【番外編】特別なペン
番外編です。
「ではこちらにサインを。特別な依頼には特別なペンをご用意しました。」
サラが両手を広げるとそこに二本の金色に輝くペンが現れた。
差し出されたペンを手に取ると握る柄に
Lilly&Killuaの文字が浮かび上がる。
二人は契約書にサインをした。
リリーは今日、久しぶりに一人でのお出掛け。
最近少し有名になってしまったせいで知らない人に良く声を掛けられる。それを不安がるキルアを安心させるために近頃は外に出るときには誰かしらお供がついてきていた。
その為つい付添いの従者に気を使ってしまいちょっと出かけついでに寄り道、が出来ない。リリーは少々ストレスが溜まっていた。一回キルアに相談したらこれからはそう言ったことが日常となるのだから付添いの従者の事は気にせずに好きなだけ歩き回る事を覚えろと言われ、貴族のたしなみと言えばそうなのだがまだまだ自分には難しいと言う事をどうやって説明したらよいのか分からなかった。
しかし今日に限ってキルアを含めて従者が皆、出払っていたので一人で出かける事に成功した。勿論執事さんに伝言は残しているし、屋敷を出るとき庭にいつもの神獣三匹が寝ころんでいたが誰も起きて来なかったと言う事は近くに危険はないと言う事だろう。絶好のお散歩日和だった。
「あら、リリーちゃんいらっしゃい。」
小さな書店に入ると見知った店員のユリが声を掛けてきた。
「お久しぶりね、何かお探しかしら?」
「うん。面白い本が欲しいなって思いまして。流行りの女性に人気がある小説とかありますか?」
最近は時間があると公爵邸にある蔵書を読んでいたのだが、なにせ娯楽ではない。どちらかと言えばこれからのお勉強の教材だ。だから息抜きできる物を探していた。
「そうね……今は貴族と平民の恋物語かなあ。実話っていう噂もあっておかげさまで絶賛大好評中。」
ニッコリ笑われた。
「その本、誰が書いたか知ってます?」
最近リリーが有名になった原因の一つはコレ。
何処で見ていたのか知らないが自分とキルアがモデルになっていることは明らかだった。まあ身分も変えてあるし名前ももちろん違うので声を掛けられても違うと答えてはいるのだが。
「著者は『e』一体どこで見てたのかしらね貴方たちのあんな事とかこんな事とか。」
「だから、私たちの事じゃありませんからね!」
「はいはい。じゃあ、これなんかお薦めよ」
ユリは奥から一冊小説を取り出した。表紙には王冠をかぶった王子様とお姫様が向かい合っている。タイトルは『溺愛?』なぜ『?』がつくのだろう。リリーは首を傾げた。
「ね、タイトルがそそられるでしょ?お詫びにあげるから読んでみて。」
チリン。入口のベル鳴った。他の客が来たらしい。
リリーは断る理由もないので礼を言って本を受け取って店の外へ出た。
折角だからギルドに顔を出そうかと思ったが今の状況で仕事を受けるわけには気ないのでやめた。キルアにもそれとなく言っていたがそろそろ脱会しないといけないだろう。
普段歩かない路地に入ってみたら奥路地にあるにしては少々場に浮いている小綺麗な店構えの店舗の前を通りかかった。中を覗くと大勢の男女がいた。看板を見ると雑貨屋のようだ。ちょうど店から出てきた女性は小さな包み紙を大事そうに抱えて去っていった。
「何を売っているんだろう?」
リリーは気になって店内に入る。
「すいませんね、今注文すると一か月待ちになりますよ。」
「……彼女と会うのは二週間後なんです、何とかなりませんか?」
「特急料金出せます?」
「出します。」
店のドアを開けるとカウンターで交渉中の声が聞こえた。交渉はまとまったようで男性は書類に何やら真剣に書き込んいる。周りを見ればどの客も発注書を持っているようだ。
「いらっしゃませ。お客様もペンの発注ですか?」
「ペン?」
カウンターにいる店員とは別の接客係から声を掛けられてリリーは聞き返した。
「はい、皆さん恋愛成就に効果がある黄金のペンを購入するために並ばれています。」
何やら胡散臭い。
リリーはじっと店員を見た。
「あれ、ご存じないんですか?生活ギルド『エンカ』公認の黄金に輝くペンです。お互いの名前が浮き出るというロマンチックなペンで既に効果はギルドで立証済み。知りませんか?公爵様と男爵令嬢のお話。」
リリーの目が大きく見開かれた。そのまま渡されたチラシに目を向ける。
『特別な依頼には特別なペンをご用意しました』
伝説のカップルはこのペンから始まった
《Lilly&Killua》
公認:生活ギルド『エンカ』
リリーの手が思わずクシャリとチラシを握りつぶす。
彼女は無言でその店を後にした。
後日、リリーとキルアは揃って『エンカ』に来ていた。
受付にはサラがいる。
「こんにちは、サラさん。」
リリーが声を掛けるとサラがひきつった笑いを返した。
「どうしたんですか?お二人そろって。」
「まあ、ゆっくりお話させてください。サラ、座って。」
ソワソワするサラをキルアが有無を言わせず座る様に促す。
そしてスッと先日のチラシを置いた。
キルアのただならぬ態度にギルド内にいた人々の視線が自然と集まる。いつの間にかギルド内はしんと静まり返っていた。
「これ、どなたが作ったのか教えてください。《公認》なんだから知っていますよね?」
無言のサラ。
実はあの後キルアが少し調べたらいろいろ判った。あの雑貨屋はサラの実家。隠れた裏路地に秘密めいた雰囲気も噂に拍車をかけたようで今あのペンは婚約の際の重要アイテムとなっているらしい。
偽名で書籍になっているのとは違い、チラシは実名。ギルド公認、流石にいろいろと問題があった。
「調べはついていますよ。実名を使って私はともかくリリーに何かあったらどう責任をとるおつもりだったんですか?」
「お二人に話したら絶対反対されると思って……そこまで考えが及びませんでした。すいません。」
サラがぺこりと頭を下げた。
「公認、というのは貴方が元々作ったものだからですね。」
「はい。お名前は……もう使わない様にします。今までの分については売上の何パーセントをお支払いすれば許していただけますか?」
もともとそのつもりだったのか、サラはすんなりと提案してきた。
「いいえ、金銭は結構です。」
すんなりと断るキルア。
ならなぜ、二人は来たのか。サラが首を傾げた。
「その代わり、退会します。そして退会届を《あのペン》で書かせていただきます。」
周囲の目が点になる。
婚約必須アイテムが婚活ギルドの退会のサインをするために使われる。
なんと縁起の悪い事。
「ちょ、ちょっとそれだけは……。」
今にも泣きそうなサラ。
「退会か発売停止。」
静かに言うキルア。
冷汗をかきながら必死に考えをまとめるサラ。
「今の受注分で販売を終了します。」
キルアの完全勝利だった。
「これで少しは静かになると良いんですけど。」
リリーは屋敷に戻るとキルアの部屋で共に紅茶を楽しんでした。
世間に流れていた二つの噂のうち一つは解決。残りの書籍については不明なまま。もしかしたらと思いサラに話を聞いたが書籍については全く知らないと言われてしまったので正体は不明のまま。
「まあ、新しい恋の噂が出回れば古い噂は自然と消えます。何ならジュリアとカイの恋物語を広めてしましまいましょうか。」
宰相の娘と魔王を倒した騎士の恋。なんともロマンチックな話だ。
でもその恋が育つのはもう少し時間がかかりそう。
真剣に噂を流そうと考えているのか少し思案顔のキルアにリリーはクスっと笑う。
「どんなうわさが出ても、きっとキルア・シャル・マタドール公爵が私を守ってくれるから大丈夫です。」
リリーがそっとキルアに寄りかかった。そのままそっと抱きしめられる。
「勿論、お任せを。」
リリーを甘やかす彼の優しい声色が頭上から優しく優しく振ってきた。
そして身体ごとそっと持ち上げられる。
「たまには一緒に寝ましょうか。」
「そうですね。」
リリーの両手がそっとキルアの首にまわされた。
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