44. 義兄登場
クロム公爵家に移ってから一週間が過ぎた。
顔合わせ当日にキルアと訪れた時には王都の中央に位置しマタドールの屋敷と間違う積み重なる古い歴史の重みが伺える佇まいの屋敷に強い重圧を受けた。しかし迎えてくれた義理の両親となる二人は始終微笑みを絶やさすにリリーの拙い話に耳を傾け時には声をあげて笑ってくれた。
そして、まずはそのまま行儀見習いと言う事で滞在して丁度今日が一週間目だった。
「お嬢様、マタドール公爵がお見えになりました。」
「いきます!」
勢い良く返事をしてしまい、教育係兼筆頭侍女のマリカに軽く睨まれた。
数日前に今日来れそうだと書かれた手紙が送られてきてはいたのだが、毎日学ぶことが多すぎて手紙の返事すら書く事が出来なかった。
それが今日だったのだ。
すっかり忘れていたのに知らせを聞いたら兎に角少しでも早く彼を視界に入れたいと思ってしまった。彼に会って思いきり抱き締めて欲しい。
リリーは勢いよく立ち上がる。
「何事も、ゆっくり動いてください。高貴な御身分の方は常に余裕がある仕草を……。」
「ごめんなさい。でも今日は無理!」」
たったの七日間だというのに今は彼の顔を見る事しか考えらなかった。
彼の名前を聞いただけ心の中がドキドキと音を立てている。
リリーは来賓が通される迎賓館へと続く長い廊下を駆けだした。
迎賓館の棟へ入ると絨毯の色が赤から青色に変る。
そして、一番大きな応接室の入口に見知った影が見えた。
どうやら追いついてしまったらしい。
「キルア様!」
「リリー?どうしたんですか?」
突然声を掛けられて驚きながらもリリーの姿を見つけたその顔はとても嬉しそうだ。
「会いたかったです。凄く。」
ギュッと抱きついてその肩に顔をうずめるとキルアが好んでつけているハーブの香水の匂いがふんわりとリリーを包み込む。
一週間だけなのに懐かしいと思える香りにリリーの目が少し涙目になってしまう。
「リリーどうしました?誰かに虐められました?」
耳元で響く少し低めの声が心地よい。
リリーは恥ずかしさを隠すためにそっとその頬に口づけをした。
するとほんのりキルアの耳が赤くなったのがわかる。今までは日常的にやっていた些細な触れ合いなの彼にとっても新鮮に感じたのだろうか?
リリーはキルアも自分と同じ気持ちだと思うと嬉しくなった。
「こんなに離れていたのが久しぶりで、つい大げさにはしゃいでしまいました。」
正直にリリーが伝えて微笑むとキルアの表情がピキッっと固まった。
「それは……少しうれしいですね。」
珍しくキルアが照れている。
「そこのお二人、そろそろ部屋に入ってくれませんか?周りの使用人が迷惑していますよ。」
すこし呆れた声が背後から聞こえた。
「ごめんなさい、ファランユースお兄様。」
リリーが慌てて振り向く。
「ファランユース、《お兄様》?」
キルアがリリーの言葉を反芻した。
「おや、公爵は陛下から聞かれていなかったのですね。私は先日正式に母の遠縁にあたるクロム公爵の後継となる事を承諾いたしました。なので今は義理同士ですがリリー様とは兄妹なのです。」
「だから、お兄様?」
「はい、ファランユース様から折角なのでそう呼んで欲しいと言われまして。恥ずかしいのですがそう呼ばせて頂いています。」
「男の兄弟しかいない私に思いかけずこの様な可愛い妹が出来たのでつい、お願いをしてんですよ。」
ファランユースはスッと可愛い妹の頭を一撫でした。
「私が側にいられないうちに、随分仲が良いようだな……。」
「キルア様?」
「リリー、アレはちょっとした僻みですから気にしないように。」
くすくす笑いながらファランユースは二人を追い越して応接室のドアを開けた。
「私はお邪魔なようですから手短に用件だけ宜しいですか?」
侍女がお茶を運んできて退出するとファランユースは早速口を開いた。
先程からキルアはムスッとしたままと黙っている
「私がこちらの後継となる事は以前から打診があったんです、いままで他に良い方がいるのではと保留にしてはいたのですが、今回陛下から是非にとお願いされてしまいました。リリー様の後見として陛下の側仕えの私が義兄となれば更に守れると。そう言われていました。」
「まあ、侯爵家を継がない三男のお前にいずれは爵位をと兄が言っていたのは知っていたが、まさか公爵とはな。」
三男が実家の爵位以上の家の後継とは通常なら辞退する話だがそこを陛下の意向で押し通したのだろう流石に無理をしたものだ。
キルアは落ちつくために出されたお茶を一口飲み込む。確かにリリーが一旦クロム公爵家の養女として自分と結婚をしても、所詮は元男爵家の娘であると他の貴族からは侮られる事に違いはない。しかしそこを人脈の深いファランユースが兄としてカバーする。
そして自分のお気に入りには最大の爵位をプレゼント。
なんとも根回しが良い兄だ。
「本来は爵位を継ぐまではこちらに住む予定はないのですが、リリー様が滞在する間は私もこちらから王宮に通うことになりますのでくれぐれも『余計な嫉妬』はやめてくださいね。公爵様。」
少しおどけて言うファランユース。
しかし、キルアは敏感に何かを感じ取った。
「……何か問題があるのか?」
「……流石公爵様ですね。少しだけ嫌な噂がありますので念のためですよ。」
チラリとリリーを見てファランユースがニコリと笑った。
「ではそろそろ王宮に行ってきます。リリー、兄とは『また後で』ゆっくりと話しましょうね。」
「はい。いってらっしゃませ、ファランユースお兄様。」
席を立つ義理の兄に向かって挨拶を返すリリーの隣でむっつりとした表情のままのキルア。
ファランユースは耐えきれなくて声をあげて笑うとそのまま部屋を出て行った。
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