9. まりあとゆりあ、そして彩雪
「私たち姉妹は、中等部から星花へ一緒に入学しました。中等部で私は合唱部、ゆりあは美術部で活動していました。」
まりあ先生が静かに話す。
「ゆりあは大人しくて引っ込み思案な子でした。美術部で静かに絵を書いているのが好きな子でした。」
そういうと、まりあ先生の瞳から突然、雫が零れ落ちた。
「……ごめん、なさい……。今でも、時々は、こうして、泣いてしまうの、です。」
「いえいえ。……なんだか、ごめんなさいね。そんな話をさせてしまって。」
まりあ先生はハンカチで涙をぬぐいながら息を整えている。
「いいのです。……ふう。少しだけ、落ち着けました。大人になって、ゆりあのことで、誰かの前で泣いてしまうのは、身内以外では、彩雪先生が、初めて……ですね……。」
突然、と表現したけれど。
職員室の机に写真を飾るくらいだ。
ゆりあさんのことが大切なことは、言葉にしなくても伝わってくる。
そんな話をしているのだから、泣くのなんて当然でしょう。
「そう……でしたか……。」
「いいのですよ。……彩雪先生にも、いつかはゆりあのことをお話ししたいと思っていましたから。」
それを聞いて私は、うれしいようなこそばゆいような気持ちになる。
さっきも私は『彩雪先生の前だけなら、たまには歌ってみてもいいかもしれない』とまで言われた。
……私は、まりあ先生の、何か特別な存在にはなっているのかもしれない。
……いや、これについて深く考えるのは、今はやめておこう。
……目の前のまりあ先生に、集中できないから。
「ゆりあさんは、大人しくて、引っ込み思案……。自分で言うのも変かもしれませんが、なんだか私に似ていそうですね、ゆりあさん。」
まだその一言しかゆりあさんについて聞いていないが、私はゆりあさんに親近感を覚えていた。
まりあ先生は、何かがつながったようにニコっと微笑む。
「まあ……。うふふ。そうなのかもしれませんね。ゆりあと彩雪先生は、気が合ったかもしれませんね。」
まりあ先生がにこにこしながらミルクティーを口に運び静かに啜る。
もしゆりあさんが生きていたら、こうして三人でミルクティーを味わう日々もあったのだろうか。
「そうかもしれませんね……。」
まりあ先生がミルクティーのカップを置き、私を、いや、……私の瞳を見つめている。
「ゆりあは大人しい子でしたから。……似た性格の人には、つい声をかけてしまうのです。」
私の瞳を見つめたまま、まりあ先生はそう言った。
「……そう、でしたか……。」
つながった。
きっと、私とゆりあさんは似たような性格なのだろう。
だからこそまりあ先生は声をかけてくれたし、私は怖がらずに接することができた。
星花生時代にすれ違ったことはあるかもしれないけれど。
……ゆりあさんともお話してみたかった。
「……あの。……彩雪先生。」
「あっ、はい。」
まりあ先生に呼びかけられて私は我に返る。
そんなに考え込んでしまっていたか。
「……私は、貴女にゆりあを重ねてしまっていたのかもしれませんね。」
不思議と、悪い気は全くしない。
「……私とゆりあさんは、確かに似た者同士だったのかもしれません。……もしもゆりあさんが生きていたら、ゆりあさんとも仲良くなれたかもしれませんね。」
私の言葉に、まりあ先生は泣きながらも、でもほんのりとにこやかに言葉を返す。
「ええ……。私たちが星花生だったころ、ゆりあと『いつか先生になって星花で働こう』と約束をしました。ゆりあが亡くなっても私はそれを守り、公立学校で経験を積んでから星花へと戻ってきたのです。……もしそれが叶っていれば、もしかしたら。……私とゆりあ、そして彩雪先生と。三人で星花の先生として働けたかもしれませんね。」
涙をにじませながらも明るく話すまりあ先生を、昼下がりの日が照らす。
日を反射し輝くまりあ先生の涙が、まるでちいさな水晶のように綺麗で、私はつい見とれてしまう。
「……まりあ先生。」
「……はい。」
その瞳に涙をたたえながらも、まりあ先生は優しく明るく答えてくれる。
「……私は、まりあ先生とお仕事ができて、うれしいですよ。……もしかしたらこのやり取り、ゆりあさんに見られているのかもしれませんね。」
ゆりあさんも当時読んでいた、『霧の向こうのとあるコンサート』。
それは、廃寺に今も憑く姫君の霊に連れていかれそうになった少女を、その祖父母の霊が引き留めて助ける話だ。
ゆりあさんももしかすると、まりあさんを、さらにもしかすると私をも、見守ってくれているのかもしれない。
私とゆりあさんは、三つ目のティーカップを出してミルクティーを注ぐと、話をさらに弾ませた。
私が帰宅するころには、外はすっかり暗くなっていた。
今日は、素敵な一日だった。