33.模擬試合
いつもお読みいただき
ありがとうございます。
模擬試合。
それは勿論真剣でやり合うものもあるが今回のように祭事に近いものの場合は模擬刀が使われる。
剣先は柔らかく作られているので大怪我はしないが触れれば赤いインクが出る仕組みになっているので相手にどれだけダメージを与えたかは一目瞭然。勿論柔らかいと言っても剣先だけなので別の所が当たれば衝撃を受けるしケガもする。どちらかが負けを宣言すれば勝敗が付く。
「キルア様は剣ですね。」
試合前には会う事は出来ないと言われ、リリー達は当初の予定通りアンネ公女の天幕からの観戦となった。
キルアは真っ白い馬に乗り、衣装は先程の騎士服に軽く胸当て、手には剣が一振り。
相手の騎士はクラウと言ってアンネ公女の国の近衛副団長だという彼は馬に乗り槍を構えていた。
間合いの差は明らかだった。
誰が見ても槍の方が優位。
そして相手は本職の騎士。
さらに言えばキルアが剣を握っている事など一度も見たことがない。
勝てるのだろうか?
リリーはぎゅっと服の端を握り締めた。
「クラウ、怒ってるわね。」
口元を扇で隠してアンネ公女はクスリと笑った。
キルアが去り際、公女に防具について忠告したため騎士クラウはほぼ完全な防具を身に着けて試合の場に立っている。それとは反対にキルアは祝賀用の騎士服に胸当てという軽装。そして、馬上戦に優位な槍を携えているクラウに対してキルアの手に一振りの剣。
「私の未来の結婚相手が大怪我をしなければ良いけど。」
アンネは自分の騎士が勝つことを確信していた。
◆◆◆
「貴方、俺の事馬鹿にしてます?」
「いえ。お互い面倒なことをしているなと思っていた所です。」
試合前、待機場所で二人無言で座っていると騎士のクリフからキルアに声を掛けてきた。彼が待機場所に入ってくるなり不機嫌だったのはキルアに馬鹿にされている思っていたからしい。
「此方の装備と、貴方の装備…というか衣装に毛が生えた程度の出で立ちではそう思うのが自然と思いますが?それも騎馬に剣ですか?」
もしや公爵は勝負に勝つつもりがないのだろうか。試合開始とともに降参するとか?
実はアンネ様とのことは満更でもないのだろうか?
「馬鹿にですか……そう見えているようでしたら申し訳ありません。事実、その位の装備をして頂かないと貴方に大怪我をさせてしまいそうでしたので。忠告を聞いていただいて良かった。」
真顔で言われてクラウは言葉を失った。
「誰が誰に大怪我させるんですか?」
「私が、クラウさんにですよ。流石にアンネ様が護衛としてお連れになっている方なので名のある方かとは思いますが、模擬試合で怪我をさせたとあっては問題になりかねません。」
靴ひもを結びなおしながら淡々というキルアにクラウは怒りのあまり眩暈がした。これでも国では騎馬を操るのは一番の腕前で槍の名手と言われている。それなのに何故、目の前の公爵に『自分が』ケガをすることについて気を使われなければならないのか。
「大体貴方がリリーさんと結婚する可能性があるなんて考えただけでも腹が立つんです。兎に角こんなこと直ぐに終わらせて……。」
係りの者が二人を呼ぶ声がする。キルアがそれに軽く応えて立ち上がった。
「俺にも選ぶ権利はあります。あんな小娘のどこがいいのか教えていただきたいくらいです。」
クラウは静かに呟く。
「今、なんと言いました?」
立ち上がったキルアの身体がピクリと震えた。
「大丈夫です。俺が貴方に試合で勝って正式にリリーさんを振りますからご安心を。そして貴方はアンネ様と一緒に帰国してください。」
勿論、その時は私もお供します。クラウが傍らにある槍を掴んで立ち上がる。
「すいません。やはり少し怪我をさせてしまうかもしれません。クラウさん。」
「その前に貴方が降参すると思いますが?」
二人は前を向いたまま冷たく微笑んだ。
「ジュリア、これって模擬戦よね?」
「ええ、そうです。」
リリーは目の前の光景を瞬きを忘れてじっと見つめていた。
騎士クラウが操る槍を器用に馬を操ってかわし、そのまま彼の鎧に一閃。赤い太刀筋が見事に一筋浮かび上がる。それが何度も続いていた。
まるで二人で剣舞をしているかの光景にこれが模擬戦であることを忘れてしまう。この数分で勝敗はついているように思えるがクラウは逆転を狙っているらしく、降参をする気配はない。
そんな時彼が槍を大きく振り回しキルアに特攻をかけた。
流石のキルアも上手くかわす事が出来ずに剣で槍を払い二合三合とぶつかり合う。二人の乗る騎馬の上げる土煙が舞う中、ようやく勝負はついた。
落馬したクラウにキルアが馬上から彼の頭上に剣を向けている。
彼が着る鎧には何本も赤く太刀筋が、反して真っ白なままの騎士服を着たキルア。
「参りました。」
審判の旗がキルアの勝利を告げるとひと際大きな歓声が上がった。
勝敗が着いたと同時に空に浮かんでいた気球から祝福の花びらが降り注ぐ。観覧席の頭上の気球からは用意されていた小さな包みも撒かれ始めたようで嬉しそうに子供たち拾い集める光景が微笑ましい。
そんな中、勝利を収めたキルアが大きく剣を掲げて一礼をし、リリーのいる観覧席を向いてゆっくりと微笑む。
早く彼におめでとうを言いたい。
リリーが公女の天幕を出ようとしたその時、突然天幕が揺れる程の風が吹いた。
「気球が、燃えている。」
誰が叫んだ。
空を見上げると先程まで花を撒いていた夢の籠は真っ赤な炎に包まれて、制御がきかないのか気球はゆっくり奥の森へ向かってく。森に差し掛かる前に乗り込んでいた人間が近くの木に飛び降りるのが見えた。それを確認した騎士団があわてて救助に向かう。
そして暫くのち、森の中で大きな爆発音が響き渡った。
来週は少々忙しくなりそうですので
次の更新は少し時間がかかるかもしれません。
☆評価&いいね。
ブックマークをありがとうございます。
励みになります。




