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3.惨状

 魔獣の残した爪痕は、あちこちに生々しく残っていた。


「怪我人を集めて! 止血して重傷者は教会へ!」


 騎士団の指示に従い、町の人々は積極的に動き出していた。カイもその中に加わる。

 魔獣の死骸から噴水を挟んだ広場の一角に負傷者が集められていた。布をかけられ、ピクリとも動いていない者は遺体なのだろう。少なくはない数だ。そこからそっと目をそらし、生存者たちの元へ向かう。


「おれも手伝います」

「お、ボウズ、いい心がけだな。じゃああっちで治癒するほどじゃない軽症者の治療を手伝ってくれ」


 指揮をしていた騎士は、笑顔でカイに薬草と包帯を渡してくれた。

 この世界には病院はない。かわりに、治癒術師という病気や怪我を治せる人たちが教会にいる。内容によっては大金がかかるけれど、どんなに重症でも生きてさえいればほぼ確実に助かるらしい。

 羨ましいな、と思う。

 前世で、灯里は治療法が見つかっていない難しい病気だった。



 灯里とは同い年でお隣さんの、いわゆる幼馴染だった。小さい頃からずっと一緒に遊んでいた。

 そんな彼女の具合が悪くなったのは小学校高学年の頃で、あれよあれよという間に学校に来られなくなってしまった。

 何度も何度も、お見舞いに行った。病室で、彼女はいつだって楽しそうにおれの話を聞いていた。

 だからおれは馬鹿みたいに毎日、学校でのことを彼女に話して聞かせてたんだ。


『ねぇひーくん。そんなに毎日来なくてもいいよ。大変でしょ?』

『べ、別に……これくらい平気だよ。それよりさ、隣のクラスの話なんだけど、』

『いいよ、もう!』


 突然彼女が怒鳴って、おれはきょとんと目を丸くした。さっきまで笑顔だったのに、わけがわからなかった。


『……学校の話なんて、もう聞きたくないよ。私には関係ないもん』

『そんなこと……』

『ないよ! どうせ行けないもん! 私このまま、ここで、どこにも行けずになんにも出来ないまま死んじゃうんだ!』


 泣きじゃくる彼女に、おれは何も言えなかった。ただ、俺の話は灯里をずっと傷つけていて、彼女が無理をして笑っていたのだと気付いた。


『……ごめんね。せっかく来てくれたのに。元気付けようとしてくれてるって、わかってるのに』

『いや……おれのほうこそ、ごめん』


 情けなかった。灯里のために何もできない自分が、悔しかった。


『……きらいにならないで』


 おれの上着の裾を掴んで、目にいっぱい涙をためて、震える声で彼女が言った。

 衝撃だった。体が勝手に動いた。

 びっくりするくらい細い体を抱きすくめた。華やかさとは無縁の、汗と薬の香りがした。


『絶対に、嫌いになんかならない』


 守りたい。灯里が、好きだ。

 どうしようもないほど自覚して、同時にどうしようもないほど無力だった。


『……明日、また来るよ』


 うん、と小さく彼女は頷いた。夕日に照らされた、その時の苦しげな笑顔をずっと覚えている。



 それからおれはたくさん本を読むようになった。児童書、小説、漫画にノンフィクションまで。もちろん彼女に話すためだ。特におもしろい本は一緒に読んだりもした。話の続きを勝手に2人で空想するのは楽しかった。彼女の笑顔が増えた。ただの現実逃避だったのかもしれないけれど、それでも物語はおれたちにとって救いだった。


 幸いにもその後、病気の治療法が見つかった。おれが高校生になってからだ。

 数年かけて彼女の病気はほぼ完治し、おれが大学を、彼女は遅れて高校を卒業したタイミングで結婚した。これからいろんな場所に行こう、いろんな経験をしようと胸を膨らませて。でも初めての旅行、それも新婚旅行で、おれたちは───



「……ヤ、ボウヤ、大丈夫かい?」

「えっ!? あ、ああ、すいません。ボーッとしてて」


 いけない、治療中だった。足を怪我していたおばあさんが、心配そうにカイを見ている。

 周りを見渡せば、もうほぼ負傷者の手当ては終わり、人も落ち着いてきていた。


「歩けますか? よければ家まで支えますよ」

「すまないねぇ。お願いできるかい?」


 包帯を巻き終えて、もちろん!と笑顔で応える。

 おばあさんの体を支えながら、彼女の道案内にしたがってゆっくりと歩き出した。


「ボウヤ、たしか花道楽のお手伝いさんだろう? こんなことになって、公演はどうなるのかねぇ」

「そうですねぇ……予定通りとはいかないかもしれませんが、こんなことがあったからこそ、きっとやりますよ。座長はそういう人ですから」

「そうかい。わたしゃあの、主役のおふたりが好きでねぇ。楽しみにしてるよ」


 言わずもがな、座長とエヴァンジェリンさんのことである。老若男女問わず大人気だ。

 話を弾ませながらおばあさんを無事に家まで送り届けた。そしてカイもまた、今日あった惨状を伝えるために花道楽のテントへと戻っていくのだった。

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