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7.招待状


 片付けの邪魔にならないようテントの外に出た4人は、好奇の目を避けるため広場の隅に移動した。木の陰でちょうど隠れる位置だ。


 母親を名乗るマルティーネと責任者の座長が一緒なのはわかるけれど、魔術師団のジルベールはなぜ? と思っていると「この女の見張りと、君のことも気になるからね」と苦笑された。ありがたいけれど、ふたたび氷漬けにされた鳥の死体を持っているのでちょっと近寄りがたい。


「それで……ええっと……」


 目の前の女をどう呼べばいいかカイが悩んでいると、彼女はあっけらかんと言った。


「マルティーネと呼んで構わなくてよ。今さら母さんだなんて呼びたくないでしょうし、私も別に呼ばれたくはないから」

「はあ。じゃあ、マルティーネさん。おれに会いに来た理由は?」


「あなたは曲がりなりにも私の息子。魔術師になれる素質があるわ」


 カイは驚いて目を見開く。一方ジルベールと座長は、この言葉をある程度予想していたようでまったく動じてはいなかった。


「でも、思ってたより魔力量は少ないみたいだけどねぇ。父親も魔力は多かったはずだけれど……まぁ、稀にそういうこともあるわ」

「たしかに、ふたりの息子なら怪物みたいな魔力量の子どもでもおかしくはないけれど……でもかえっていいかもしれないね。大きすぎる力は制御する方も大変だから」


 マルティーネの言葉に、ジルベールはそう言ってカイの肩を叩いた。

 ……それはきっと、神様との取引のせいなんだろう。普通に生まれていたのなら、もしかしたら天才魔術師になっていたのかもしれない。ちょっと惜しいような気もする。

 でもいいんだ。灯里には代えられない。


「人の魔力の量って、魔術師になれば感じられるものなんですか?」

「え? ああ、そういう人もいるけれど、もっと簡単にわかるんだよ。見て」


 カイの質問に、ジルベールが被っていた魔術師団のフードを外す。濃い灰色の長髪がこぼれ落ちた。


「髪の色だよ。魔力が多い者ほど、髪の色が濃い傾向にあるんだ。もちろん、例外もあるけどね」

「へぇ……あれ?」


 カイはやや濃い青い髪色。マルティーネは深い夜のような暗い紺色。そして座長は、艶やかな黒。


「もしかして、この中だと座長が一番魔力が多いんですか?」


 カイの言葉に、座長は曖昧な笑みを浮かべた。


「……どうかな。少なくとも、僕はマルティーネ殿ほど多彩な魔術は使えないし、あれだけ短い呪文では力が出せない。勝負しても負けるだろうね」

「この魔女は規格外ですからね。関わらないに越したことはない」

「口だけは達者ねジルベール。でも私も座長さんには興味があるわ。強い力を持っているようなのに私の知らない魔術師がいたなんて」


 無遠慮に顔を近づけるマルティーネに、座長は「僕はただの旅芸人。魔術も少し使える程度ですよ」と言って笑った。どうにも怪しいが、淫蕩の魔女は目を細めて「ふぅん……」と呟いただけで身を引く。


「それはさておき、本題に入りましょう。カイ、貴方が魔術師を目指すなら、リオン魔術学園への招待状を渡すわ」


 リオン魔術学園。

 噂には聞いたことがある。選ばれた者だけが通える魔術師になるための学園で、どこの国にも所属していない、特別な場所なのだと。そこには世界中から魔術師の卵が集まってくるという。


「実在、するんだ……」

「当然。私も学園で学んだし、そこのジルベールは後輩よ。座長さんは知らないけどね」


 マルティーネの視線を座長は笑顔で受け流す。彼女の魔術について、聞き出すのは難しそうだ。


「で、どうする?」


 試すような目で見つめられ、ゴクリと生唾を飲んだ。

 魔術は、使ってみたい。それに行き詰まっていた灯里の魂を持つ人探しも、魔術学園でなら見つかるかもしれない。

 ちらり、と座長に視線を送る。


「……行きたいなら止めないさ。寂しくはなるけどね。いずれまた花道楽に入りたいというなら、いつでも声をかけてくれていい。君は働き者だし、みんな歓迎するよ」

「っ……、ありがとう、ございます」


 何から何まで、世話になりっぱなしだった。我侭でついていって、こうしてまた、自分の都合で去ろうとしている。まだまだ、ぜんぜん恩を返しきれていない。


「魔術師になったら、必ずまた会いに行きます」

「うん。楽しみにしているよ、カイ」


 座長と固く握手をしてから、マルティーネへと向き直った。


「心は決まったようね。それじゃあ招待状を、」

「ちょっと待った!」


 懐から(というか胸の谷間から)封筒を取り出したところで、ジルベールが待ったをかけた。マルティーネが不可解そうに「何?」と唇を尖らせる。


「招待状は私から出そう。この魔女からの招待状なんか持って行ったら大変なことになる」

「た、大変なこと?」

「君のためだ。淫蕩の魔女の息子であることがバレたら、白い目で見られたり怯えられたり苛められたりするかもしれない。それは嫌だろう?」


 なるほど。

 カイは半眼になって呆れたように実の母親を見つめた。聞けば、魔術学園で学生をしていたときも数々のおぞましい武勇伝をお持ちらしい。後輩魔術師が止めるわけである。


「失礼しちゃうわ。それくらいの逆境ならあってもいいじゃない」


 断じてよくない。


「招待状、お願いしますジルベールさん」

「うん、あとで魔術師団の詰所に取りにおいで。受付には連絡しておくから、私の名前を出してくれ」

「はい。ありがとうございます」


 その様子を面白くなさそうに見ていたマルティーネがフン、と鼻を鳴らす。


「……まあいいわ。はい、これ」

「うわっ!?」


 無造作に渡された皮袋は、ジャラジャラと音が鳴ってずっしり重い。中身は金貨。大金だ。


「入学金やら寮の費用やら、それで全部足りるでしょう」

「え……?」

「なによその顔。私にとっては端金よ。要らないなら返してくれてもいいけど」

「いっ、いや、要ります……ありがとう、ございます」


 そうか、お金がかかるんだ。考えてみれば当たり前なのに、すっかり失念してしまっていた。一応花道楽の手伝いで給金は少し貰っているけれど、到底足りなかっただろう。

 ありがたく受け取ったが、なんだか意外だ。思ったより親切な人なんだろうか。


 一連の流れを見ていたジルベールは、「さて」と眼鏡を指で押し上げた。


「話はついたようだね。私はそろそろ帰るから、魔術師団詰所に来る前に知り合いとの挨拶を終わらせておくといい。遅くとも明日にはおいで。すぐに出発することになるだろう」

「え? は、はい」


 そんなに急な話だったのか。驚いていると、ジルベールは「いろいろあるんだ、あの学園には」と意味深に言って去って行ってしまった。


「僕もそろそろ戻って皆に指示しないと。カイはゆっくりしていていい。母親とふたりで話したいこともあるだろう」

「あっ、ざちょ……」


 風のような人だ。止める間もなくテントの中へ戻って行ってしまい、カイはマルティーネとふたりきりになった。


「…………」

「…………」


 気まずい。


「えっと……あの」

「カ~~~~イ~~~~~~~~~!!」

「うえ!?」


 突然、聞き覚えのある呼び声が耳に届いた。遠くからだんだんと、カイに向かって近づいてくる。すごいスピードだ。


「げっ」


 マルティーネがあからさまに顔を顰めた。


「カイーーーー!!! 無事でしょうね!? 姉様の毒牙にかかってない!?」

「ごはっ!! ナ、ナタリー叔母さん……」


 タックル同然に抱きつかれて、衝撃で一瞬意識が飛びかけた。

 カイの育て親にして、マルティーネの妹。隣町に住むナタリーである。小柄で可愛らしい顔立ちをしているが、かなりパワフルな人なのだ。一方。


「ひぃ……ひぃ……、カイ、無事か……ゲホッ。ゲホッ! ゴホッ……おえぇ……」

「ハ、ハンス叔父さんこそ、大丈夫……?」


 ナタリーに手を引かれて無理やり走らされていたのは、彼女の夫のハンスである。背は高いものの細身で、あまり体力がない。青い顔で木の幹に手をつき、荒い息をしている。


「ふたりとも、どうしてここに? たしか手紙では帰ってくるなって……」

「それよそれよそれなのよ! マルティーネ姉様が突然カイに会いたいなんて言って家に来たのよ!! これは大変だと思って! だって姉様ったらちょっと子供には聞かせられないんだけど、とんでもなく男を弄ぶのが得意でね、これはまさか実の息子を……!? めくるめく禁断の世界に連れ去ろうとしてるんじゃないかと思って慌ててカイに帰るなって手紙を出したのよ! でも姉様ったら勝手に私の部屋を漁ったらしくてね、あなたが花道楽にいるのがバレちゃったわけなのよ!こんな隣町に来てるタイミングで!! だからいなくなった姉様を追って私たちも急いで来たってわけ!」


 怒涛のマシンガントークである。こうなった叔母さんを止められる人は誰もいない。


「それで、カイ………まさかもう姉様と……」

「いや、ないから」


 半端な顔で言うと勝手に勘違いして暴走しそうだったので、カイは真顔で否定する。


「いくら淫蕩の魔女って呼ばれてるからって、さすがに息子のおれとは、」

「そうよぉ。しばらく前から働く様子を見てたけど、この子ったら真面目なんだもの。私の好みとはほど遠いし、つまらないわ。もっとクズだったら愉しく調教できたのに」


 お金を渡されてちょっとでもいい人かも、なんて思ったのが間違いだった。もう嫌だこの女。倫理観どうなってんだ。


 ああ良かった、と笑顔になるナタリーと、青い顔をさらに青くしたハンスを横目に、虚ろな表情をするカイだった。


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