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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お祭りの夜に

作者:

このお祭りに来るのは何年ぶりだろうか。


10年前、大学進学を機に地元を離れてからというもの、お盆と年末年始、それから昨年病で急死した母の葬式の手続き以外は、ほとんど戻ってくることはなかった。


秋祭りというには少し遅く、冬季祭りというには早過ぎる10月の末という時期。


こんな中途半端な時期に開催される理由は、この町で奉られている神様が暑さにも寒さにも弱いせいらしい。


何ともわがままな神様である。


「お姉ちゃん。私あれ食べたい」


「綾音さんにお小遣い貰ってたでしょ、自分で買いなさい」


「お姉ちゃんのけち…」


そう言って手持ちのりんご飴を咀嚼しているのは、高校1年生の私の妹である。



母が亡くなってから早1年。


まだ学生の妹が親切な叔母さんの所で暮らしているということで、様子を見がてら地元に帰ってきた。


綾音さんというのは、叔母さんの名前だ。

彼女は、亡くなった母の従兄弟にあたる。



結論からいえば、その心配は杞憂に終わった。


妹は綾音さんに終始べったりであり、綾音さんも妹を本当の娘のように可愛がっていた。


話を聞いた所によると、綾音さんは過去に夫と子供を事故で亡くしたらしい。


妹の方も母親を突然亡くしたばかりだったため、似た境遇を持った二人が仲良くなるのは必然だっただろう。


こちらとしても、取り越し苦労に終わってくれて願ったり叶ったりである。


「じゃあ、買ってくるからこれ持ってて」


そんな姉の心情を知ってか知らずかこの妹は、食べかけのりんご飴と水風船を私に押し付けて、さっさと目当ての焼き鳥屋へと歩いていってしまった。


「焼き鳥なんて買っても持てないでしょ、あんた…」


そう一人呟いて妹を追いかけようとすると、服の裾をぎゅっと引く感覚があった。


「わっ!」


何事かと思い振り向くと、小さな女の子が私の服の裾を掴んでじっと見上げていた。


ここで立ち止まる訳にもいかないため、少し人混み外れた所に移動する。


女の子は何も言わずそのままついてきた。


「どうしたの?迷子?」


そうして、女の子の目線にしゃがんで聞くと、彼女は質問には答えず私の手にあるりんご飴を指差した。


「…もしかして、これが欲しいの?」


さて、困った。


食べかけのりんご飴を、はたして知らぬ子供にあげてもよいものか。


「どうしたの、お姉ちゃん」


その時、妹が戻ってきた。


手には、紙袋に包まれた二本の焼き鳥が握られている。


「この子、迷子だと思うんだけど、このりんご飴が欲しいっていうのよ」


女の子は、妹が来てもじっとりんご飴を見つめている。


すると妹は女の子の前にしゃがみこみ、つい先程買った焼き鳥を二本差し出した。


「これ、二本あるからお父さんと食べて」


すると女の子はこくりと頷いて焼き鳥を受け取り、お礼をするようにお辞儀をすると、人混みの中へと走っていった。


私が立ち上がって追いかけようとすると、女の子は少し離れた所に立っていた男性に抱きついた。


女の子が私達の方を指差して何かを話している。


男性は、私達に目を向けるとひとつお辞儀をして、女の子と手を繋いで人混みの中に消えていった。


「よかったの?焼き鳥」


「いいよ。私はお姉ちゃんだから」


「何言ってんのよ。あんたは妹でしょう」


「お姉ちゃんにとっては妹でも、あの子にとってはお姉ちゃんだよ」


「そりゃあねぇ。確かにあんたの方が『お姉ちゃん』ではあるけど」


私は思わず苦笑した。


妹も、もう高校生だ。

お姉ちゃんに見られたい年頃なのだろうと思うと微笑ましくもあった。



次の日、私が東京へ帰る支度をしていると、綾音さんに声をかけられた。


「離れて暮らしているとはいえ、明香里ちゃんも家族みたいなものだからね。ちゃんとお話しないといけないって思ったの」


そう言って、綾音さんは一冊のアルバムを持ってきた。


アルバムを一つめくる。


そこには、『4さいのお誕生日おめでとう』と書かれたケーキの前でピースをする綾音さんと、旦那さんらしき男性。それから幼い女の子が写っていた。


綾音さんと共に笑顔で写っていたのは、昨日お祭りで出会った女の子と男性だった。


「もう5年も前になるかしら。ご近所の飲食店が大きな火事になったの。それがうちにも飛び火して。私は出掛けてて無事だったんだけど、夫と娘は家にいてそのまま…」


「あの…綾音さん。この写真って、妹にも見せましたか」


「そうね。光里ちゃんにも同居する時に話したわ。そうしたら、嬉しい事を言ってくれたの」



それなら綾音さん。この子は私の妹になるんだよね。


私、ずっと『お姉ちゃん』になるのに憧れてたんだ。



「光里ちゃん、あの子の『お姉ちゃん』になってくれるって言ってくれたの」


そう言って、綾音さんは心の底から嬉しそうに笑った。


私は、妹が女の子に向けた笑顔を思い出した。


『あの子にとってはお姉ちゃんだよ』


どうやら妹は、私が思っていたよりもずっと成長していたようだ。



「お姉ちゃん、今日帰んの?」


「明日も仕事があるからね。お昼頃には帰るよ」


「そっか!じゃあまたね!」


それだけ言うと、制服姿の妹は元気良く外へ駆け出して行った。


相変わらず、忙しない妹だ。


綾音さんが笑う。


「光里ちゃん、明香里ちゃんとお祭り行くの久々だって楽しみにしてたのよ」


たまには遊びに来てあげてね、私も待ってるから。


綾音さんは去り際、そう送り出してくれた。



駅に向かう途中で立ち寄ってみると、もうほとんど片付けは終わり屋台も撤収されていた。


「来年も、よろしくね」


誰にでもなく呟くと、秋の冷たい風に乗って、幼い女の子の嬉しそうな笑い声が聞こえた気がした。

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