32.パレード当日(後)
後編、だけどまだ続きます。
アンネ公女の使いという男の後をついて細い小道を抜けて行くと暫くして平原が見えてきた。パレード一行は随分遠回りをしているらしく丁度先頭の騎士団一行が平原に到着しているところだった。
リリー達は案内されるままに来賓専用のテントへと向かう。
国王と王妃を乗せた馬車が到着してその後、公女の馬車と共に付き添うように馬になったキルアも現れた。降車場で馬車から降りてきたアンネ公女は付添いの騎士にエスコートされてリリー達の元へと歩いてくる。
「あら、貴方たちの方が先についていたのね。ご苦労様、お迎えありがとう。」
優雅に微笑む彼女を見て、リリー達は公女を『わざわざ出迎える』ために先に案内されたことに気が付いた。あたかも自分が身分が上だと分からせたいのだろう。
「御招待ありがとうございます。このような名誉ある席にご同伴させていただき感激しております。後ほど宰相の父もご挨拶に伺うと申しておりました。」
リリー達中で身分が上のジュリアが貴族のご令嬢らしく恭しく挨拶をする。こちらに向かう途中にカイを使って宰相とも連絡を取ってくれていたので自分たちが公女のテントにいる事も報告済みだ。リリーの素性はともかく、同伴しているのが宰相の娘とわかれば公女も安易に手を出しては来ないだろう。
ジュリアもアンネ公女の意図を察してくれていて、彼女の事は宰相という後ろ盾がある自分が引き受けると言ってくれていた。
「ハインツ宰相のご息女でしたか。急にお呼びしてごめんなさいね、リリーさんとはお友達なのかしら?」
「はい、マタドール公爵にご縁がありましてその関係で知り合いました。」
「そうなの?貴方の方が公爵にはお似合いのように見えるわね。」
「いえ、公爵は兄のようなものですから。」
「あら、御謙遜を。」
フフフと笑い合いながら会話を交わす二人。
アンネ公女とジュリアはニコニコしながら向かいあって朗らかに話しているはずなのだがなぜが周囲は寒々しく、とてもではないが近づける雰囲気ではなかった。リリー達は遠巻きに二人を見つめているだけ。
「リリーさん、此方にいらして。」
ふと、公女が話を切り上げてリリーを手招きをしてきた。
リリーは渋々近づいて行く。
「お呼びですか?アンネ様。」
このまま別々に観戦をしたかったのだがやはりそうはいかないらしい。いつの間にか人数分の椅子が用意され、その中央に促される。
「お手紙にも書いたでしょう?一緒に観戦しましょうよ。わたくしの騎士とマタドール公爵の試合。」
「え?」
確かに模擬戦があると聞いていたが、騎士同士のものだと思っていた。馬に乗るキルアは見たことがあるが試合とはどういう事だろう。椅子に座りかけたリリーはそのまま固まる。
「先程、思いついてねマルス王には許可は取っているのよ。人気のある公爵とわたくしの自慢の騎士の試合なんて素敵でしょ。今頃マタドール公爵にも連絡が言っているはず。それで、一つ提案があるの。」
「提案ですか?」
ニコニコ微笑むアンネ公女。
「わたくしの騎士が勝ったら、貴方に彼をあげるから、マタドール公爵は私に頂戴。」
突拍子もない提案に思考がついて行かない。
「私たち、婚約していて……。」
「彼から聞いて知っているわ。この後、貴方たち『婚約予定』なのよね?」
まだ、婚約していない。
なら相手が変わっても良いではないか?
アンネ公女はそう言っているのだ。
「いえ、そうではなくて……。」
どういえば目の前の女性は納得してくれるのだろう。
「アンネ様、当事者の私がいないところでその様な話をされるのは、大変不快です。」
聞きなれた声が割り込んできた。
走ってきたのか肩で息をしながらキルアが近づいてくる。
「私は今そこで、模擬戦の話を聞いたんですがそういうことでしたか。」
キルアは不安そうな顔つきのリリーの手をそっと握る。
「そこまでして私を望んで頂けるというのは大変光栄ではありますが、あいにく私はリリーしか興味がないんですよ。諦めて頂けませんか?」
「興味?愛情ですか?そんなの、公爵がわたくしと結婚してからで構いませんわ。取りあえずは私の物になっていただけません?貴方も去年までそのおつもりだったでしょう?」
キルアの口元が少しだけおかしそうに歪んだ。
「おや、お気づきでしたか?貴方はまるっきりおバカさんではないようですね。そうですね昨年までは国同士の関係も考えて、それも良いかと思っていました。」
キルアはそっとリリーを背後から腕の中に抱きよせる。
「でも、行動するのが少し遅すぎましたね。」
キルアと触れている全ての所から彼の愛情が伝わってくる。きっとこの腕の中だけは何処よりも安全な場所に違いない。
「もうすでに模擬戦は決まっていますわ。先程リリーさんに持ち掛けた提案もマルス様は御承知です!」
王も認めた試合?
それを聞いてリリーは呆然とした。いくらキルアと言えども現役の騎士と試合をしてかれる筈がない。それも彼は試合のこと自体先程聞いたばかり。準備をしないで挑ませるなんて勝負は決まっているとしか思えなかった。王はリリー達を祝福してくれていたと思っていたのに、本当は自分では不満だったと言う事なのだろうか?
「王が、ですか。」
尋ねるようにキルアが言う。
「はい、『好きにして良い』とおっしゃられましたよ。マルス様は本当はわたくしと公爵の婚姻を望まれていらっしゃるんじゃありませんか?」
アンネ公女が勝ち誇ったように宣言して、美しい微笑みをキルアに向けた。
「そうですか。では俺も好きにさせて貰うとしましょう。」
リリーの頭上から聞いたこともない冷たい声がした。見上げて確認したくてもしっかりと抱きしめられて身動きが取れない。唯一確認できたのは正面で公女の表情が凍り付いている事のみ。
「貴方の大事な騎士殿にはくれぐれも防具のご準備をお忘れなくとお伝えください。では準備がありますので失礼します。」
やっと彼の腕から解放されたリリーが見る事が出来たのはキルアがゆっくりと立ち去る後姿だけだった。
◆◆◆
「公爵様、今許可を取っておりますから……。」
天幕の入口で衛兵に制止されながらキルアは中にいる人物に向かって一直線に歩いて行く。
勿論相手はマルス王だ。
「一体あなたは何をしたいんですか!リリーとの事を喜んでくれたのはポーズですか?」
「やっときたか。」
王はパレードで来ていた豪華な衣装を脱ぎゆったりとした衣に着替えていた。そしてガラにもなく怒鳴りこんできたキルアを笑顔で迎える。
「なんだ?負けるつもりなのか?『ただの騎士』なんかに。」
王はニヤニヤしてキルアの顔を見つめた。
「そういう事ではありません。俺は貴方がどう思っているかを知りたいだけで……。」
王は水が入った盃をキルアに手渡す。
「まあ落ち着け。珍しく言葉が荒いな。正直なところ王としてははどちらでも構わないと思っている。個人的にはキルアに愛のある結婚をして欲しいがね。」
「そういう過剰なお世話、迷惑なんです。」
キルアは盃の水を飲み干してカップを机に置いた。
「うるさい彼女の誘いを正式に断るチャンスだろう?それに私の誕生祝賀の試合が盛り上がる。」
王はキルアとそっくりな口元をニヤリと歪ませた。
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