佐伯さん
はぁ…はぁ…見つけた…姉さん!!
元から無いに等しい体力を振り絞り走った僕は
ついに姉さんの姿を捉えた。
予想通り姉さんはレジに並んでいる。
僕と姉さんの距離は大体、10メートル程。
まったく僕の事になると
とんでもない行動力だ…動きが追えたものじゃない。
子供の頃の玩具事件以来、姉さんは何かしらのスイッチが
入ったのか。僕が目を止めた物の殆どを与えてくれた。
貢ぎ。と言っても過言じゃない。
ある時は、同年代の全く面識がない子供が持っていたお菓子を
奪おうとしたり。また、ある時はジャングルジムの頂上にいる
威張り散らかしているガキ大将をボコボコにして
引き摺り下ろしたりしていた。
あの時は流石に父も出て来てボコボコにされた子の
家に家族全員で行き謝罪をしたのを覚えている。
相手の親もこんな可憐な女の子に懲らしめられたのかと
終始、驚きを隠せないでいた。
それ以来は暴力沙汰は無くなったが。
それ以外は無くなる事はなく今に至る。
なぜだ…姉さん。なにがそこまで姉さんを動かすんだ!!
「カイくんの笑顔はお日様みたいだね」
「カイくんが笑顔ならわたしは…」
「何だってできる気がする」
もういつ聞いたかも分からない。
そもそも本当に僕に対して言った姉さんの言葉すらも
分からない記憶が頭を過る。
しかし今は思い出す暇すら惜しい。
ラストスパートだ…姉さん!!
僕は地面を思い切り蹴る。姉さんに向かって全力で…
そして…
「ぎゃふんっ……痛い」
めちゃくちゃこけた。
周りのお客さんが僕を見ている。
と言うか僕しか見ていない。
とても恥ずかしい。
見事に足がもつれてしまった。
周りの目を気にしながら両腕を支えに身体を起こそうとする。
すると、僕の目の前に大きな掌が差し出された。
「あ…あなたは…」
「立ってください…」
僕の目があり得ないものを写す。
全く存じ上げない角刈りで眼鏡の中年男性。
紺色のスーツをスタイリッシュに着こなしている。
そして彼の眼鏡にも僕が反射し映し出されている。
なんてアホ面を晒しているんだ僕は…
彼の手を取り立ち上がる。
彼は僕の行動を分かっていたかの様に合わせて
力強く引き上げてくれた。
そうか…そうだった。
「ありがとうございます。あなたのお名前は?」
「佐伯です」
「佐伯さん…重ね重ねありがとうございます」
「とんでもない。今はそれより…」
「そうですね…」
恩人の佐伯さんの前へ出て
こけて埃がついた顔を僕は乱暴に腕で拭う。
「それに俺だけではありません。後ろを見てください」
佐伯さんに言われるがまま僕は後ろを振り返った。
そこには…
「こ…これは…みんな…そうだと言うの?…」
20人を超える人集りがひしめき合っていた。
先程、ソフトを狙いにやってきたギャラリー。
それが増えて店の通路を圧迫している。
佐伯さんは続けて言葉を紡ぐ。
「ご指示を…皆、貴方の味方です」
なんて事だ。こんなにも心強い味方はいない。
各々はやる気に満ち溢れている。
なんとしても乗り切らないといけない。
「いいのかな…僕なんかが指示しても…」
「何言ってるんだ!?お前がやらなきゃ誰がやるんだ!?」
「貴方以外の指示になんて従わないわよ!!」
「みんなでソフトを取り返そうぜ!!」
「み…みんな…っ」
なんて熱い仲間達なんだろうか
じわじわと弱い自分が払拭されていくのが分かる。
よし…着ているジャケットをはためかせ僕は再び前を向く。
腕を組み仁王立ち。
そして鼓舞する。共に戦う同士達に…
「敵は1人!!状況は劣勢だ!!」
「「「押忍」」」
「だが!!僕達にはこの状況を変える力がある!!」
「「「押忍」」」
「それは仲間と言う掛け替えの無い力だ!!」
「「「押忍」」」
「ワンフォーオール!!!」
「「「オールフォーワン!!!」」」
「よし!!行くぞぉおおおおおお!!!」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
パインっ♪
ボルテージが最高潮に達した僕等。
その場には似つかわしく無いSMSの通知音が響いた。
僕の携帯からだった。僕は軍団を制止させる。
「ちょっと待ってて!」
「「「……」」」
「姉さんからだ!なになにぃ…
ハイフロ買ったからフードコートで待ってるよ
なんか楽しそうだったから声掛けれな…かっ…た」
「「「……」」」
静寂がその場を支配した。
そして覆したのは僕だ。
「…解散!!」
「ありがとうございましたぁ
またのご来店お待ちしておりますぅ」
「姉さんまたクレカ使ったでしょ。
この前、母さんに没収されてなかったっけ?」
ショッピングモールを後にした
帰りの車の中、僕は姉さんに横目で嫌味を吐く。
運転する姉さんは素知らぬ顔だ。
クレジットカード。魔法のカードとか
お酒が酌み交わされる場ではそう呼ばれてるらしい。
19歳の僕でもそんな大層な代物ではない事は分かっていた。
姉さんはクレカを使って僕にソフトを買ってくれた。
知らない振りを通してるがきっとそうなのだ。
20歳になってからの姉さんが手にした魔法。
僕の為にそれを使わせたくなかった。
この魔法を行使すると家に、ご利用明細と言う
通知が届く。初めて届いた際、第一発見者は母だった。
勿論、怒った。
大人の母はクレカの危険性をよく理解している。
だが無駄だった。姉さんは沈黙を突き通し。
母は強硬手段で父と協力しクレカを没収した。
僕の知っている限り、姉さんの持っているクレカは
3代目だと思う…21歳にもなって何やってるんだか…
「通知は、住所変えたから。翔吾の家に…」
「あぁ、翔吾くん一人暮らしだもんね…」
やっと口を開いた姉さんの言葉に僕は納得した。
翔吾くんとは姉さんの彼氏だ。
僕も知っている。何せ僕等は幼馴染だ。
歳は姉さんと同い年の21。
もう付き合って3年くらい経つだろう。
よく家にも遊びに来る。その際
僕によくちょっかいをかけてくる。
たまに鬱陶しい、愉快なお兄さんだ。
姉の行動に対し学習したんだね。と褒めればいいのか
なにやってんの。って呆れればいいのか…
そんな事を考えながら運転する姉さんを見ていると
姉さんの頬が膨らみ始めた。なんか怒ってる?
うーん。
とりあえず萎ませよう。
それが僕の義務の様だ。
僕は膨らみ切った姉の頬を人差し指で押し返す。
ぷす〜…気の抜ける音共に萎んでしまった。
あ、復活した。
繰り返す。
復活する。
「ぷっ…あははっ何やってるの!姉さん!」
ついおかしくってツボに入ってしまった。
「はぁ…腹が痛い…涙出てきたじゃん…あっ…そうだ姉さん?」
ふと、僕は笑った拍子に思い出した。
今日のVIP賞を勝ち取った人へ掛ける言葉を。
まだ言ってなかった。楽しくってつい忘れていた。
「んー…なに…」
「ゲーム買ってくれてありがとね。凄くうれしいよ」
僕はそう、満面の笑みで気持ちを伝えた。
「…………」
姉さんはびっくりした時みたいに目を見開き
僕の顔をじっと見ている。見ている?
今、姉さんは車を運転している…はっ!!
「姉さん!前!前!」
僕は慌てて姉さんに指示する。
だが、それは杞憂に終わった。
「大丈夫。もう家の駐車場」
「へ?…い、いつのまに…」
前を見ていなかったのは自分自身だと悟り
ちょっと恥ずかしい思いだ。
なんか気まずくなり、そそくさと車から降りようとする
僕の後ろで微かに聞こえてきたのは姉の声だ。
「…また、いや、もっと何でもできそうだよ…」
「ん?姉さん。なんか言った?」
よく聞こえなかった。
「…HVRもわたしが買ってあげたかったって言った」
「…だからやめてって…それにもう、僕が買ったんだし」
ぷく〜…
またまた、頬を膨らます姉さん。
「はぁ…」ため息混じりの苦笑いで僕はそれを萎ませた。