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34.逃げるか?戦うか?

いつもお読みいただき

ありがとうございます。

 初めはネズミなどの小さない動物たちだった。


 それからだんだんシカなどの中型、そして小型の魔物と数が増え始めたころには人は異変に気づき感が良い者から席を立ち、逃げ始めた。


「森の奥で封印されていた悪いヒトが目覚めた。」


 初めに呟いたのはライ……、ラリーだった。

 隣でエリーも頷いている。


「そうね、最悪。」


 飛んできた鳥型の魔物がラリーの展開した結界によってはじかれて地面に落ちた。そのまま剣を持っていたカイによって息の根が止められる。


「あんたらこれの原因、分かるのかよ?」


 あくまでもジュリアの護衛として同行しているカイはジュリアを背後に守りながら近寄ってきた魔物を相手にしていく。


「知っているっていうか、さっきの気球ちゃんが爆発したところが運悪かったみたいね。」


 エリーはじっと森の奥を見つめながら考え込んでいる。


「あそこの森、なんか封印してた?」


 先程からリリーを抱きしめてじっと側を離れないラリーが誰に向かってというわけでもなく疑問を口にする。


「良く分かりましたね、あそこには遠い昔に王家に処刑された王が眠っています。」


 混乱する中試合を終えてキルアとクラウがようやく戻ってきた。


「キルア様」

「クラウ。」


 リリーとアンネ公女はお互いに待ち人の名前を呼ぶ。


「すいません。馬が怯えていたので繋いで来たら遅くなりました。」


 キルアはリリーに駆け寄ろうとして彼女の手前で何故か立ち止まる。そしてじっとリリーを見つめ動かない。


 「どうしました?キルア様」


 不自然に空いた空間に戸惑いながらリリーはキルアを見つめた。


 「……その方々は?」


 言い難そうにキルアが訪ねてリリーは初めて気が付いた。


 ラリーに抱きしめられている自分。

 そして、以前リリーの看病に来ていたエリーはキルアと一度会っていた。

 この状況、絶対にキルアに勘違いをされている。


 とっさにエリーの方を振り返ると苦笑いをしている彼と目が合った。ラリーも事態に気が付いて手を離す。


 リリーとにかく急いてキルアに近寄って硬い表情のまま立ち尽くす彼にそっと耳打ちをする。


「キルア様、彼らはエリーとラリーです。」


 とたん、ぽかんとした表情をするキルア。

 そして徐々にほんのりと彼の耳が赤く染まっていった。


「……すいません。ガラにもなく嫉妬をしてしまいました。」


 ぼそりと口から出たキルアの呟きを聞いて、リリーはなんだか嬉しくなりそのまま彼に抱きつく。勿論、そのままキルアからも抱きしめられた。そのままお互い見つめ合ったのち、我に返りあわてて離れる。


「内緒にしてほしいそうなので、これ秘密ですよ。」

「わかりました。」


 二人はそのままラリーたちのもとに戻り、全てを見ていた彼らの生暖かい視線に出迎えられた。


「キルアです。」


 キルアのなんとも言えない挨拶にラリーとエリーは一瞬驚いて、ぷっと噴出す。


「うん、知ってる。」

「そうでした。なんだかすいません」

彼らのそんなやり取りに、リリーも思わす吹き出した。





 その後、話しにカイも加わり今の状況へと戻った。


「で、どうするの?」


 増え続ける魔物にカイが苛立ちを隠さず呟いた。逃げるにも会場に集まった市民の誘導すらままならない状態の中、身動きがとれない。


 「取り合えずこの場を何とかしなければ。」


 ジュリアにはカイ、アンネ公女にはクラウ、リリーにはキルア、それに加えて神獣の二人もいる。自分たちだけなら何とかこの場を維持することは出来る。


 しかし、それだけだ。いつかは崩れる。


 「王の天幕に行きましょう。あそこなら多数の騎士もいます。なにか打開策が練られているかもしれません。」


 キルアの提案にその場の『人間』が、頷く。

 

 リリーを覗いて。


「あの……あそこにいる子たち。なんとか殺さない様にする事出来ませんか?」


 ずっと黙って聞いていたリリーが申し訳なさそうに言い、キルアたちが一斉に彼女を見つめた。


 「さっきからずっと怖がる声が聞こえていて……魔物も動物も怯えているだけで彼らも逃げたいんですよ。」


「そうね、出来る事なら助けたいわね。でもオカシクなっちゃった子達もいるわよね?」


 やはり気が付いていたエリーがリリーに言う。


 「はい、怯える魔物の集団の他に《呪い》に侵された魔物の集団が混ざっています。何とかならないでしょうか?」


 リリーはエリーに向かって真剣に尋ねる。

「私なら正気に戻す説得は出来るわ。でも一度に説得と攻撃はできない。元に戻せない方はどうするの?」


 暗に魔物を優先して人間を危険に晒すのかとエリーは彼女に尋ねた。そしてそっとラリーに視線を向ける。


「あ、俺はリリーのそばを離れないからダメ。」


 いつの間にかリリーを抱きしめる先程の体制に戻っているラリーが当たり前のように言った。どうやら『リリーが怪我をすればキルアが悲しむ→兎に角リリーの安全が一番』という図式が彼の中に出来上がっているらしい。


 「手加減しなくていいなら俺がやる。」


 考えに行き詰っていると、カイが名乗り出てくれた。


 「魔物の相手なら専門だ。ただ、見分けはつかないから、リリーが指示してくれ。出来るか?」


 「うん。ここからだと何となくしかわからないけどもう少し近づけば判断できる。」



 カイの問い彼女が深く頷くと、隣にいたキルアがサッと顔色を変えた。そしてぎゅっとリリーの手を強く握って今すぐにでも歩き出そうとする。


 「ダメです。戦えない貴方があの混乱状態の草原へ行くなんて許可できませんっ。今すぐ王の天幕へ移動を……。」


 「キルア様、私が行きたいんです。」


 このままキルアにつられて逃げるだけなんてしたくない。大きな声でリリーが叫ぶ。


 それに驚いて真っ青な顔で自分を見つめてくるキルアをじっと見上げてリリーはゆっくりと口を開いた。


 「私にしか出来ない事です。お願いします。」


 リリーはじっとキルアを見つめる。

 

 「……キルア、俺がいても不安?」


 ラリーが助け舟を出す。先程あんな事を言っていても神獣である彼も怯える魔物を助けたいのだ。


「リリーにキズはつかない。約束する。」


 ラリーに断言されて、キルアもようやく平静を取り戻した。



「わかりました。行ってらっしゃい。」


 まだ少し青白い顔をしながらそれでもキルアはいつもの様に優しくリリーに微笑む。


「全て終わったら、皆でゆっくりお茶を飲みましょう。私が最高のお茶を用意します。」


 今の状況からは逸脱した至極平凡な、平和な約束。


「そうですね。じゃあ行ってきます。」


 リリーはニッコリと笑った。




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