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4.不穏な影

「黒い魔獣、か……」


 薄暗いテントの中、ゆらゆらと不安定なカンテラの明かりがベッドに腰掛ける物憂げな女の顔を照らしていた。

 そんな彼女をエヴァンジェリンが心配そうに見つめている。ふたりとも夜着姿だ。


「……シルヴィア……」

「エヴァ、その名を呼ぶな」


 小さく、だが鋭い声で制す。短い黒髪がさらりと揺れた。

 花道楽の座長その人である。

 だが制されたエヴァンジェリンは、臆することなく言った。


「今は私たちだけよ」


 苦い顔をする座長の横に座り、そっとその手を握る。


「……カイから聞いただけで、まだ確証はないのでしょう?」

「警戒するに越したことはない。もし、あの時と同じならば一度で終わるはずがないからな」


 座長の瞳がギラギラと光る。「ようやく手がかりを掴めるかもしれない」と獣のように笑った。


「公演は予定を遅らせて3日後からだ。何があってもいいように警備を見直す。……何もなくても一応公演終了後は王都に戻ろう。国王陛下に報告しなくては」


 並べられた予定を大人しく聞いていたエヴァンジェリンだったが、最後の言葉には思い切り眉を顰める。


「あの男の顔は見たくないわ」

「相変わらず国王が嫌いなんだな、エヴァ。別に報告は僕だけで構わないんだが」

「ついて行くわよ。嫌いだからこそ貴女と2人きりにさせるなんてとんでもないもの」


 一国の王に対して容赦無く言い捨てるエヴァンジェリンに、座長はケラケラとおもしろそうに笑う。


「僕は結構好きだけれどね。食えない男だが王としては優秀だ。なにより、恩人だろう?」


 エヴァンジェリンは頬を膨らませてフン、と鼻を鳴らした。


 旅芸人一座、花道楽。

 華やかな表の裏で、国内外のあらゆる情報を集め、時には情報操作や暗殺までこなす。モンステラ王国国王直轄諜報組織。


 カイはこの事実を知らない。あくまで自分を拾ってくれた親切な一座とだけ思っている。


「……シルヴィア、貴女は私が守るわ」


 エヴァンジェリンの白い腕が座長の首に艶めかしく絡みつく。それを受け止めながら彼女は笑った。


「ありがとう。でも無理はするな。僕だって君を、この一座を……すべてを守る立場なのだから」


 不安を覆い隠すように、柔らかく夜は更けてゆく。




「サァ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 花道楽特別慰安公演、本日開幕だヨォ~!」


 明るく大きな声が特設巨大テントの前に響き渡る。呼子をしているのはまだ見習いの役者の卵たちだ。

 今回は特別慰安公演と題して、いつもよりチケットは半額、魔獣の被害にあった人々にはなんと無料という太っ腹ぶり。さすがは我らが誇れる座長である。おかげで人が殺到しているためか、警備もいつもより厳重だ。


「カイ、こっち手伝って!」

「わかった!」


 チケット売り場からヘルプがかかる。計算が早いこともあって、カイは意外と重宝されていた。こればかりは前世の学校教育の賜物である。

 大量のチケットを売り捌きつつ、購入者の口元にほくろがないかのチェックも欠かさない。


 そうやって集中しているうちに、すっかり夕方になっていた。もうすぐ開演なので購入者も途切れ、ようやく休憩になる。目が痛い。すっかり疲れ切ってしまっていた。


「お疲れ様、カイ」


 同じくチケットを売っていた役者見習いの女の子から、お茶の入ったカップを渡される。


「ありがとう……」

「私はこのあと舞台袖からお芝居見るつもりだけど、カイはどうする?」

「おれはちょっと休んでるよ。後半は行くかも」

「そっか。じゃあね」


 パタパタと彼女は小走りにテントの裏口に向かっていった。役者見習いの子はみんな勉強熱心だから、仕事や手伝いが終わればいつも公演を食い入るように見ている。おれはそこまでじゃないから気楽なものだ。

 今回の公演タイトルは『竜と女神』。神話を元にしたお話で、この一座ではいくつかある定番のひとつだ。有名なお伽話でもある。


 昔々、竜と恋に落ちた女神様が他の神々の怒りを買い、その命を狙われてしまう。そんな女神様を守るため、竜は神々に戦いを挑んだ。神々に与えられた数々の試練を乗り越え、見事認められた竜は、赦されて女神様と結ばれるのである。


 ハッピーエンドで人気も高いお話だ。ちなみに、竜は人間の姿になれるという設定で座長が演じている。贔屓目抜きにしてもめちゃくちゃ格好良い。


 カイはまだ見たことがないけれど、この世界の北の山脈には実際に竜が棲んでいるらしい。人里に降りてくることはまず無いらしいが、遠目でいいからちょっと実物を見てみたいところだ。怖いけれどやっぱり憧れはある。

 つらつらそんなことを考えていると、テントの中からワァッと歓声が漏れ聞こえてきた。どうやら見せ場のシーンが決まったらしい。


「おれもそろそろ見に行くかな」


 ぐっと伸びをして、テントの裏口へと歩いていく。


 ──そんなカイをひっそりと見つめる人影があった。目立つ場所に佇んでいるのに、不思議と誰にも気付かれない。

 その唇が、怪しく弧を描いた。


「見ィつけた」


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