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6.淫蕩の魔女


 全員の視線がカイに集中していた。


「……きみ、あの時の子だよね? この女のことは知らないと言っていなかったかな??」


 じっとりとした魔術師の言葉に、そういえば妙なことを訊かれたな、と思い出す。たしか、最低最悪な魔術師の女がどうとか……え? この人のことを言ってたのか!?


「しっ、知りません!! そもそもおれは親の顔なんて見たことなかったし! この人とは初対面です!!」

「そうでしょうねぇ。私好みに育ててオモチャにしようと思ってたんだけど、妹がどうしても育てたいって言うから今までずっと預けてたもの」


 今なんつったこの女。


 マルティーネのトンデモ発言になんとも言えない空気が流れる。一座のみんなの哀れむような視線が痛い。敵意をあらわにしていた魔術師の男も、同情したような生暖かい目でカイを見ていた。

 恐る恐る、尋ねる。


「……その妹の名前って」

「ナタリーよ。知っているでしょう」


 間違いなく叔母さんの名前だ。……え? じゃあ本当にこの……これが、おれの母親!?


「ち、ちなみに父親って……」

「ん~、どれだったかしら……? ああそうそう、そこにいるジルベールの先輩にあたる人よ。もう壊れちゃったけれど、まだ生きてるから会いたいなら会わせてあげるわ」


 なんでもないことのような声音だった。ぞわぞわと怖気が走り、反射的にカイはマルティーネから距離を置く。……無理だ。この女と関わりたくない。


「ダン先輩の……息子……?」


 魔術師改め、ジルベールが呆然とカイを見つめていた。


「そうよぉ、気づかなかった? この生意気な目つきがそっくりじゃない。あの男、いたぶりがいがあって良かったわ」

「……っ、貴様を殺す!! エ・ラリ・ト・カエ……」

「イーサ」


 ジルベールが呪文を唱えきる前に、マルティーネはたったひと言だけで魔術を発動させた。

 何かの影がよぎった瞬間、白い靄のようなものがジルベールの首に巻きつき、そのまま締め上げてしまう。


「ぐっ……」

「ダメじゃない。こんなテントの中で火の魔術を使おうとするなんて」


 ……格が違う。魔術に詳しくないカイでもそれがはっきりわかった。


 ジルベールだってこのシラーの町の魔術師団、それもまとめ役をしていたのだからけっこう上の立場のはずだ。弱いわけがない。

 その彼をあっさりと無力化した、マルティーネは一体何者なのか。


「淫蕩の……魔女め……!」


 しばらくして解放されたジルベールが、咳き込みながらそう言って彼女を睨めつける。

 マルティーネはその視線をどうでもよさそうに受け流し、「そんなことより」と放置されていた氷漬けの魔獣のもとへ向き直った。


「これ、魔獣なんかじゃないわよ」

「……どういうことだい?」


 先ほどまでのいざこざに動じる様子もなく座長が尋ねる。


「この氷、解いてみてもらえる? そうすれば教えてあげるわ」

「構わないが、危険はないのか?」

「ん~……少し離れていて貰ったほうが安全かもね」


 マルティーネとジルベール、それから座長を覗いた全員が数メートルほど距離をあけて見守ることになった。

 安全を確認し、座長が小さく呪文を呟く。たちまち氷が溶けだした。


「ガ……ア……アァァアアァァ!!」

「なっ……!?」


 カイは目を瞠った。

 息を吹き返した……どころではない。氷漬けにされていたとは思えないほど滑らかに、鳥の魔獣だと思われていたものが翼を動かし飛び立とうとした。


「パース、ラリ・ウヌ」


 マルティーネが唱えると、そいつを包んでいた黒い靄があっというまに霧散し消えてしまった。その瞬間、ボト、と本体が倒れ落ちる。


「ひっ……!」


 すぐ隣にいた役者見習いの女の子が小さく悲鳴をあげた。


 ───そこにあったのは、鷲の死体だった。死んでからどれくらい経っているのだろう。肉が削げ、骨が見えている場所もある。


「闇の魔術で死体を動かしていたみたいね」

「闇の、魔術……」


 座長が呟き、険しい目で死体を見つめていた。そんな彼女に、心配そうにエヴァンジェリンが駆け寄っていく。

 全員に、静かな緊張が走っていた。


「……この女が闇の魔術だと言うのなら、それは確かでしょう。なにせ王国でも数少ない闇の魔術の使い手ですから。先日の狼も魔獣ではなさそうだと疑ってはいましたが、これも確定ですかね」


 複雑そうな表情でジルベールが言う。話から察するに、どうやら闇の魔術とやらは珍しいらしい。

 そんな魔術を使い、人々を害そうとする者がこの町にいる。

 目的はなんだろう。想像もつかない。だが、悪意を持っているのは確実だ。


「あ、もちろん犯人は私じゃないわよぉ? じゃなきゃご丁寧にしゃしゃり出て解説なんてしないでしょ?」

「わかってますよ……あなたは傍迷惑で人類の敵で非常識極まりない最悪の女ですが、徒らに命を奪うことだけはしませんからね」

「ああジルベール……あなたがそこで私を見誤るくらい愚かな男だったら、たっぶり愛してあげられるのに」

「黙れ淫蕩の魔女め」


 クスクスと笑うマルティーネに、疲れ切った様子でジルベールは溜め息をついた。

 その様子を眺めていたカイは、少し離れた場所で彼女らを見つめている一座所属の魔術師の男を見つけた。駆け寄ってひっそりと尋ねる。


「あの、淫蕩の魔女っていうの、知ってますか?」

「……ああ。本物を見たのは初めてだ……この国最強クラスの魔術師だよ。ただ、男グセが悪すぎて国も召しかかえるのを断念したとかなんとか……」

「そ、そうなんですか……」

「あー、その……カイ、大丈夫だ。俺たちはお前がちゃんとした、まっとうな子だと知ってるからな。大丈夫、大丈夫だ」

「そう何度も大丈夫って言われると逆に不安なんですけど……」


 それにしても、レベルが違うとは思ったけれど王国最高クラスの魔術師だったとは。

 おれを育ててくれた叔母さんと叔父さんが母親のことを教えてくれなかった理由は察するに余り有るけれど、そんな人が今さらなんの用なんだろう。


「……とにかく、この鳥の死体は証拠品として魔術師団が回収します。前回の狼の件から考えるに、この一座を狙った犯行ではなく、人が多い場所が狙われただけだとは思われますが、一応今後も警戒してください」


 しばらくマルティーネを睨みつけていたジルベールだったが、冷静さを取り戻したのか丁寧にそう言った。座長は頷く。


「我々花道楽はこのあと王都に戻る予定だが、片付けと休養であと数日はこの街に滞在する。何かあれば連絡してほしいし、協力は惜しまない」


 皆、いいね? 座長の問いかけに、一同が頷いた。

 解散命令が出され、各々が後片付けの仕事に戻っていく。


 ただひとり、座長とジルベールとマルティーネに目配せされた、カイを除いて。


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