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5.千秋楽


 花道楽の公演は7日間。これはどの町でも大体そうだ。準備や片付けを含めると平均2週間ほどの滞在で次の町に出発する。


 今日はシラーの町での公演最終日。特設巨大テントの中は満員御礼だ。千秋楽をどうしても見たいと、立ち見客も大勢いる。

 カイもこの日は最初から舞台袖で、役者見習いたち数人に混じって舞台を見つめていた。もちろん、邪魔にならないよう隅っこである。


「その試練、受けて立とう!」


 竜が神々に立ち向かうシーンだ。座長が剣の切っ先を、4人の神様役の人に向けている。


 そのとき、ざわざわと客席が落ち着かなくなった。いつものような、感極まった黄色い声とはまるで違う。


「どうしたのかしら」


 隣で見ていた子が戸惑ったように囁いた。


「……ちょっと見てくる」


 カイはそう言うと舞台袖を離れ、客席の端のほうへそっと移動した。観客が舞台ではなく、上の方に目を向けている様子を確認する。


「……え?」


 その視線を追った先に、不自然なものが飛んでいた。大型の鳥のようだが、黒い靄がかかって見える。

 そう、まるでついこの間の───


「これが第一の試練か! 空駆ける魔獣め、我を舐めるなよ!」


 座長の声が朗々と響いた。こんな台詞は台本にない。アドリブだ。

 舞台上の役者はすぐさまそのアドリブに合わせる。ざわめいていた観客たちが静まり返った。

 そんな座長を、黒い鳥の魔獣は睨みつけている。…いや、少しおかしい。そもそもあの魔獣は、なぜ空中で動かない? 翼を羽ばたかせているけれど、どうにも不自然だ。

 そう思ってよく見てみると、付近の観客の髪の毛が靡いているのに気づいた。吹くはずのない風が吹いている。魔術だ。

 控えている一座の魔術師の誰かがサポートしているのだろう。だから客席に被害がひとつも出ていないのだ。


「竜族の力、とくと味わうがいい!」


 そう叫んだあと、座長の唇が小さく動いた。カイは目つきは悪いが視力はとてもいい。

 間違いなく座長は何かを呟いていた。そして次の瞬間、彼女の構えていた剣の先から鋭い氷の刃が放たれる。


「ギャアアアアアアアア!!」


 風で身動きが取れない魔獣に、あっさりと氷が突き刺さる。それだけじゃない。突き刺さった場所から氷が広がり、あっという間に魔獣を凍らせてしまった。ワアァァ!と演出だと思っている客たちから歓声が上がる。

 風に運ばれて、氷漬けの魔獣はあっという間にテントの奥に回収されてしまった。


「さあ、神々よ! 次の試練を告げるがいい!」


 何事もなく舞台は続いていく。カイは呆然と舞台の上の座長を見つめていた。


「座長、魔術師だったんだ……」


 5年も一緒に一座にいて、初めて知る事実だった。




 大喝采の中、千秋楽は幕を閉じた。客が帰るのを確認してすぐ、みんなが座長の元へと集まる。

 あの魔獣は一体どこから現れたのか。誰もがまだ混乱したままだった。


 控え室では収まらない人数だったため、客席の椅子を片付けて舞台の前に集合している。その中央には、座長と氷漬けにされた魔獣、さらにはカイを助けてくれたあの魔術師団の眼鏡の男が並んでいた。公演後にすぐ連絡したら駆けつけてくれたのだ。

 眼鏡の魔術師は、氷の中の魔獣をまじまじと観察している。氷漬けにされているのに、黒い靄だけは怪しく蠢いていて不気味だった。


「確かに先日現れた狼と似ていますね。詳しいことをお聞かせ願えますか?」

「……突然、現れました。少なくとも外からではありません。テントの幕は確かにそのとき閉じていました」


 答えたのは出入り口付近を警備していた男だ。座長が頷く。


「僕も舞台上から見ていた。あのとき、確かに突然この魔獣が現れた。考えられるのは何者かが魔獣を連れ込んだ、ということだが……」


 沈黙が降りた。皆考え込み、難しい顔をしている。凶暴な魔獣を持ち込むなど、はたして可能なのだろうか。


「ふふ、随分と面白いことになってるじゃない」


 突然だった。


 氷漬けの魔獣のすぐそばに、見慣れぬ女が立っていた。露出の多い黒のワンピースで、嫌でもその豊満な胸に目が行く。深い夜色の髪、妖しく光る紫の瞳、真っ赤な口紅。壮絶な色香を放つ不気味な女。


「何者ですか!」


 誰もが動けないでいる中、真っ先に行動を起こしたのはなんとエヴァンジェリンだった。素早く女の背後を取ろうとする。が、ひらりと躱されてしまった。


「あらぁ、見かけによらないわね」

「くっ……」


 いつのまに持っていたのだろうか、手に持っていたナイフを叩き落とされたエヴァンジェリンは悔しそうに唇を噛む。

 座長が何か言おうと口を開いた。しかしそれより先に低い怒声が響く。


「きっ……貴様あああああああああああ!!」


 眼鏡の魔術師が、鬼のような形相で女を睨みつけていた。


「あら、ジルベールじゃない。久しぶりね」

「なぜここにいる! 男の敵…いや、全人類の敵!! ここで会ったが100年目、俺の手で引導を渡してくれる!」


 どうやら知り合いらしいが、何事だろう。尋常ではない。


「相変わらずだこと。私はただ息子に会いに来ただけよ」


 息子?


 なぜだろう、女がカイの方へと歩いてくる。混乱したまま後ずさろうとしたが、腕を捕まれ強引に抱き寄せられた。か、かおが、すごい、むねに、埋まっ……


「ようやく会えたわね、カイ。私はマルティーネ。あなたの母親よ」


 ………はい?


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