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プロローグ

 自分がふわふわしているのがわかった。


 ふわふわってなんだ? ふわふわはふわふわだ。

 手もない。足もない。目も耳も口もない。

 体がなくなってしまった。じゃあこれが魂ってやつなんだろうか。小さくて、ふわふわしてて、なんだかとても頼りない。

 ああおれ、死んじゃったんだ。唐突にそれを理解した。そうだ、たしか新婚旅行に向かう飛行機で、やっと結ばれたあの子と一緒に……──


『灯里!?』

「うわっ!? びっくりしたぁ」


 思わず彼女の名前を心の中で叫んだら、頭上から少年のような声が降ってきた。…正確には、脳内に直接その声が響いてきた。でも、姿は見えない。なんせ耳も目もないからね。


「意識が目覚めちゃったか。厄介な……」

『あなたは?』

「うーん……君の世界で言うところの、冥府の神様ってとこかな? 魂の管理をしてるんだよ」


 冥府の神様。魂の管理。……ここは死後の世界?


『おれ、あの、飛行機が揺れてっ……壊れてっ……たぶん落ちてっ……あかり、灯里は!?』

「落ち着いて。その名を持っていた魂は新しい世界へ送ったよ。次は君の番だ」

『っ……』


 灯里が死んだ。

 高度1万メートル。当然だ、助かるわけがない。意識を失う寸前、恐怖に怯えながら縋るようにおれを見た彼女を思い出す。

 やっと結ばれたのに。これから幸せにすると誓ったのに! 悔しさに泣きたくなる。


『神様、神様、お願いします! おれも灯里と同じ、その新しい世界とやらに転生させてください!!』

「いや、うん。もともとそこはその予定だったけど……」


 良かった! 来世も灯里と同じ世界で生きられるんだ! しかしその喜びはすぐに打ちのめされることになった。


「彼女の記憶はもうないし、君のその記憶も封印しなおさなきゃ。仮にその世界で再会できたとしても、何も覚えてないよ?」

『そんなぁ!? ど、どうにかできないんですか!?』

「無理無理。諦めて、ほら。封印しなおすよ~」


 絶望でいっぱいになる。嫌だ。灯里のことを忘れたくない。

 何かに包まれる。仄かに温かさを感じた。なんだか幸福な気持ちが溢れてくる。……嫌だ! 駄目だ!!

 いやだ、いやだ、いやだ!たとえ彼女がおれのことを覚えていてくれなくてもいい。忘れたくない。転生しても絶対に灯里を、灯里の魂を見つけて、せめて守りたい。幸せにしたい。

 この愛だけは貫きたいんだ!


「……あれぇ? 参ったな……」


 魂を包んでいた温かさが消えて、困り果てた神様の声が聞こえてきた。

 幸福感に抗い、強く意識していたから記憶が消えなかったんだ。灯里のことをまだ覚えている。それにほっとした。


『……おねがいします、かみさま……』


 顔があったら、きっと見せられないような情けない表情で、涙さえ流していただろう。おれには懇願することしかできない。


「本来ならタブーだよ。前世の記憶を持ったまま生まれ変わるなんて」


 フィクションの中ではよくあるけど、まあ確かにそれはそうだろう。それでも。


『どうにか、お願いできませんか。なんでもしますから……』

「う~ん……普通ならね、魂を送る時に最低ひとつ、ギフトを与えるんだよ。いわゆる才能ってやつ。まあ、生きてる間にその才能を見つけて発揮できるかはその人次第なんだけどね。きみ、それなくてもいい?」


 おれは即答した。


『構いません! 灯里を覚えていて、あと転生した彼女を見つけられるようにしてくれるならなんでも!!』

「筋金入りだな……もうその子は灯里じゃないんだけど。絶対後悔するよ?」

『それでもです! 後悔してもかまいません!』

「ふむ……」


 神様は、しばらく難しそうに考え込んでいた。


「きみの中の彼女以外の記憶を消せるなら楽なんだが、記憶にはいろんなモノが付随してるからそうもいかない。加えて見つけられるようにする、となると……ギフト無しだけでは足りないな」

『そんな……』


 他に何が差出せるだろうか。寿命、とか? ちょっとくらいなら減ってもなんとかなるかもしれない。

 そう提案してみたが、首を横に振られてしまった。なんでも、寿命は別に神様が決めてるわけじゃないんだそうだ。魂をあらゆる世界に循環させて、あとは眺めているだけらしい。

 じゃあもう、どうすればいいんだろう。おろおろしていると、神様が「そうだなぁ……」と苦々しく言った。


「前世の知識を使ったらペナルティを与える」

『ペナルティ?』

「うん。その世界にすでにある知識だったらセーフだけど、気をつけて。うっかりでも発動するからね」

『ぐ、具体的には……』

「きみの身体能力の一部が欠損する」


 ごくり、と無いはずの喉が鳴った。

 ようはアニメやラノベみたいに前世の知識で異世界チート、なんて絶対禁止ということだろう。それは構わないけれど、ミスした時の代償が重い。

 そんなおれを神様がまっすぐ見つめているのがわかる。


「それでもいいなら、きみの要望通りにしよう」


 きっとこれが、最大限の譲歩なのだろう。

 覚悟を決める。


『よろしくお願いします』

「……うん。じゃあ、急いで送ろう。あとがつっかえてる」


 そうだ、神様は仕事の真っ最中だったんだ。時間を取らせてしまってなんだか申し訳ない。

 両手のひらで掬われるのがわかった。今度は温かさではなく、少し痛いくらいの熱さを感じる。言われずともわかった。魂に、おそらくペナルティが刻まれたのだ。


「これで良し。さて、あとは灯里だった者の魂を見つける方法だが……」


 姿勢を正す。もちろん、体がないんだから気持ちの話だけれど。


「前世の彼女とまったく同じほくろがある。ほら、口元に。きみならそれでわかるだろう?」

『! はい!』


 直接目を見て話すのが恥ずかしくて、出会ってから長らくそのほくろばかり見つめながら話していた。冗談ではなく100万回見た自信がある。


「では、いってらっしゃい。ペナルティにはくれぐれも気をつけてね」

『何から何までありがとうございました、神様。いってきます!』


 むき出しの魂が光に包まれる。

 期待に胸を膨らませて、新しい世界へと飛び込んでいった。

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