第17話 ステファニアの事情
「こちらで働かせていただいていた娘が帰ってこないのですよっ!」
乗り込んできた一組の夫婦。
カッシーニ家の屋敷の玄関ホールに響く声。
男のほうは……なんていうか、いやーな感じ。
身なりも悪い。汚れたシャツに、伸びたひげ。目つきだけが、ぎらぎらとしている。少なくとも、貴族の家を訪ねる格好ではないわよね。
女のほうは、やつれている感じ。
申し訳ございません的に、頭を何度も下げて、そして男に「帰りましょう」と男の袖を引っ張っているんだけど……、男はその腕を乱暴に振り払う。
床に倒れ込んだ女のほうは、そのまま座り込んで、ぼんやり床を眺めている……という感じ。
「だから言っているだろうっ! ステファニアなどという娘はとっくに解雇しているとっ! どうなったかなど知るよしもないっ!」
カッシーニ伯爵も、イライラして怒鳴っている。
まー、めずらしいわ~って、そりゃそうか。
ステファニアさんのご両親ということは、きっと平民でしょうね。
伯爵家で働いていた平民の娘がいなくなったって、文句を言いに来る平民って……、ぶっちゃけありえない。
死体が出たとかならともかく。
しかも、とっくに解雇済みの、使用人。
無関係だって突っぱねて、はい終わりって案件よね。
なのに、乗りこんできた、このおっさん……、ああ失礼。ステファニアさんのお父さん。
……まあ、ね。娘が職場から帰ってこなければ、心配だよね。
それは、わかる。
でも……、わたしがステファニアさんを猫化してから、もう何か月も経っているんですけど。
すっごいイマサラ感。
心配しているんなら、失踪直後にでも来てもおかしくはないでしょう?
それとも、心当たりを全部探して、どうしようもなくて、仕方がなしにカッシーニ伯爵家にやって来た……とかなのかしら……?
それにしても遅すぎるよねえ。
ステファニアさんのお父さんもお母さんも、平民だから、伯爵家に乗り込むなんて、なかなかできなくて、今、意を決してようやく……なのかしら?
でもねえ……。
玄関ホールに響く声を、わたしは二階の廊下から、聞いていた。
うーん……。
とりあえず、わたしは自室に戻る。
「にゃん!」
ラグにゃんが、お帰りって出迎えて、わたしの足にすりすりしてくれる。ああ、かわいいー。何度されても愛いっ! それしか感想が出てこない。
ロッシーは、すり寄ってはくれないけど、その場から動かず「……にゃ」くらいは言ってくれるようになったわ。ふふふ。少しは歩み寄ってくれたのかしら。
で、いつもなら、そのままわたしはラグにゃんを抱き上げて、にゃごにゃごとお猫様堪能コースなんだけど……。
わたしは、そのまま床にしゃがみ込む。
いつもと違うわたしに様子に、ラグにゃんはどうしたのって感じに首をかしげて「にゃあ?」と鳴いた。
「あのね、ラグにゃん」
「にゃ」
「ラグにゃんは、ステファニアさんのお母さん、好き?」
聞いてみた。
「にゃっ!」
即答だった。
「じゃあ……、ステファニアさんのお父さんは?」
聞いた途端に、ラグにゃんはびくっと体を震わせて、後ずさった。
うん、これは……あれだね。
わたしの第一印象、間違っていないね。ろくでもない父親。多分。
「ごめんね、ラグにゃん答えてくなかったら、言わなくていいけど、わたし、ラグにゃんを守りたいの。だから、聞いていい?」
ラグにゃんは震えている。かわいそうだ。抱きしめてあげたい。だけど、ちゃんと聞かないと。
「ラグにゃんは、お父さんから……暴力を受けていた?」
動かない、ラグちゃん。
「ラグにゃんの、お母さんは?」
ラグにゃんの体がびくっと震えた。
うーんと、お母さんがラグにゃん……というか、ステファニアさんを庇っていた感じかな……?
「お父さんは、お酒とか、飲む? ギャンブルとかする? 借金は?」
ラグにゃんの体の震えが大きくなる。
ブルブルブルブル震えが止まらない。
「ごめんね、ラグにゃん。怖いこと、思い出させたね」
そっと撫でる。
ロッシーも、ラグにゃんの側までやってきて「にゃー」と鳴いた。
「大丈夫。守るから。わたし、ステファニアのお父さんから、ラグにゃんを守る」
そう言って、立ち上がる。
「あのね、ステファニアさんのお父さんとお母さんが、今、このカッシーニ伯爵家に来ているの。ステファニアさんが帰ってこないからって、乗りこんできたみたいなんだけど、それにしてはやってくるのが遅いよね。だから、わたしの考えでは……ステファニアさんを心配してやって来たんじゃなくて、いなくなったことを理由に、お金をせびりに来たんじゃないのかなーって」
例えば、ステファニアさんが働いていたときの、給金がまだだから、それを寄越せとか。
例えば、ジュリオ様がステファニアさんをかどわかし、そして、ステファニアさんがいなくなったとして、ジュリオ様を誘拐犯、それを訴えない代わりに金寄越せ……とか。
まあ、なにかわからないけど、たぶん、お金を求めて、今更ながら、このカッシーニ家にやって来た……かも。
うん、たぶん……ステファニアさんのお父さん、借金で二進も三進もいかなくなって、ここまできたとかだろうねえ。
そういう感じの人、お父様のところでよく見たし。
みんな、ギャンブルだとかお酒だとか女だとかで借金を重ねて。
最後にうちのお父様に売り飛ばされるコースなのよね。
そういう人たちと、同じような匂いがプンプンするわよねえ、あのステファニアさんのお父さん……。
ここで、お金をゲットできなければ、ステファニアさんのお父さん、借金取りに捕まって、海の藻屑になる……くらいの切羽詰まった事情があるのかもねー。
っていうか、その借金取りがわたしのお父様だったりね~。あはははは~。
そうでなければ、平民が伯爵家に……なんて、この中世的身分社会ではあり得ない暴挙に及ぶのも納得だわ。
わたしのお父様に借金して、返済ができないなんて……。死亡契約書にサインをしたようなものじゃない。
それに比べれば、伯爵家に乗りこむ方が数百倍マシ、なのでしょう。
これはわたしの想像でしかないのだけれど、大きく外れてはいないと思うのよね……。
まあ、それは、後で確かめるとして。
それよりも……。
「ラグにゃんは……お母さんを、守りたい?」
パッと顔を上げたラグにゃんは、なにかを訴えるように、必死に鳴いていた。
「わかった。いや、猫語はわからないけど、だけど、ステファニアさんのお母さんも、わたし、守るね」
わたしがそう言ったら、ラグにゃんが「本当……?」とばかりに鳴いてきた。
「うん、ホント。わたし、ラグにゃんにはしあわせでいて欲しいから。だから、ちょっと行ってくる。ロッシー、その間、ラグにゃんをよろしくね」
ロッシーは「もちろんだ」とばかりに「にゃっ!」と鳴いた。
さて……、そういうことで、戦ってきましょうかねー。




