41.誓い
いつも
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あの大騒動が終わって数日後、リリーは公爵邸の庭の芝生の上でコリー達神獣のブラッシングをしていた。傍らにはすっかり子熊のような姿になったイオングレイがリリーのスカートの端を握り締めて遊んでいる。
あの後しばらく屋敷でゆっくりしていたキルアだったが今日は王宮からの使いが来ていぞぎ出かけて行った。
そして、久しぶりに一人になって羽を伸ばそうとしていたリリーに神獣たちはわらわらと集まってきたのだった。
緑の芝生の上に敷物を敷いて座り込むリリーとのっそりと獣の姿で横になっている神獣達。すっかり平和な日常にリリーの顔も自然と緩みまくる。
「リリー戻りました。」
「キルア様、早かったですね。」
リリーは立ち上がってこちらに歩いてくるキルアを迎える。
「はい。王…兄に呼ばれただけなので。」
あれからキルアは国王の事をリリーの前では兄と呼ぶようになった。正式に婚約をした事を報告に上がったときに国王にもキルアの兄だと紹介され、事前に知っていたとはいえ言葉に詰まったのは記憶に新しい。
「明日、アンネ公女が帰国します。その挨拶でした。それと兄が王宮の端にある離宮を新居にくれると言い出しまして……。」
「はい?」
キルアの公爵邸の広さだけでもリリーにとっては身分不相応の待遇と思っているのに離宮などとは想像もつかない。
「実は幼い頃は自分が住んでいた宮でして、折角だから改築して戻って来いと言われています。」
キルアの元居た屋敷。
断りの言葉を告げようとした口を思わず閉じる。
キルアは成人して直ぐに皇族を離れ、公爵の位を得たのち直ぐに使用人と共にこの屋敷に移り住んだと聞いている。
幼い頃に過ごした離宮は彼にとっては大切な場所だろう。
そんな場所をただ自分のわがままで断る訳にはいかない。
「爵位は公爵のままなのに離宮とはいえ王宮に住むのは国民に示しが付かないと説明したんですがそれなら別荘でいいじゃないかと言われまして。」
公爵が離宮を別荘として所有?聞いたこともない話にリリーの目がまん丸く見開かれる。
「兎に角、二人で見学に来いと煩いので明日アンネ公女の見送りをしながら見に行こうと
思いますので、急ですがリリーもお付き合いお願います。」
申し訳なさそうに目を伏せるキルアにリリーは唯々頷くしか選択肢はなかった。
朝からメイドさん達に外出用のドレスを着せてもらってリリーはキルアと共に馬車に乗り込んでいた。傍らの小ぶりのバスケットにはどうしても離れたがらないイオングレイが入っている。
「結局アンネ公女は護衛騎士のクラウと婚約するそうです。」
あれだけキルアに執着していたアンネだったが先日の混乱を取り仕切ったリリーを物凄く高く評価しているようで、潔く身を引くと言われてしまった。国内で適当な貴族と婚約すると言っていたが護衛騎士の方と婚約とは、いったいどんな経緯があったのだろうか。
「恋はいつ訪れるかわからないからこそ、尊く素晴らしいものなのです。私達にはわからない何かが彼らにあったのでしょうね。」
キルアがもの知り顔で言った。
彼も感じたことがあるのだろうか?それはいつ?
リリーが口を開こうとしたその時『そろそろ王宮に到着しますからご準備を』と運転席に座る御者が二人に告げ、その話は終わってしまった。
アンネ公女一行を見送ったのちリリーとキルアは話にあった離宮を訪れていた。キルア館を出てからは国外の要人の接待や滞在などに使用されているという。庭師によって手入れされている庭園は小さいながらも季節の花々が咲き誇りとても美しかった。
「リリー、鞄の中が騒がしいようですよ。」
キルアに言われて傍らに置いた神獣が入ったバスケットを見ると何やら不自然にごそごそと動いている。
「イオングレイ、どうしたの?」
慌ててふたを開けるとひょこっと子熊が顔を出した。当たりを興味深そうに眺めて小刻みにしっぽを振っている。
どうやら外に出たいようだ。
イオングレイとは一時会話が通じたのだがラリーとの力の繋がりが消えたあたりでイオングレイからの言葉はわからなくなってしまった。それ以降は彼が言葉を伝えようとしてくれた時だけ声が聞こえた。
「お散歩してくる?」
子熊はこくりと頷くとバスケットから這い出た。幸いリリーの言葉は理解しているので今のところ意思疎通に問題はない。
「後で迎えに行くからね」
リリーが言うと彼はそのまま奥の森へと続く小道を軽快に走り出した。
離宮の中へ入るとその豪華な装飾の数々に庶民感覚のリリーは怯む。しかしこれに恐縮するようではこの後キルアと一緒にいる事など出来ないと思い自身を奮い立たせる。隣のキルアを見ると懐かしそうに辺りを見回している。そして壁際に置かれた調度品に近づきそっと横にずらした。そこには壁につけられた小さいキズが何本か残されていた。
「小さい頃に兄と背の高さを競って事あるごとに印をつけていたんです。見つかったら直ぐに消されてしまうから隠していたんですよ。結局、父にバレてすごく怒られました。てっきり私が屋敷を出てから修繕されたと思っていたんですが残されていたんですね。」
キルアは壁のキズを確かめるように指でなぞった。
臣下へと下っていった我が子の思い出の後を消すことなど出来なかったに違いない。
「良いお父様だったんですね。」
リリーはそう口にしてみてふと気づく。
キルアの父、と言う事は前国王ということで。
……良いお父様どころではなく素晴らしい方ではないか。恥ずかしくなってみるみる顔が赤くなるのが分かった。
「はい、父は尊敬する素晴らしい国王でした。リリーに紹介できないのが残念です。」
確か前国王夫妻は視察のために出かけた際に崩落事故に会い、若くしてなくなられたと聞いている。そして年若い王太子が直ぐに王座に就いたと。
当時辺境に住むリリーは出来事としては知っていた。しかし、まさか今になってその当事者と関わることとなるとは。
「爵位を賜って独り立ちした数年間は自分の事で精一杯で自然と両親と兄とは距離が開いてしまっていました。だから両親の葬儀の時に久しぶりに顔を合わせた時には既に兄の事は簡単に『兄』と呼べなくなっていました。」
あのお屋敷に一人で住み、なれない公爵としての仕事をしてた当時の彼を思い、リリーの胸はきゅっと締め付けられた。
「こないだキルア様が『私の兄です』って国王様を私に紹介していただいた時には、お兄様、嬉しそうでしたね。」
あえて国王と言わず『お兄様』と言ってみる。
キルアが少し照れながら笑った。
「今回の事で思ったんです。兄弟仲がこじれたままでは後悔することになるんだと。そうだ、奥の間にまだあるかもしれないので行ってみましょう。」
キルアは何かを思いついたようでリリーの手を取ると足早に歩き始めた。いくつかのドアを潜り離宮の最奥部への部屋らしき場所にたどり着く。そこは通ってきた部屋の倍以上の広さはある空間だった。中央の壁には二枚の絵が飾られている。
「あっ。」
「流石に見たことがありましたか。」
飾られていたのは前国王と前王妃。良く見るとキルアの目元はお父様譲り、ゆるい癖のある美しい髪はお母さま譲りなのが分かる。
「改めて紹介させていただきます。私の父と母です。父上母上、婚約者のリリーを連れてきました。私の最愛の人です。」
キルアの言葉に戸惑うながらもリリーはゆっくりと二枚の肖像画に向かって頭を下げた。
「リリー・マイヤーと申します。ご子息様には大変お世話になっております。平民の出であるこの身ではございますが、これからは私の命が続く限りお二人の分までお側でお慕いするキルア様にお仕えしたいと思っております。なにとぞお許しくださいませ。」
頭を下げたままの挨拶。
当たり前だが返ってくる返事はない。
不意に辺りがキラキラと輝きだした。
急いで顔をあげようとしたが何故か体が動かない。
そして足元には何処から入ってきたのかイオングレイ。
《そこの神獣様は王族と余程つながりが深いようだな。先程我を起こしに来よった……キルアよ兄の背を抜いて立派に育ったな。リリーとやら、息子を頼む。》
「父上。」
同じく動けなかったキルアがようやく口を開いた。
しかし、その時には既に部屋はもとの空間に戻り何もなかったかのように静まり返ったまま。まるで白昼夢を見ていたかのようだった。
「お父様だったのでしょうか?」
ようやく動いた体でキルアのもとまで行くとそっと彼に抱きしめられた。
「そうですね。その様です。あの声は…父でした。」
キルアも信じ切れていないのかリリーを強く抱きしめながら何度も自分で呟いている。リリーは抱きしめられたままいまだ何かを呟こうとしているキルアの頬を両手で触れる。
「キルア様。私、お父様に頼まれてしまいました。ずっと一緒にいますのでよろしくお願います。」
ニコリと笑ってそのまま自分からキス。
キルアが驚きの顔で自分を見ているのがなんとも嬉しい。
初めて彼に勝てた気分だった。
しかし、その気分は直ぐに終わる。
彼はリリーを自分と同じ視線の高さまで抱き上げて微笑み、彼女からの物とは比べ物にならない濃厚なキスをお返しした。
先程までの優越感など一瞬で消え去り唇だけの感覚に支配されるリリー。
気がつけばキスは終わってリリーはキルアから解放されていた。
口づけをしていた時間は長かったのか短かったのかそれも全くわからない。
ただ、唇に残る雄々しいキルアの感触と幸福感で満たされた感情だけが彼女の身を包んでいた。
「これ以上は親には見せられませんから……屋敷に帰りましょうか。」
「そうですね。」
キルアはリリーの手を握ると部屋出る為にドアを開ける。
そしてそっと振り返った。
「近いうちに、また来ます。」
パタンと閉じられた扉の向こう側で、クスクスと笑い合う声が聞こえた様な気がした。
続編&番外編を考えています。
でも新作も書きたいので一旦投稿は止まると思います。
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