天海明日香
「カイくん?…遅い」
両手に大くなった買い物袋を2つ引き下げた姉は
ちょっと不機嫌そうに僕に言った。
僕はと言うとゲームコーナーの陳列棚の前で
1つのソフトを片手に難しい顔をして悩んでいた。
悩んでいる間に姉と約束した予定の時間から大分
過ぎていたらしい。
「!?…姉さん!ごめんよ!…持つよ!」
僕は急いで姉の持つ買い物袋を手にする。
その間もソフトは僕の片手にしっかりと握ってあった。
「…ありがとう。卵入ってるから気をつけて…?…なにそれ?…」
姉は僕の持っている物を見遣るや疑問を口にした。
「ただのゲームソフトだよ?…今、棚に戻すところだったんだ…」
そう言って僕は苦笑いをおまけに手元のソフトを戻そうとした…
「…2時間も悩んでたのに?」
「ぐっ!?…」
なに?!見られてた?!しかも2時間も経っていたなんて
待たせた姉への申し訳なさと、自分の行いを言い当てられた
焦りで棚に置こうとした手が止まり変な汗がでる。
くいくいっ
僕が近代オブジェの様に固まり
どうしたら正解かを沸騰寸前まで考えていると
姉が空いた方の手で僕の服を引っ張る。
「…ね…姉さんどうした…の…って、え!?」
顔を姉に向けると、僕は目を疑った。
姉が指を刺す先。僕らから4〜5メートル離れた距離に
10人以上の人だかりが僕らを不安そうな目でこちらを見ていた。
「…なんなのあれ…」
「それの所為ね。ハイフロ。しかも限定パッケージ版だし」
姉が向き直り同時に指を刺し直したのは僕が持つソフトだった。
「限定版…すごいの…?」
恐る恐る姉に聞いてみる。この流れは嫌な予感しかしない。
と思っている僕に姉は至極当然の様に言った。
嫌な予想の方を。
「わたしがネットで見た時は
転売だけど最低額100万円で売買されてたよ」
「………っ!…あぶなっ!」
余りの事実に全身の力が抜け
ソフトを落としそうになる僕。
そうか…何処からか情報を得てこの人達は集まったのか…
一部始終を見ていたギャラリー達も余計ソワソワし始めた。
さっきよりも距離が近くなった気もする。
…もっとどうしたら良いのか分からなくなってきたぞ…。
「……」
姉さんが僕とソフトを交互に見つめる。
こんな事、小さい頃にもあった気がする。
決して…決して現実逃避ではない。
昔の事を思い出そうとした僕に姉は語りかける。
声色はいつも通り。その声を聞くだけで僕のざわつく心は
少しだけ落ち着く。
「カイくん?なんでそのゲームに興味あるの?」
「…この裏表紙が気になって…」
「ドラゴンだね。好きだもんね、カイくん」
「…うん」
「右上のドラゴンが好きなんでしょ」
「うっ…うん!そうなんだ!薄らとしか写ってなくてね!
でもこの圧倒的な存在感!ゲームの中で見たらどれだけ
格好いいんだろう!なんて…は!?」
いけない!これは罠だ!いつの間にか誘導尋問されていた!
これじゃこのゲーム欲しいですって言っている様なものだ!
僕は即座にソフトから姉さんの方に視線を変える。
が…もうすでに遅かった。
姉
姉さんはその場から消えていた。
そしてソフトも…僕の手にあったはずなのに…
「「「馬鹿!それは残像だ!!」」」
聞こえるはずのない声がした。
いや、本当にしていた。声の正体は
すぐ後ろまで近づいてきていたギャラリー達。
その声のおかげで放心してた僕を起こした。
「…っ!」
僕は全力でその場から駆け出した。
もう辺りに姉さんの気配は…なかった。
向かう先はレジカウンター。そこ以外の選択肢はない!
店内を走ってはいけない事は重々承知している…
あそこまで言ってしまったら僕だって自分でソフト
を買う事に対してやぶさかではなかった!
だけど…駄目なんだ…姉さん!!
早まってはいけない!!
店内を全力で駆け抜ける中、僕は昔あった姉さんとの出来事を
思い返していた。
それは正月のある日のこと
あの日もこのショッピングモールでの出来事だった。
僕が何となく特戦隊シリーズの玩具を見ていて
そこを姉さんに見られた。
姉さんは僕が玩具を欲しいものだと思い込み
一緒だった母さんに頼み込んだ。
昔から物欲が同年代の子達よりなかった僕に
母は買う事に賛成したらしい。
だが手持ちのお金ではその玩具を買うことが出来ず断念。
正月だからお金を下ろす事もできない。
申し訳なさそうに母は姉さんにそう告げると少しの間の後
「そう…トイレ行ってくる」と言って母から離れた。
それが母の失敗だった、
僕と母は合流して姉さんを待っていると、そうこうしないうちに
帰ってきた。だが…両手いっぱい持っている一つの大きな箱。
それは、それだけは持って帰ってはいけない物だった。
「……あ、あーちゃん?それなぁに??」
頬をヒクヒクさせた母が姉さんに問う。
「ママのじゃない。はい。カイくん」
とそのギフト用に包装された玩具を僕に渡してきた。
大きさ的にまず間違いなく僕の見ていた玩具なのは
この場にいる全員が察していた。
あの玩具の値段は安い物じゃなかった。
ましてや小学6年の姉が到底、月々もらう少ないお小遣いやらで
どうにかなるなんて事はない。
今年のお年玉も母から回収されている。
回収…されたよね?
プチっ
母の方から鳴ってはならない音がした。
恐る恐る僕は見遣ると…
誇らしげな姉さんを見据える般若がそこにはいた。
結局、どうやって姉が玩具を入手できたのかは分からなかった。
姉さんが母の説教&尋問に一切動じなかったのだ。
無言を貫く娘の口を割らせる事を諦めて
玩具屋に返そうと母が持っていっても店員からは
もうお買い求め頂きましたので、と困った様に言われた。
返品するのも悪いと思った母は渋々持ち帰り
今では家の物置に大切に仕舞われている。
因みに僕はその玩具で遊ぶ事はなかった。
あの日の母を蘇らせそうで怖かったのだ…
それが母と娘の初めての喧嘩だった。
そして僕が目の当たりにした姉さんの矜持だ。
姉さんつおい
姉さん回は次回でおわります。