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11. 湖濱津日帰り旅行 出発編

 とある夜。

 私はいそいそと、小ぶりのリュックサックにお茶のペットボトルやら、日傘やら、ハンカチやらを詰めていた。

 着ていく予定の服を分かりやすい位置に置いて、髪には丁寧にヘアオイルで手入れをする。

  以前、まりあ先生のお宅に誘われた日の前日もそうだった。

 誰かとお出かけするのに、前日からわくわくするようになる日が来るなんて。

 明日は朝が早い。

 この空の宮市から湖濱津まで、高速道路でも1時間半はかかる。

 それを往復、まりあ先生の運転で乗せてもらう。

 運転が一切できないわけではないけれど、今は生活で車を使わない。

 星花の教員になってからは、ろくに運転していない。

 そんな私が運転、ましてや高速道路の走行なんて。

 不安すぎて、とてもじゃないけど運転するとは言えなかった。

 現地に着いたら多少は私がおごろう。

 それくらいはしてもいいはずだ。

 6月も下旬まで来ているけれど、もう蒸し暑い。

 飲み物も差し入れしよう。

 この暑さなら、衛生面では市販品がベストでしょう。

 スーパーで買った、ちょっとお高めのペットボトルのミルクティー2本もリュックサックに詰めた。

 さて。

 そろそろ寝ましょう。

 気が踊って、なかなか寝付けないことなんてわかっているのだから。

 

 結局、眠れたのは深夜を過ぎたころだったみたい。

 カーテンの隙間から注ぐ朝日が私を起こす。

 顔を洗い、髪を整える。

 日焼け止めを塗り、お化粧をする。

 パンとコーヒーの簡単な朝ごはんを食べる。

 万全に用意しておいた荷物を持つ。

 さあ、行きましょう。


 待ち合わせ場所は前回と同じ、まりあ先生のお宅の最寄り駅。

 電車に揺られながらほんのりうとうとするうちに到着する。

「予定通り着けました! 前と同じ、ニアマートの前で待ってます。」

「わかりました! 行きますね!」

 一言ずつの電話。

 ほどなくしてライトローズのダイハツキャストが静かに向かってきて停まった。

 まりあ先生が内側から助手席のドアを開けてくれて、私はささっと乗り込む。

「おはようございます! よろしくお願いしますね。」

「ええ。」

 私がシートベルトを着けたのを確認すると、まりあ先生はふんわりとアクセルを踏んでキャストを発進させる。

 まりあ先生の運転は優しい。

 お宅に招いていただいたときからそう思っていたけれど、乗っていて本当に心地よい。

 きっと、まりあ先生の優しさや穏やかさが、運転にも出ているのだろう。

「湖濱津まで1時間半はかかりますので、ゆっくりしててくださいね。お手洗いとかも、気兼ねなく言ってくださいね。」

「はい、お言葉に甘えさせてもらいます。まりあ先生も、休憩してくださいね。」

 湖濱津と私たちの住む空の宮は、同じS岡県内であるが、遠い。

 1時間半も通しで運転するのはきついだろう。

 代わってあげるには、自分の運転に自信が無さ過ぎる。

 そのことをここまで悔しく思った日は初めてだ。

 そのうち、ペーパードライバー講習でも受けようかしら。

 そんなことを考えていたら、やっと赤信号で停止した。

 ここから右折して大通りに入る。

 長そうな赤信号だ。

 渡すなら今だろう。

「まりあ先生、これ、どうぞ。運転のお礼も兼ねてます。」

 そう言ってミルクティーを差し出す。

「まあ! お気遣いありがとうございます!」

 まりあ先生はミルクティーを一口飲んで、スタンドにペットボトルを挿す。

 私も一口。

 何の変哲もない、値段が少し高めのペットボトル入りミルクティー。

 でも、いつもより美味しく、甘く感じる。

 遠足で食べるお弁当や、林間学校のキャンプで作るカレーが美味しく感じるのと同じような話だろう、きっと。

「高速入りますので、スピード上げますね。」

 料金所を抜けて、景色の流れが早くなっていく。

 それでも、不思議と揺れない。

「まりあ先生の運転って、気持ちいいですね。」

「そうですか? この子は軽自動車ですので、普通車に比べたら揺れますよ?」

「でも、なんだか心地良いんです。まりあ先生、運転が上手ですもの。」

「まあまあ! 運転は好きですけれど、褒められたのはずいぶん久しぶりですよ!」

 まりあ先生は照れながらも冷静に運転してくれる。

 頼もしいことこの上ない。

 カーラジオからは、今日は10年ほど前……すなわち私達が星花生だったころに流行ったJPOPが流れてくる。

「懐かしい。この曲も軽音部でカバーしたことがあります。仲間内で軽くやってただけですけど。」

「そうなのですね。私はこういう流行にはとんと疎くて。たまにテレビをつけた時に流れてきたものを知ってるくらいしかないのです。」

「そういう人もいますよね。彩雪先生、あの頃はどんな音楽が好きだったんですか?」

「そうですね……。実のところ、この手のJPOPってあまり聞かなくて。家にあったピアノやオーケストラ……ざっくり言えば、クラシック。そのような曲ばかり聞いてましたね。適当に聞いていたので、作曲家とかはよくわかっていません。」

 そう言うと、まりあ先生はふふっと笑い声をこぼす。

「なんだか、彩雪先生らしいですね。私、軽音部でやったような音楽も好きですけれど、もちろんクラシックも好きですよ。彩雪先生と趣味が合いそうで、嬉しいです。」

 まりあ先生はにこやかに話してくれる。

「今日のコンサートも、まりあ先生からお誘いいただいたとき、本当にうれしくて。クラシックのコンサートでもなかなか行く機会がありませんけど。まりあ先生となら、きっと素敵な時間を過ごせそうです。」

 ……さっきから、他の人とは絶対に……そこまでは言い過ぎかもしれないが、ほぼしないであろう距離感でまりあ先生と話をしている。

 なんだが、胸の奥がぞわぞわしてきた。

「そろそろ、ひと休憩取ってもいいですか? もう半分くらいまで来てますよ。」 

「ありがとうございます。ええ。」

 まりあ先生の一言で、少しだけざわついていた胸が落ち着いた。

 私達を乗せたダイハツキャストは、パーキングエリアへと進んでいった。


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