在り来り
在り来りな異世界転生ものといえばトラックに轢かれることだし、在り来りな歴史小説ものといえば織田信長であろうし、在り来りな主人公といえば女子高生じゃないだろうか。
ということはつまりそう、現代日本でトラックに轢かれた女子高生が織田信長の時代に異世界転生して物語が紡がれる、などといった展開こそ在り来りな代表なのではないか。
なわけがない。
ないのだが、私の現状はそうなっている。
令和の東京で難関私立女子校の高校1年生をやっていたところ、直接の死因はトラックによる轢死だった。らしい。
なにしろ急な展開だから目の前にいる神様とやらに伝えられただけだ。私自身の目で確認したわけじゃない。
「この度は手違いであなたを死なせてしまい、大変遺憾に思っています」
などと抜かすわけだ。
「お詫びに、どこか好きな世界で都合の良い人生を継続する権利を与えたいと考えています」
これが異世界転生という話になる。
「もちろん異世界ならではでの不都合、例えば言語的障壁や文化的軋轢は最小限になるよう手配させて頂きます」
ゼロじゃないのか。
「折角の異世界ですから、エンターテイメントとして興じるに値する程度は差異が残っていた方が良いでしょう」
残さないこともできるんだな?
「…………出来なくは有りませんが、完全になくすことは、限りなく減らすことに比べてかなりの困難が付き纏いますので」
要するに面倒だと。
無条件で用意するよというわけじゃないみたいだ。
「本当はあなたみたいな面倒臭い人を転生させる予定もなかったのですけどね!」
堪え性がないな、そんなことは黙っていれば良いのに。
「なんですか、よりにもよって無駄に小賢しい人を間違って連れてきてしまうなんて……」
まあ、この神様(?)はその意味で被害者なんだろうけど。
それはそれとして、だったら元の世界に送り返せば良いんじゃないか?
「いえ、それはできません。因果の歪みが甚大な悪影響を引き起こしてしまいます」
ゆがみ、か。"ひずみ"ではないんだな。
で、まあそういう理由であるならば。
そのまま捨て置くのではなくわざわざ手間をかけて異世界を案内するのも何か神様サイドの都合があるんだろう。
「本当に小賢しい娘ですね。憎たらしい」
聞き飽きたよ。
まあ、受験以来あまり聞かなくなったけどな。
やはり環境というものは結構人が違う。
集団を構成する人の価値観が異なるのだ。
「さて、こうやって希望を聞いてあげているのです。何かないのですか?」
「じゃあ……織田信長で」
異世界と言いながら信長、これはだいぶ矛盾を孕んでいそうだ。
時間軸はどうなるのか?それとも過去は異世界なのか?もしくはパラレルなら大丈夫なのか?
さすがに自分自身と被る世界、ドッペルゲンガーのような現象は困る。
ならば比較的よく知る"過去"であれば問題が少ないわけで、しかし矛盾的問題は残る。
「……あなたの考えていることはよーく分かります」
…………怒らせたかもしれない。
「私の権限でできることは限られていますが、それでもあなたの腹積もりに最大限の嫌がらせをしようと誓いました」
なるほど、確かに怒らせてしまったようだ。
「あなたは織田信長になれませんし、天下統一もできません」
は?え?別にそんなことを望んでいたわけじゃ……
「あの、あたしは信長になりたいわけじゃなくて」
「眼の前で進む歴史に翻弄されながら無力で愚かな自分に精々苦しみなさい」
「あと、信長は天下統一できたわけでも……あっ」
私の話はまさに話半分に終わった。
こうして轢死夭折は歴史小説へと移り変わり、怒涛の展開が待ち受ける"異世界"戦国時代へと投げ出されることになったのであった。