になったステファニアさんの姿だから」
うん、人間じゃないの。
もう、わたしのお猫様なの。
お猫様を人間に戻す魔法なんて、知らないしね。知ってても、戻さないけど。
驚いて、ラグにゃんを凝視するスザンナさん。
ラグにゃんは「にゃー」と鳴いた。
「猫になって、ラグにゃんはしあわせだと思う。今、そう聞いたら返事してくれたし。わたし、一生懸命お世話しているの。ご飯作って、ブラッシングして、一緒に遊んで一緒に眠って。ねー、ラグにゃん」
ラグにゃんも「にゃーっ!」って元気に答えてくれた。ふふふ。かわいい。大好き。わたしのお猫様。
「だからね、スザンナさん。わたしがあなたに提示してあげられるしあわせは二つ」
のろのろと、わたしを見てくるスザンナさん。
「一つ目は、ラグにゃんとロッシーのお世話係としてこの屋敷で働くこと。いろいろお猫様のことをおぼえて、きっちり働いてもらえると嬉しい」
だって、わたしが忙しいとき、お猫様のご飯お時間が遅くなって……とか、そんなことがあったら可哀想でしょう。転生前みたいに、猫カリカリが売っていれば、買って置いておくけど。手作りジャーキーとかは、なにかのときのご褒美おやつにしておきたいし、常備しておくのもなあ……って。
「二つ目は、ラグにゃんとロッシーと同じく、スザンナさんも猫になること。親子一緒に猫になって、この屋敷でのんびり暮らす」
わたしがそう言ったら、ラグにゃんの尻尾がふわっさと揺れた。
もふもふもふもふ動いているうううううう。か、かわいいいいいいいっ!
「ラグにゃんとしては、二つ目がいいの?」
「にゃんっ!」
おお、即答っ!
「お母さんと一緒に、猫になって暮らしたい?」
「にゃんっ!」
「それとも、お話、したいのかしら? 意思の疎通は一応できるとはいえ、猫同士のほうが、おしゃべりに興じられるものねぇ」
「にゃんにゃんにゃあああああああ」
すごい、大プッシュだ。
じゃあ、わたしもスザンナさんに、二つ目の提案のほうを、推してみるか。
「……と、まあ、ステファニアさん改め、ラグにゃんは、スザンナさんも一緒の猫になって、一緒に暮らしたいと希望しているみたいですけど。どうします?」
スザンナさんはわたしとラグにゃんを何度も何度も見て。
信じられないような顔をして……。それでも考えていた。考えられるように、なってきた。
ラグにゃんが、スザンナさんに向かって「にぃ……」と鳴く。
じっとスザンナさんを見つめて、訴えるように。
「……本当に、ステファニア、みたいね、この子」
しばらくの後、ぼそりとスザンナさんは呟いた。
「この生き物になったら……、もう、酒に酔った主人に殴られたり、金を工面して来いなんて言われることも……、なくなるのかしら……」
「当然よ。わたし、お猫様はしあわせにするの。したいのよ。大事に大切に育てるわ」
「そう……ですか。そう、ですね……。この子の毛並み……ふわふわで……。ステファニアの髪の毛も、幼い時は、櫛で梳いてあげて……、こんなふうにふわふわしていたんですよ……」
当時を思い出したのか、すごく優しい顔になって。スザンナさんんはラグにゃんの背を撫で続けていた。
「……この子が、ステファニアだというのなら、一緒に生きたいです。一緒に、人生を……やり直したい」
人生は、やり直すことができないけれど、猫として生まれ変わるのなら、できる。
よし、やるぞ!
「では、参りますっ! わたしからの、祝福魔法『猫ネコはっぴーパラダイス☆』」
スザンナさん、目掛けて魔法を行使。そうして、光に包まれたスザンナさん。その光が収束して現れたのは……。




