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27.心配事は迅速に解消しましょう。

いつもお読みいただき

ありがとうございます。



「マタドール公爵、そろそろアンネ様がいらっしゃる時期です。きっと今年も指名されますよ。」


 宰相のハインツは持ち込んだ書類の束を片付けながら言った。

マタドール公爵にいろいろ相談が出来たので溜まっていた案件がすっかり片付いた。休暇とわかっていながらも押しかけて正解だったとつくづく思いながら、これから起こる最大の大事について彼の返事を確認する。


「彼女は今回こそ貴方を欲しいと言うでしょうね。」


アンネ・ミラ・カマエル公女。


 彼女は友好国のカマエル公国の大公の一人娘だ。毎年この時期に行われるこの国のマルス王の誕生祝賀に合わせて訪問し暫く国内を視察し帰っていく。その時にパートナーを務めているのがこのマタドール公爵。彼女の大のお気に入りだ。


「もうそんな時期ですか。すっかり忘れていました。」

「いや、王のそれも貴方の身内の誕生日を忘れるとか御冗談を。」


 彼は今はマタドール公爵として臣下となっているがこの国王の弟だ。

 王族の慣例に乗っ取り兄のマルスが正式に王太子になった時に公爵位を与えられた。当時このまま城に住むのも問題ないと言われたのだがそれを断って屋敷に移り住み兄とは違い気楽な暮らしをしている。


「いえいえ、最近すっかり一つの事に夢中になってしまって他の事に手が回りません。困ったものです。」

 

 口では困ったと言いながらも表情はとても柔らかい。本当に先程の女性を大切にしているらしい。


「そうですね……そろそろアンネ公女のお世話も他の方に引き継ごうと思うんですが誰かお薦めはいませんか?」

「彼女があなた以外を指名するなんて考えられませんが?」


 ここ数年、訪問時から帰国まで片時も側を離さないあの光景はどう見ても彼女の好意が駄々洩れている。それに公女の年齢から考えてもそろそろ打診があっても良い時期だ。


「それは、彼女が私以外の男性を知らないからだと思いますよ?」

「いや、貴方と知り合った後に他の男性と出会っても恐らく逆効果かと……。」


 目の前の男は曖昧に微笑んでいるが、最上の分類の男性を知った後にほどほどの男で満足する女性はいない。そんなことわかりきっているではないか。


 ハインツは大きくため息をついた。


「取りあえず、人選はしておきますが期待しないでください。」


 ハインツはもつきものが落ちたようにスッキリした表情で帰ってきた娘と共に屋敷を後にした。





「王の生誕祝賀に合わせて来訪するアンネ公女の付添いに、私が指名されましたので十日間ほど城に滞在する事になります。」


 キルアは夕食を終えて食後のお茶を飲みながら心底残念そうに言った。

 

 アンネ公女の付添いの依頼はギルド経由で来た。以前雑談でギルドに所属していると話したことを覚えていたようだ。


 宰相とのあのやり取りの後、やはり国経由で正式に相談という形で話が来たが断った。だが彼女は諦めていなかったらしい。宰相や王相手ならあっさり断れることでも、日頃から何かと融通を聞かせて貰って居るギルドが公女から圧力がかかっていると言われてしまえば流石に断ることはできなかった。


「リリーを一人にして申し訳ありません。」

「いえ、お屋敷には皆さん居らっしゃいますし大丈夫です。心配しないでください。」


 リリーはにこりと笑うと席を立った。


「公女様の付添いかあ。」

 

 リリーは自室のバルコニーに出で星を眺めた。キルアの部屋の隣に部屋を移した時その広さに恐縮したリリーだったが部屋についている大きなバルコニーは大変お気に入りの場所となった。大きな椅子と小さなテーブルを用意してもらい暖かいお茶を飲みながら夜空を眺めていると嫌なことも忘れられてほっこりとした気分になれる。


「十日間。」


 口に出して言い考えてみれば彼と出会ってからそんなに長い期間離れていたことがないことに気が付いた。

 それだけいつも近くにいたと言う事なのだが、公女が来るのは少し先の話なのになんとも言えない寂しい気分が込み上げてきた。

 

 「会いたい。」


 キルアはこの時間は自室で読書をしていることが多い。リリーは暖かいお茶を入れなおすため部屋を出た。





 トントン。


 控えめにドアをノックする音が聞こえてキルアは何となく読んでいた本から音がしたドアへと視線を移す。


「リリーです。キルア様。」


 遠慮がちな可愛らしい小さな声。

 囁くようなその声が聞こえてキルアは手元の本をそのままに机の上に放置してあわててドアへと急いだ。

 扉を開けると頬をほんのり赤く染めたリリーが茶のセットを持って立っていた。


 「珍しいですねこんな時間に。」


 内心の動揺を隠してキルアはなるべく平静を装って声を掛ける。

 「調理場からおいしいお茶を貰って来たので一緒にベランダで飲みませんか?星がきれいなんです。」

 「いいですね。」

 本当は少しでも一緒に話したいだけなので何処でも良かったのだがキルアの自室に二人きりになるのは流石に問題があると考えてリリーは彼をベランダへと誘う。キルアに促されて二人は彼の部屋を素通りし、そのままベランダへと出た。


 隣の部屋とひと繋ぎになっているベランダは間を隔てている扉を開放すれば行き来が出来るようになっている。リリーは椅子を自分側のベランダから持ってきてキルアのデッキセットの隣に置いた。テーブルに置いた二つのカップに白い湯気をまとったお茶を注ぐ。

二人はゆっくり椅子に座って夜空を見上げた。


 「いつからいかれるんですか?」


 お茶をチビチビと飲みながらリリーは気になっていたことを尋ねた。


 「引き受けたからには準備もありますからね……二日後にはいかなければなりませんね。」


 想像していた時期よりも随分早い。きっと十日どころの滞在ではすまないだろう。


 「ちょっと寂しいです。」


 思わず出た言葉に、キルアが少し驚いた顔をした。

 慌てて否定をしようかと思って口を開いたがいい言葉が浮かばない。


 「自分でも少し意外なんですけど……おいて行かれるみたいな?」

 

 曖昧に笑って見せてなんと言っていいのかわからずリリーは下を向いて黙り込んでしまう。キルアからは何の返事も返ってこない


 彼への恋心を自覚し、さらに先日はジュリアにもあんな宣言をしたからキルアの近くにいる自分は何か勘違いをしてしまったのだろうか?少し我儘になっているのかもしれない。


 「ごめんなさい。私、変な事言ってしまいました。」

 「いえ、リリーがそう思ってくれているなんて。驚いてしまって……。」


 心を落ち着かせようと必死に熱いお茶を飲むリリーをキルアはそっと後ろから抱きしめる。


 「同じこと考えてくれていたなんて、嬉しいです。」


 口に含んでいたお茶がこくんと喉を通っていった。


 「リリーさん、本当に婚約しませんか?」

 「え?」

 

 リリーは堪らず振り返った。

 

 真剣な顔のキルアがじっと見つめている。

 

 「私は貴方を知人に紹介する時、本当にそう思っていました。でも、リリーは違ったでしょ?」


 茶化して言っているが目は真剣にリリーを見つめたまま。


 「だって、身分も違いすぎるし言い寄られるのがうるさいって言ってましたよね?だからてっきり強引な申込みの防波堤みたいなものかと……。」


 リリーはゆっくりと思いつく限りの言い訳を口にする。

 そう、何となく今のこの雰囲気で感じているものはあるが、それもありえないほど二人は本来住む世界が違う。


 だから言い訳。

 ペットとしてずっと近くいる事とはわけが違う。


「彼らを五月蠅いと思っていることは否定しません。それに、あなた以外は誰もいらない。」

「だって身分が。」

「私はね、リリーが考えているより少しばかり偉いんです。だから妻になる家の後ろ盾なんて必要ありません。唯一文句を言って来そうだった相手も先日貴方との顔合わせも終わってますから文句は言わせません。」


 城からの帰り際挨拶をした後に冷やかす様にニンマリ笑われたのが忘れられない。更にあれからいつ正式に発表するのかとつつかれているのだから、反対などさせるわけがない。


 「私も長い間リリーと会えないなんてすごく寂しいし、悪い男に言い寄られないかすごく心配です。」


 キルアはぎゅっとリリーを抱きしめた。

 彼の胸の鼓動の音が自分のそれよりも非常に早く動いていることにリリーは驚く。


 「お願い、俺を安心させて。リリー」


 一瞬の沈黙。

 キルアの低い声が耳元で囁く。



 「俺と結婚してください。リリー嬢。」

 「……はい。」


 抱きしめられたキルアの背後に流れ星が一筋、こぼれた。


(ずっと一緒にいられますように。)

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