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31.パレード当日(中)

いつもお読みいただき

ありがとうございます。



「あら、また失敗しちゃったの?流石に現地調達した『お使い』は役に立たないわね。流石にこれ以上やると目立つから一旦止め。」


 アンネ公女の馬車に、いつの間にか現れた小柄な男は彼女に何かを囁くとスッと姿を消した。馬車にはアンネ公女と護衛の騎士が一人。


「公女様、悪戯はおやめください。」

「あらそうよ、ちょっとした悪戯じゃない。そんなに睨まなくても良いと思うわ。わたくしの麗しの公爵を横取りする女に少しだけ意地悪をしただけじゃないの。」


 扇で口元を隠してクスクスと笑う公女をみて騎士のクラウは深いため息をついた。彼女のこの国での付添いとして側にいるはずのマタドール公爵は今日は騎馬でパレードに参加している。


 今も馬車の窓をから外を覗くと少し離れたところに彼の美しい姿を見る事が出来る。真っ白い騎士服に金青の上品な青色のマントが眩しい。きっとここにいる公女様だけでなく沿道でパレードを見物しているほとんどの女性を魅了していることだろう。


 去年までの彼は公女様に付き添ってそれは甲斐甲斐しく世話を焼き、公女に向けて惜しげもなくその美貌を垂れ流し、彼女に恰も気のあるフリをしていた。


 それが今年は違う。

 

 公女の側を片時も離れないことは同じだが明らかに雰囲気が変わった。公女に向けて型を押したような笑顔で接する一方、時折見せる暖かな日差しのような笑顔は彼女に向けてではなく彼の『婚約者』にのみ注がれていた。


 自分のお気に入りを手放すことが最も嫌いなご主人様は、彼を側に置きながら笑顔を浮かべてすぐに行動を起こした。


《リリー・マイヤーを捕えてキズものに。》


 数名の間者を使って命令を出したようだが、三回とも失敗。どうやらあちらのはやり手の護衛がいるらしい。今の様子を見ると一旦その指令は撤回されたようで安心した。しかし、公爵が気付いたらどのように言い訳をするつもりだったのだろうか?


「公女様にも縁談が来ています。毎年お会いするだけのマタドール公爵の事は諦めてくださらないと。」


 国外から揃えられた選りすぐりの王族男性の中からアンネ様は誰を選ぶつもりだろうか。 


 「何故?彼は私のお気に入りなのよ。そんな彼を他の女の物になどする方が間違っているわ。」


 アンネは外にいる公爵に笑顔で手を振る。それに気づいた公爵が優雅に馬上で会釈をかえした。


 「大体縁談は既に断っています。私は自分の国にいたいの。婿に来てくれる人がいいわ。」


 「え?」


 不意に呟かれた公女の言葉に、クラウの感情がピクリと動いた。そして慌てていつもの表情を作りなおす。


「そうだクラウ。貴方、公爵と勝負なさい。」


 アンネ公女は騎士クラウに向かってその美しい美貌でニッコリと微笑んだ。



◆◆◆


 「エリー、そう言えば今日はコリーはお留守番?」

 「今日はエリックって呼んで」


 リリー達はパレードを見物しながら隣にいるエリーに尋ねた。先行するジュリアとカイの後ろをはぐれないようについてきながらリリーは賑やかな街の雰囲気をエリー、ラリーと共に楽しんでいた。


 「エリックとライね。」


 リリーは二人の呼び方を改める。


 「で。コリーは?」

 「私達と一緒にいると目立つから一人でぶらぶらするって言ってたわ。近くには、いると思うよ。呼ぶ?」

 「俺、コリーがさっき変な奴を一人しとめるのは見た。」


 ライが露店で買ったハムとチーズが挟まったパンをかじりながら言った。どうやらリリーはいろんな人に守られているらしい。


 「一人で楽しみたいんだったらそっとしとけばいいよ。」


 中性的な美貌のエリック、明らかに美少年のライを両脇に歩くリリーはそれだけでも目立っている。ここで大人の色気漂うコリーまで揃ったら注目の的間違いなしだ。流石にそれは避けたい。


「リリー、パレードが来たわよ。」


 先に観覧席にたどり着いたジュリアがリリーを手招きしている。


 流石に宰相の娘となれば立ち見をするわけではなくパレード見物のために席が用意されている。リリーはジュリアと共にそこで国王一行が通過するのを見届けて、その後は騎馬の試合の行われる草原に移る。


 国王と王妃が集まった国民に祝福されながら通過したのち来賓の各国の要人たちが馬車で通り過ぎて居いく。ある馬車が近づいてくるとひと際大きな歓声が上がった。


 正確には馬車ではなくその馬車に付き添うように並走する一人の美しい馬上の貴人に。


 「キルア様だ。」


 キルアは昨日と違って癖のある髪をそのままに緩くひとまとめにて白い帽子を被っていた。衣装は真っ白い騎士服、金青のマントがたなびく姿がなんとも目を引いた。馬を操る仕草も手慣れている様でまるで一国の王子様のようだ。


 キルアはリリーに気が気が付いたようで馬上から笑顔で手を振っている。まるで毛並みの良い大型犬が大好きな人に尻尾を振っているかのようだ。自然と人々の視線が彼から手を振られた対象に向けられる。注目された恥ずかしさからリリーの頬がほんのり赤く染まった。今日の彼は一段と美しく輝いて見える。


 リリーも彼にこたえるように小さく手を振り返した。


 「あら、キルアちゃんたらあんなに可愛いこともするのね。」

 「キルア、可愛すぎる。」


 神獣コンビも嬉しそうにキルアを見つめていた。



「お楽しみの所、失礼します。」


 ふいに声を掛けられた。


 神獣二人が慌ててリリーをかばい、カイはジュリアを抱き寄せる。リリー達は声を掛けられるまで誰も気づけなかったことに驚きながら小柄な男をじっと見つめる。


「公女様からリリー様へご招待状です。」


 男が恭しく両手で白い書状らしきものをリリーへ向けて差し出した。ライが当然のことのようにリリーに代わって受け取り中にざっと目をとおす。


「悪意はにじみ出ているけど、手紙自体は本物。」


 何を感じ取ったのかライは一通り読むと書状をリリーに手渡す。


 内容は簡単な挨拶とこの後の平原での騎馬観戦を一緒にしたいというお誘いだった。昨日の夜会で見かけた美しい女性の顔が強烈に思い出され、楽しそうにキルアと談笑する光景がまざまざとよみがえった。


 またあれを見せられるのだろうか?冗談ではない。


 


「申し訳ありませんが貴方様の身分で国賓からの誘いを拒否はおできになれないかと。」


 断るために口を開こうとしたリリーをさえぎるように男が口を開く。


 言われてみれば確かにその通りだった。

 キルアですら丁重に扱う貴人。男爵の娘程度が袖にしていい訳がない。ここで我儘を通せばひいてはキルアを困らせる事にもなりかねない。


 リリーは硬い表情のまま頷いた。


「御招待、お受けします。」


 男はリリーの返事を聞くと平原までの近道を案内すると言って歩き始めた。

誕生祝賀編、もう少し続きます。


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