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10. ふたりで湖濱津日帰り旅行?

 まりあ先生のお宅で素敵なひと時を過ごしてから、何日か経ったある日の放課後。

 まりあ先生が、わざわざ図書室にいらっしゃった。

「幼いころに習っていたピアノの先生と、今でも連絡を取り合っているんです。そして、その先生からこんなものをいただきまして。……もしよければ、ご一緒しませんか。」

 まりあ先生が見せてきたのは、コンサートのペアチケットだ。

 会場は……湖濱津市。

 音楽の街として、天下のハマヤ楽器の城下町として名高い市だ。

 同じ県内同士ではあるけれど、ここ空の宮市からは、ちょっと遠い。

 ちなみに、私のフルートはそのハマヤ楽器製である。

 さらに言うと私の父親はハマヤ楽器と関連深い会社であるハマヤ発動機、その下請けメーカーの役員だ。

 私は、なにかとハマヤとは縁深いので、このお誘いも嬉しい。

「ええ! 喜んで!」

 図書室内に生徒が偶然一人もいないことも後押ししたのか、私は上ずったそこそこ大きな声で返事をしてしまった。

 私の声が、まりあ先生と二人きりの図書室に響き渡る。

 声が出てしまってから、私はその音量を自覚する。

 ……やってしまった。恥ずかしい。

 穴があったら入りたい、とはまさにこの事。

 気が付いたら私はうつむいていた。

「……うふふ。」

 ああ、笑われてしまった。

「彩雪先生、顔を上げてくださいな。」

 促された手前、いつまでも下を向いたままというわけにはいかない。

 恐る恐る顔を上げると、まりあ先生はにこにこと微笑んでいた。

「ごめんなさいね。彩雪先生が、可愛らしくて。」

 可愛らしい。

 しかも今。

 まりあ先生は『彩雪先生が』とはっきり私を名指しして、そう言った。

 ほんの少し前とは、別方向から恥ずかしさ……いや、これは。

 照れくささ……その名前のほうがふさわしかろう。

 そのような感情でいっぱいになっていく。

 もはや。

 大きな声を出してしまった恥ずかしさが、可愛らしいと言われた照れくささで沈められていく。

 ……また顔を下げて逃げ出したいと思わないでもないが、もう顔を上げてしまっている。

 それに。

 ここから逃げ出すのは、とてももったいない。

「……えへん。」

 わざとだけど咳払いをして、少しだけ間を稼ぐ。

 よし。

 落ち着いてきた。

「湖濱津市……たしか楽器博物館もありますよね。あそこ。」

「ええ。よければ、楽器博物館や食べ歩きも一緒に行きましょう?」

「いいですね!」

 (さきほどのことがあるので、私は頑張ってうっかり大きな声を出さないように自制していた。)

「決まりですね! あ、運転は私がしますよ。」

「いいんですか? 湖濱津、結構遠いですよね?」

「運転は好きですから大丈夫ですよ。休憩も挟みますし。あ、その分朝は早くなりそうですけれど、大丈夫ですか?」

「まりあ先生に合わせます。むしろ、乗せてもらうばかりで……。甘えてばかりみたい。」

 私がそう言うと、

「もう! 私がしたくてやってるんです! むしろ、甘えて……」

 今度はまりあ先生が威勢よく、ちょっと高く大きめな声で……と思ったら、最後のほうは急に静かになって、まるで囁き声のようだった。

「甘え……。」

 私が何とか拾えた言葉は、そのまま口から出た。

「て、欲しい、です。」

 まるで続きを言うかのように、まりあ先生は囁いた。

 その囁きに、私の心は風が吹きすさぶようにざわめいていく。

「……それ、では。よろ、しく、お願いします……。」

 途切れ途切れに、そう返すのが精いっぱいだった。


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